続くのでR(あ~る) Merry X'mas
いつもの朝。
いつもの道。
いつもの駅……
7cmのピンヒールを鳴らしながら颯爽と歩く私の前方から美少年が現れ、眩しく微笑む……
「おはようございます。」
「おはよう。今日も勉強頑張って。」
「うん。美和もね。」
ほんの数秒、挨拶だけをしてすれ違う私達────
「なにっ?今の美人なお姉さん。知り合いっ?」
「まあね。」
男子中学生達が騒ぐ声が聞こえる。
知らなかった。
彼氏がいるってだけでこんなにも毎日が華やぐもんなんだ。
美和もねって……もうっ、こしょばいったら!
生まれてから27年間。彼氏がいなかった私には何もかもが初体験だ。
私の初めての彼氏は年下の美少年。
12歳下。
干支同じ。
中学3年生。
はあ?って感じよね。
いいの。わかるからその気持ち……
私だって他人がそんなことしてたらこの女頭わいてんじゃないかと思うもん。
でも好きになっちゃったんだもんっ。
ああ…美少年のことを考えるだけで表情筋が緩む。
て、ダメだダメだ。
そろそろ仕事モードに切り替えないと……
今はクリスマスシーズン真っ盛り。
服飾関係に務める私は年始一発目のかきいれイベントである福袋の追い込み作業に追われていた。
会社がもつ各ブランドの各店舗ごとにマーケティングをして企画立案、仕入れから売り上げ見込みやら売り場構成ととにかくやることがいっぱいで息つくヒマもないのだ。
午前中の仕事を片付け、昼休憩の時間にトイレへと駆け込んだ。
「お仕事お疲れ様。」
ちょうど美少年からのメールが届いた。
この時間は美少年もお昼休みだ。
仕事が忙しくなった私はほぼ終電帰りである。
休日だって持ち帰りの仕事があるから無いに等しい。
私の最寄りの駅と美少年の学校のある駅が同じなので朝は毎日会えるとはいえ、ゆっくり話をするような余裕はない。
なのでこの時間だけが、美少年とリアルタイムでお話が出来る貴重な一時なのだ。
最近の美少年は
「部屋のカーテンの色は何色ですか?」
とか
「パジャマはどんなのを着て寝てるんですか?」
とか
「置いてる歯ブラシは何本ですか?」
とか聞いてくる。
なんかこれって……
私の部屋にお泊まりしたいっぽい感じだよね?
いやいや、私達、その、キっキスもまだだし……
いきなりお泊まりなんてハードル高すぎだからっ。
歯ブラシの質問にひとつだよと答えたら、僕のも置いて欲しいなときたもんだ。
お姉さん鼻血出そうになったよ。
「朝昼晩てあるのは知ってますか?」
今日の美少年からの質問。
「知ってます。」
「そのうち美和と僕が会ったことがあるのはどの時間だかわかりますか?」
「朝と昼かな。」
「夜も会いたいとは思いませんか?」
会いた……
危ない危ない。思わず打ちそうになった。
美少年お得意の誘導尋問だ。
ここで会いたいと答えたらお泊まりが決まってしまう。
「その手には乗りません。」
美少年からはちぇっていうメールと、可愛い男の子が頬っぺを膨らましてすねてるスタンプが送られてきた。
──────かわいすぎるだろ。
「美和、顔ニヤニヤしすぎ。」
席に戻ると隣のデスクに座る同期の麻里が話しかけてきた。
麻里には年下の彼氏ができたことを伝えている。
12歳年下の中学生とまでは言ってないけど……
「お互いクリスマスイブは定時で帰りたいわよね。」
麻里にも素敵な彼氏がいる。
年上で背が高くてガッチリとした体育会系の人だ。
「麻里、田口先輩への出産祝い何がいいかな?」
「ヨダレかけとかかな?ごめん美和、買っといてくれる?」
先月先輩が妊娠して一人辞めてしまった。
すごく仕事ができて頼りになる先輩だったのに……
おまけに今日新人が一人辞めてしまった。
なにもこの一番忙しい時期に抜けることないのに。
なので今年はいつにも増して忙しかった。
仕事が山のように増えていき、唯一の楽しみだった昼休憩のメールのやり取りもだんだんと出来なくなってきた。
こまめにきていた美少年からのメールも、私が返信できないもんだから少なくなっていった。
昼休憩時間。
私は仕事の合間をぬってデパートに来ていた。
先輩への出産祝いを買うためだ。
今日はクリスマスイブか……
毎年聞く度にお経かってくらい暗く沈んで聞こえたクリスマスソング。
今年は美少年がいるから待ち遠しい気分になれた。
もう全然会ってないしメールも出来てない。
でも今日はなんとか定時では帰れそうだ。
いや帰るっ。
一緒に食べようとデパ地下でクリスマスケーキを買った。
「今日会える?」
私は美少年にメールを打った。
会社に戻ると麻里が発狂していた。
こないだ辞めた新人が麻里が担当している商品の発注をしていなかったからだ。
今から発注をしてもとても間に合いそうにない。
今ある在庫の中から福袋を新しく作り直さなければいけないことになった。
私も手伝ってあげた。
麻里はずっと、あのクソ女ーっ!!と言いながら残業をしていた。
高級ディナーを予約していたらしい。
仕事がひと段落する頃には23時をまわっていた。
そうだ…私、美少年からの返信見てない……
「はい。会えます。」
私のメールのすぐ後に、美少年からのメッセージは入っていた。
─────サイアクだ私………
結局今日も終電帰りになってしまった。
電車に乗ってる間、ずっと美少年からのメールを見ていた。
なんて打っていいかわからない。
どう打っても言い訳にしかならない………
どんなに忙しかったにしろ、待っていた美少年に連絡をしなかったのは事実だ。
スマホの画面を見ながら泣きそうになった。
最寄り駅に着き、重い足取りで電車から降りた。
せっかく今日は会えると思ったのに……
もう、終わりかも知れない────────
「歩きスマホは危ないよ。」
顔を見上げると、改札口に美少年が立っていた。
「お仕事お疲れ様。」
いつもの笑顔で私に笑いかけてきた。
何事もなかったように……
「なんでいるの……?」
「美和が会えるか聞いたんでしょ?」
でも私、返信してない。
こんな時間になっても連絡しなかったのに……
「今日はクリスマスイブだから渡したかったんだ。」
美少年はポケットから小さな箱を取り出し、改札口をくぐってきた私に渡してくれた。
少し触れた美少年の手がとても冷たかった。
いつからここにいたんだろう。
何時間……
私のことを待っていてくれたんだろう────
「美和…泣きすぎ。せめてプレゼント見てから泣いてよ。」
「だって……」
そうだった……
美少年は私がどんな目に合わせてもめげないんだった。
年の差ばかりを気にして冷たい態度を取っていた私にも、全然めげることなく真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれた。
今だってそう……
普通なら怒るはずなのに。
申し訳ないのと嬉しいのとで、私の気持ちはすでにいっぱいいっぱいになっていた。
中身を見ると小さなダイヤのついたプラチナのネックレスが入ってあった。
中学生がプレゼントできるような金額じゃない。
「お小遣いで買ったの?」
「親戚がお店をしててね…そこで学校帰りや休みの日にお手伝いをしてお駄賃を貰ってたんだ。だから、あんまりメール出来なくてごめんね。」
美少年は慣れない手つきで私にそのネックレスを付けてくれた。
「ありがとう……嬉しい。すっごく嬉しい……」
私の方が謝らなきゃいけないのに……
もう嫌われたと思ってた自分がホントに恥ずかしい。
「喜んでくれて良かった。」
照れくさそうに笑う美少年がすごく愛おしく感じた。
こんなに嬉しいプレゼントは初めてだ。
こんなにも、私のことを思ってくれてるんだ……
「私もプレゼントがあるの。」
私が渡した袋を美少年は嬉しそうに開いた。
私が買ったのはマフラーと手袋だった。
「ごめん、もっと良いもの買えばよかった。よかったら学校にしていってね。」
「これを?」
美少年が袋から取り出したのは赤ちゃん用の帽子とヨダレかけだった。
……違───────うっ!!
「それ、先輩への出産祝いっ!プレゼントこっち!」
「いつか僕達の子供につけれたらいいね〜。」
あわあわする私に美少年が大笑いしながら茶化してきた。
なんだかムードもへったくれもなくなってしまった。
せっかく盛り上がってたのに……
なんたる大失態……
「これからどうしよっかな〜。」
美少年がそう言ってチラっと私を見た。
うん?これから?
そう言えば私が乗って来たのは終電─────
「ねぇ美和。どうする?」
心臓が口から出そうだ。
いや、出る。喉まできてる。
真っ赤になってる私に美少年が吹き出した。
「冗談だよ。タクシーで帰るから。」
じゃあと言って去ろうとした美少年の腕を思わず掴んでしまった。
どうしよう……離れたくない。
もっと一緒にいたい。
「美和…どしたの?」
うつむいたまま何も話さない私を、美少年が心配そうに覗き込んできた。
えっでもそれってどう言うの?
離れたくないって直球で言うの?
泊まってく?……とか。
いやいや、生々しすぎるだろ。
そもそも美少年を泊まらすの?
私の家に?
二人っきりって……
この辺で恋愛スキルゼロの私の頭はオーバーヒートした。
泊まるってあんなこととかこんなこととか。
キっキスもまだなのに!
ムリだっ!!朝を待たずに私は死ぬ!
「ご、ごめんなさい。」
これ以上ないくらい真っ赤になりながら美少年の腕をパッと離した。
「……ホントは僕もお泊まりしたいけど、美和疲れてるだろ?明日も仕事だし。」
わかってる。わかってるよ。
私の考えてることだだ漏れだね。
美少年の方がずっと大人だ。わかってる……
……わかってるけど───────
「こんなおっきなの一人じゃ食べ切れない。」
私はデパートで買ったケーキの箱を持ち上げて美少年に見せた。
恥ずかしすぎて美少年の顔がまともに見れない。
「美和……」
美少年は私を引き寄せ、優しく抱きしめた。
「……可愛い。」
誘ってしまった。
美少年を部屋に。
「美和、僕と一緒にケーキ食べたい?」
美少年が耳元でささやく。
「うん。」
「美和の部屋行ってもいいの?」
「うん。」
「美和のことも食べちゃうかもしれないよ?」
「うん。」
「美和…そこは否定しなきゃダメだよ。」
「……うん。」
美少年が私の部屋にいる。
しかもこんな時間…お泊まり確定だ。
「ケーキの用意してくるからちょっと待っててね。」
美少年はソファにゆったりともたれながらテレビを見ていた。
ベッドひとつしかないよ……
客用の布団なんかないし。
やっぱアレよね?そうなっちゃうよね?
あ、飲み物……ワイン?
いやいや、ケーキとならシャンパンの方がいいか。
違う違うっ、美少年中学生じゃん!
落ち付け〜落ち付け〜私っ……
深呼吸にお祈りにラジオ体操までしてなんとか気持ちを落ち着かせた。
「よっしゃあ!」
意を決してソファで待ってる美少年のところに行く。
美少年はソファの背もたれに大きくもたれかかったまま寝息を立てていた。
疲れて寝ちゃったか……
ネックレスを買うために随分無理したんだろうな。
「可愛い寝顔…まつ毛長っ。」
こうやって見るとホントに綺麗な顔をしてる。
鼻筋とかあごのラインとか彫刻みたいだな。
ちょっと、触っちゃえ。
ふふっ。お肌すべすべ、髪もサラサラだ。
むにゃむにゃと何か言っている。
すごく癒される……
見てるだけで幸せな気分になれた─────
「おやすみ。今日は本当にありがとう。」
美少年の寝顔をたっぷり堪能してから私も寝た。
美少年のすぐ横に座って
同じ毛布に包まりながら………
「なんで起こしてくれなかったの?!」
朝起きてからずっと美少年はすねていた。
ぷっと頬をふくらませ、あのスタンプにそっくりだ。
「美和のパジャマ姿とかスッピンとか見たかったのに!」
いやいや、スッピンはお見せできないよ……
私は明け方に起きてシャワーを浴び、いつもの化粧して髪巻いてスーツ着てる年上女性五割増しバージョンアップを完成させていた。
「ほら、すねてないでケーキ食べよ。」
朝からケーキ…太りそうだな。
あんまりゆっくりはしてられない。早く食べて会社に急がないと……
「美和、急いで食べ過ぎ。生クリームついてるよ。」
美少年が手を伸ばして頬っぺに付いた生クリームを取ってくれた。
なんか朝からこうやってると一緒に暮らしてるみたいだな。
私がふふふっと笑っていると美少年と目が合った。
美少年の指先が
私の口元で動きを止める─────
「どしたの?」
「まだクリームが付いてる……」
見つめ合う瞳が近付いて来たと思ったら、唇と唇が重なり合った。
美少年の柔らかな唇から、生クリームの甘い匂いと味がした……
これって─────────……!!
不意打ちすぎて頭がついていかなった。
……キスっ、今、キスされてしまったよ。
美少年の横顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
多分…私の方が赤いと思うけど……
「……お仕事頑張ってね。」
うん頑張る。
超頑張れそうだ。
「あんのっクソ男ーっ!!」
会社に着いたら麻里が吠えていた。
昨日彼氏から俺と仕事とどっちが大事なんだと言われケンカになったらしい。
「美和、ニヤニヤしっぱなし!もうっ私も年下彼氏欲しいっ!」
ごめんね麻里。
今日は私一日中ニヤけてると思う。
美少年が別れ際に、今は冬休みだから会いたくなったらいつでも呼んでねと言ってくれた。
いつでも会えると思うだけでこんなにも胸がドキドキするんだ……
昼休み、スマホが鳴った。
「美和に会いたいな。今日も行っていい?」
ぐはっ!
キュン死にしそうだっ。
ケーキみたいに甘〜い夜は
まだまだ続くのでR(あ〜る)。