鉱山跡に住まうモノ
地形変化の魔法を使った場所に戻って来た二人。
「さて、そろそろ見えてくかしら?」
「地図によると、そうですね。」
そんな話をしている間に、岩山に開いている洞窟が姿を現す。
「これが、鉱山跡ね。」
「そうですね。」
洞窟の入り口は、木で補強されていて、荷馬車が入る大きさの通路になっている。
「中は・・・結構広そうね。」
レイナは洞窟内を少し覗いて見る。外の光が届く範囲しか見えないが、所々に松明置きがある。
「街が大きくなった原動力ですから。」
ロムが胸を張る。その姿を横目にレイナは中の安全を確認する。
「入る前に、仕掛けをしておかないとね。」
レイナは入り口の地面に杖の先端で線を引く。
「何をしてるんですか?」
「おまじないかな。」
線を引き終えたレイナはそう言って杖で地面をトントンと叩いた。
その直後、入口が周囲の岩盤によって塞がっていく。
「入口が!?」
ロムは塞がった入口を触ろうとするが、触ることは出来なかった。
「簡単なカモフラージュね。帰ってくる野盗を少し足止めする程度だけど。」
二人は塞がったように見える岩盤を通り抜ける。
「もっとしっかり足止めしないんですか?」
「入口がここしか判らないから、ここを閉じるわけには行かないでしょ。」
レイナの説明に、ロムは頷く。
「それもそうですね。」
「さて、行きましょうか。」
レイナは松明置きにある松明を取り火をつけた。
入り組んだ洞窟内を進む二人。
「人がいるとしたら、どこかしら?」
いくつか部屋らしい場所を見つけたが、人が住めそうな場所ではなかった。
「ここに居る事は確かなんだけど、一人ぐらい道案内に連れてくればよかったかな。」
「そうですね。」
所々に松明置きがあるだけの変わり映えしない道をひたすらに歩く。
「レイナ、こういう時こそ、何か出来ませんか?」
「そうね・・・少し時間がかかるけど、この洞窟の地図を作るわ。」
「一応、ここまでの道のりはマッピングしてますが。」
「じゃあ、その続きは私に任せて。」
ロムの持っている書きかけの地図を受け取るレイナ。自分の持っている松明をロムに渡し、その地図を洞窟の地面に押し付ける。
大きく深呼吸して、呪文を唱え始めるレイナ。その間、ロムは周囲に注意を向ける。
数分後、レイナが地面に押し付けた地図に片方の手をゆっくりかざす。すると、書きかけの地図に線が浮かび上がる。
「ふぅ・・・これで、もう少し待てばはっきりとした地図になるわ。」
「どうやったのかはわかりませんが、待てばいいんですね。」
浮かび上がる線を見ながら、今後の作戦を考える。
「部屋っぽい場所に行くか、それとも最奥を目指すか。」
「ここに人が住んでいるのでしたら、最奥はないでしょうね。」
洞窟の最奥に住むのは、酸欠と食糧難を同時に抱え込むことになる。普通の人なら選択しないだろう、
「だとすると、逃げるのに便利の良い場所かな?」
「未知の出入口があったら、その近くですかね。」
地図が完成に近づく。が、それにつれてレイナの表情が暗くなる。
「レイナ・・・どんどん線が重なって書かれてます。」
地図に書かれていた通路の上に、どんどん線が引かれていく。その様子を見て、レイナは大きくため息をついていた。
「ええ、忘れてたわ。鉱山って立体構造って事に。」
「じゃあ、この地図は。」
「ごめん!」
レイナは手を合わせてロムに謝った。
「レイナもたまには失敗するんですね。」
「ほんと、すっかり忘れてたわ。」
地図はいくつもの線が重なり合い、真っ黒になっていた。これでは何もわからない。
「まだ浮き上がってくるけど、もう意味ないわね。」
レイナは地図を地面から離す。浮かび上がっていた線もパタリと止まる。
「困りましたね。」
「そうね・・・でも、案内人が来たみたい。」
「え?」
レイナが暗がりに目を向ける。ロムがその方向に松明を向けると、人影が浮かび上がった。
「やれ。」
人影が呟くと、影の後ろから黒い物体がレイナ達に向かって飛びかかってきた。
「来たわね!」
レイナは杖を両手に持ち、飛びかかってきた物体を打ち返す。
打ち返された物体は地面に叩きつけられる。しかし、レイナは違和感を覚え、自分の持っていた杖を見た。
「これは・・・まずいのが釣れちゃったかな。」
レイナの持つ杖は物体に当たった場所から先が消えていた。
「あれは、何なんですか・・・。」
「番犬、かしら。」
物体が音もなく立ち上がる。物体の頭に当たる部分に消えた杖の先が刺さっていた。
「やれ。」
再び命令を出す人影。その声に呼応して、物体が襲い掛かる。
物体の次の攻撃は、レイナ達の持っていたダミーの道具袋をかすめ、大きな穴を開けた。
「まずいですね。」
ロムとレイナは離れた位置に立つ。
「ロム、ちょっとの間自分の身を守って。」
「判りました。」
レイナは先の無くなった杖に力を込め、物体に投げつけた。物体はその杖をジャンプして避けるが・・・。
「避けれると思わない事ね。」
先の無くなった杖と物体に刺さった杖が引き寄せあい、先の無くなった杖が物体に突き刺さる。その時の衝撃で物体は受け身を取れず地面に落ちた。
「これで終わり!」
レイナが地面に手をつく。
次の瞬間、地面に落ちた物体は地面にそのまま埋もれていった。
「やれ。」
人影が呟くが、物体は出てこない。
「やれ。」
「無理よ。完全に動けないようにしたから。」
人影がまた同じ言葉を放つが、何も起こらない。
「戻れ。」
「え?」
さっきとは違う言葉を放つ。すると、人影の後ろに再び物体が姿を現す。
その光景を見て、レイナはゴクリとつばを飲み込んだ。
「ロム、こんなのを量産されたら、少なくとも平穏な日常は終わるわよ。」
「ですね。」
レイナは、腰につけている道具袋から指輪を取り出した。
「確かに、一暴れ出来そうって思ってたけど、本気に近い一暴れとは思わなかったわ。」
右手で指輪を握りしめてレイナが短く呪文を唱える。レイナの持っていた指輪が淡い光を放ちながらレイナの手の中に消えた。
その光が消えると同時に、レイナの手に一振りの剣が現れていた。
「さて、さっさと片付けるわよ。」
剣を人影に向けるレイナ。それでも人影は動じない。
「やれ。」
人影が再び呟く。その言葉に物体は再びレイナ達を襲う。しかし、それより先に構えていたレイナが動く。
「消えなさい。」
レイナが力を込めて薙ぎ払う。すると、剣が当たっていないにも関わらず、物体と人影はずるりと二つに分かれて地面に落ちる。
「殺したんですか?」
「これで素直に死んでくれれば楽なんだけどね。」
二人は崩れ落ちた人影と物体を見る。普通なら生きてはいないのだが。
「戻れ。」
「やっぱりね。」
人影がその言葉を放つと、二つに分かれていた物体は元の姿に戻り再び人影のそばに現れる。
「やれ。」
物体が飛びかかってくる。しかし、次のターゲットはロムだった。
「ロム!」
「判ってます!」
右手に木の棒を持ち、迎撃態勢にあるロム。その手にしている木の棒を物体の頭にめり込ませ、その瞬間に魔法を放つ。
「バーストダウン!」
物体は一瞬頭が膨らみ、次の瞬間には頭があった場所は何もなくなっていた。胴体だけになった物体が地面に落ちる。
「ロムも相変わらずね。でも・・・。」
「戻れ。」
その一言で、全てが最初に戻る。ただ一つ戻らないのが、二つになった人影だけだ。
「あっちを何とかするしかないようですね。」
「封印しかないわね。」
レイナは剣先を人影に向けて呪文を唱える。
「ゲージ!」
剣先から、赤い光が放射状に放たれる。その光が人影とその傍にいる物体を貫いた。
そして、赤い光が徐々に一つに集約される。人影と物体が身動きの取れない状態でその中心に飲み込まれていく。
「やれ。」
人影はそう呟くが、物体は光に飲み込まれて動けない。やがて、人影も言葉を発せなくなる。
「ロック!」
レイナが言い放つと、赤い光が消え、赤く透明の石がドサッと地面に落ちた。
「これで、大丈夫でしょ。」
動きを止めた人影と物体が、石の中に見える。もう動くことはないようだ。
「レイナが普通に魔法を使うなんて、久しぶりに見ました。」
「それだけ、危ない奴だったって事。」
レイナが苦笑いしながら、額にうっすらと浮かんだ汗を腕で拭う。
「これが、模倣体なんでしょうか。」
石をのぞき込むロム。よっぽど珍しい光景だったようだ。
「恐らくね。人影と物体で別個体だと思うから、これで二匹かな。」
「あと一匹ですか。」
「そうね。お頭を捕まえて、今回の件の話を聞き出しましょうか。」
封印した模倣体を眺めながら、レイナは少しため息をついた。
「でも、お頭はどこにいるんでしょうか?」
ロムが周囲を見回すが、皆目見当もつかない。
「やっぱり、地図は必要ね。」
レイナは持っている剣を地面に突き立てる。
「次はちゃんとやるわ。」
突き立てた剣を中心に強烈な風が広がり、それを追いかけるように壁に亀裂が走っていく。
「亀裂単独の調査は失敗したから、今度は風も追加ね。ロム、紙を10枚ぐらいちょうだい。」
道具袋からロムは紙を取り出し、レイナに渡す。
「これで完成するわ。」
レイナはロムに渡された紙全てを放り投げた。紙はレイナを中心にひらひらと舞い、ゆっくり地面に落ちる。
地面に落ちた紙を拾い上げるロム、内容を見てレイナに尋ねる。
「もう、地図が出来たんですか?」
「ええ、地面に落ちた紙は完成品の地図よ。」
今度は、道の上に道が書かれているような地図ではなく、見やすい地図になっていた。
全ての紙が地面に落ちたのを確認して、レイナは地面から剣を抜きその剣を指輪に戻す。
「お頭は、どこにいるのかしら。」
残った紙を拾いながら、地図を確認するレイナ。
「風と亀裂・・・さすがに相手にバレませんか?」
ロムは相手に気付かれる心配をしているが、レイナは気にしていない様子だ。
「バレてもいいのよ。動いてくれた方が、痕跡を探すタイプの探査魔法は使いやすいでしょ。」
「でも、ここから逃げられたら捕まえるのは大変ですよ。」
外に逃げられたら、追いかける側が不利になるのは目に見えている。
「逃げる前に、出口を押されれば大丈夫でしょ。」
あまりにも気楽に答えるレイナに、ロムは少し不安を覚えるが。
「出口は・・・ここみたいね。遠隔で罠を仕掛けておきましょう。」
「え?」
ロムは驚きの表情で固まっていた。
レイナは地図上の出口らしき場所を指で押さえ、少し力を込める。
「レイナってよく凄い事しますよね。」
一連の行動を見て、ロムは思ったことを口にする。
「凄い事かぁ。位置関係が判れば、そこに仕掛けを作るだけよ。」
「それがサラッと出来るのが凄いんですけどね。」
「まぁ、それなりに苦労してるからね。」
レイナが地図から指を離す。その地図には、バツ印が記入されていた。
「ふぅ。相手を動けなくする罠設置完了。」
「捕まってくれれば、仕事が楽になりますね。」
「そうね。色々暴れたから、相手も急いで出口に向かってるだろうし、まずは罠の場所に行きましょうか。」
地図を頼りに、罠を仕掛けた場所へ向かう二人。その途中にある部屋も調べていくが、目立った痕跡はなかった。
「そういえば、五十人ぐらい仲間がいるって言ってたけど、どこに消えたのかな?」
レイナは、ふと思った疑問を口にする。
「他のアジトではないですか?森の中にあると言ってましたし。」
「本拠地のアジトを空にしてでも、他の所のアジトに行くのかしら。」
「つくづく、よくわからない盗賊団ですね。」
ロムがため息をつく。それを見てレイナが苦笑する。
「ほんとにね。でも、他のアジトも後々つぶしていかないとダメね。」
「そうですね、この辺りの野盗の討伐が依頼ですから。」
「でも、討伐してもまた出てきそうだけどね。」
レイナの言葉の後に、一瞬の静寂が訪れる。その静寂をロムが破る。
「何とかならないものですかね。」
「こればかりは、どうしようもないわ。」
レイナは少し肩をすくめた。