森の盗賊
出発の朝、教会の前に四人の姿があった。
「レーミュ、いい子にしててくださいね。遅くても、明日には戻りますからね。」
無言で頷くレーミュ。しかし、表情は硬い。
「では、レーミュと教会をお願いしますね。」
「はい、シスターロム。お任せください。」
昨晩話していた信徒が、朝早く教会に来てくれていた。そこで、レーミュと教会の留守を依頼する。
「お土産、持って帰るからね。」
レイナがしゃがみ込んで、レーミュと目を合わせる。
「うん!」
「いい子ね。」
レーミュの頭をゆっくり撫でるレイナ。レーミュは気持ちよさそうに目をつぶっている。
「レイナ、行きましょう。」
「ええ。」
レーミュの頭から手を放し、すっと立ち上がるレイナ。
「行ってきます。」
そう言って、レイナとロムは教会を後にした。
二人は、街を出る前に道具屋に立ち寄る。
早朝ではあるが、沢山の冒険者がすでに道具屋で準備を整えている。
「さて、買っておくものはこれで全部ですかね?」
二人は水と食料、そして持ち運びの出来る程度の傷薬を購入し、外に出る。
「今日は、大変な日になりそうね。」
「そうですね。」
そう言いながら、街の中と外を隔てる門へやって来た二人。
「あ、シスターロム。どうされました?」
街の出入り口に立つ門番が、ロムに話しかける。
「はい、ギルドからの依頼です。少し留守にしますよ。」
「そうですか、お気をつけて。」
ビシッと敬礼を返す門番に、ロムは会釈して門の外に出る。レイナもロムに倣って会釈をしてから外に出た。
街の門から少し離れた場所で立ち止まる二人。周囲を見渡しても、人通りは少ない。
「さてと。ここからは私の出番ね。」
レイナが伸びをしながら宣言する。
「そうですね、お願いします。」
それを見て、笑顔のロムが答える。
「じゃあ、しっかりと手を握ってて。」
「はい。」
レイナが伸ばした右手をしっかりと握りしめるロム。
「行くわよ!」
レイナの掛け声とともに、二人の体がふわりと空に浮く。そして、10メートル程の高さまでゆっくりと上昇する。
「気持ちがいいですね。」
「そうね!」
ロムの感想に、レイナが笑顔で答える。
「重くないですか?」
「重かったら、とっくに手を放してるわよ。」
レイナが意地悪そうにロムに答える。
「死んだら、毎晩枕元に立ってあげますね。」
「それはやだなぁ。」
そう言って、二人は笑いあう。
「さて、冗談はここら辺にしておいて。どのあたりまで行く?」
「レイナが話を聞いた商人さんが襲われた場所と言うのはどうですか?」
「森の近くの街道ね。判ったわ。そこに行きましょう。」
ロムの提案に乗ったレイナ。
「それじゃあ、空の旅、いくわよ。」
レイナが体を少し前に倒す。すると、倒した方向に進み始める。
徐々にスピードを上げながら進む二人。それからほんの十数分で目的の場所までやって来る。
「はい、到着。」
ゆっくりと降下する二人。ロムが最初に地面に足をつける。
「お疲れさまでした。」
ロムの笑顔に迎えられながら、レイナも地面に足を付けた。
「空を飛ぶと、やっぱり早いですね。」
「障害物も、歩く時の抵抗もないからね。」
レイナがにこやかに答える。
「でも、レイナは疲れるんじゃないですか?」
「コツさえつかめば、そこまで疲れないわよ。」
「コツ、ですか。」
「そう、秘密のコツ。」
そう言って、レイナは人差し指を立てて自分の唇に当てる。
「教えてもらおうと思いましたが、秘密なら仕方ないですね。」
ロムが残念そうなふりをする。だが、教えてもらったところでロムには真似できないことは容易に想像できた。
「さて、と。」
レイナは周囲を見渡す。街道沿いに降りたが、まだ朝も早いためか人通りは少ない。
その街道から北側には林が広がっていて、その奥は森となっている。さらにその先には灰色の岩山が見える。
「鉱山って、あの岩山だっけ?」
レイナが岩山を指さす。
「ええ、あの岩山の麓に鉱山入り口があったはずです。」
「まずは、そこを目指してみましょうか。」
「そうですね。もし、森の中にアジトがあるなら、入ってきた人たちを襲うかもしれませんし。」
「じゃあ、ちょっと入ってみますか。」
森へと足を向けるレイナ達。その光景を見つめる何かがあった。
「ん?」
レイナは視線を感じて振り向く。
「レイナ、どうかしました?」
「え、いや・・・気のせいかな?」
心配するロムを気遣うレイナ。そのまま二人は岩山に向かって歩き始めた。
岩山に向かう二人。周囲の木は徐々に大きさを増し、周りの木の密度が狭くなっていく。林から森へと進んでいる証拠だ。
「ロム、気付いてるかもしれないけど。」
レイナはロムに確認する。
「ええ、さっきのですね。」
「・・・泳がせましょう。」
林に足を踏み入れた時から、二人の後をつけている何者かの視線を感じていた。
しかし、二人は視線に気付かない振りをしながら森の奥に進んだ。
森の道は草が鬱蒼と茂っていて、もはやどこが道なのかがわからない。
「ロム、大丈夫?」
シスターローブだと歩きにくいだろうと思ったレイナは声をかけるが。
「ええ、慣れてますから大丈夫ですよ。」
格好に似合わず、草をかき分けてすいすいと歩くロム。
「そういえば、あっちではこんな森は普通だったんだっけ。」
「そうですね、陽の光がこぼれてくるだけましですね。」
少し立ち止まり、上を見上げてほほ笑むロム。しかし、言葉からは不穏なものを感じる。
「私は、暗黒大陸には行ったことないんだけど、もう戻りたくない感じ?」
「たまに戻ろうって思いますよ。でも、次元の扉の前に立ったら、まだ帰れないって思うんです。」
ロムはさみしそうに答える。
「前言ってた、ロムの仕えてた国王様の話?」
「そうです。あの方との約束は守らなければなりませんから。」
レイナの方を向いて、ロムは話を続ける。
「約束はありますが、今はあの街の人達をしっかり守らなくてはなりませんからね。」
ロムの言葉からは確固とした信念を感じる。
「だって、私を受け入れてくれた人達ですから。」
そう言って、ロムは微笑んだ。
「その言葉を聞いて安心したわ。もし暗黒大陸に戻るって言われたらどうしようかと。」
レイナは胸に手を当ててほっと息を吐く。
「その時は、レイナに相談しますよ。お願いしたいコトがたくさんありますから。」
ロムがにこやかにほほ笑み、再び岩山に向けて歩き出す。
「厄介事はやめてよね。」
「さぁ、どうでしょうかね?」
ロムに追いついたレイナは、ロムの顔を覗き込む。
ロムは笑顔を見て、レイナもつられて笑っていた。
「でもね、薬作るから人竜を探して角を削ってきてとか、聞き忘れた遺言を死んだ人に聞いて来てとか、無茶な依頼ばっかりだったじゃない。」
本当に無茶な依頼ばかりだったと。レイナは少し呆れながらロムからの依頼を思い出した。
「え?全部レイナのお知り合いにお手伝いいただけたんでしょう。」
「知り合いでも、そんな事気軽に頼めないわよ。」
普通の人が聞いたらとんでもない嘘だと思われる事をさらっと言うレイナ。
「でも、ちゃんとこなしてくれるのがレイナですものね。」
「まぁ、ロムがそんなとんでもない依頼を出すって事は、急いでるって事でしょうからね。」
二人は、それぞれの立場が判っているために、お互いの厄介な依頼は極力請け合う事にしている。
「これからも、色々とご迷惑をおかけしますね。」
「お手柔らかにね。」
レイナに笑顔を向けるロム。その表情を見て、レイナは半ばあきらめの表情を返していた。
「あら、ここは。」
しばらく森を歩いている二人だが、少し先に進んでいるロムが不意に声を上げる。後ろからレイナが追い付いてロムと同じ景色を見る。
「開けてるわね。」
数本の倒木があり、今まではほぼ木が邪魔して見えない先まで見通せる場所だ。
地面には、不自然に石を積んだ後もある。
「休憩場所、と言ったところですかね。」
「そうね。」
周囲を確認する二人。特に気になるものは無い。林に入ってきてからずっと付いてくる視線を除いて。
「さて、そろそろいいかしら。」
隣にいるロムに、小さな声で話すレイナ。
「ええ。」
二人は広場の中央に立ち、後ろを振り向く。
「そこに隠れてる人、こっちは気付いてるから出てきたらどう?」
レイナはずっとついて来た視線の主に話しかける。
「なんだ、気付いてたのか。なら話は早いな。」
木の陰から二人組の男が現れる。ハムを襲った野党だろうか。
「さて、怪我したくなかったら荷物を全部置いていきな。」
野盗は前置きを全て省略して要求を述べる。
「困りましたね、この荷物は大切な物なんですよ。」
「困るのはそっちだ、こっちじゃねぇ。」
野党は腰に携えていたダガーを抜いて見せる。
「怪我したくねぇよな。」
毅然と対応するレイナと怖がる振りをするロム。二人は野盗の周りを確認する。
「黒きモノは・・・いないみたいね。」
「ですね。」
「じゃあ、とりあえず。」
野盗をじっと見据えたレイナ。
「私達、怪我させたくないの。ちょっと教えてくれないかな。」
レイナの言葉に、野盗が戸惑う。
「な?!怪我はてめぇらが負うんだよ!」
野盗が言い返すが、レイナは冷めた態度で続ける。
「実力差、判らないかな?」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
野盗の一人がレイナに駆け寄りダガーを振り下ろす!
しかし、そのダガーは空気を切っただけだった。
レイナの姿を見失った野盗。周りを見渡そうとしたその時、首に違和感を感じた。
「怪我、したくないよね?」
レイナの右手は襲い掛かってきた野盗の首を後ろから掴んでいた。
後ろで構えていた野盗もロムに腕を掴まれている。
「もう一度聞くわ、ちょっと教えてくれないかな?」
「わ、判った。教える、教えるから放してくれ!」
首を掴まれた野盗は、両手を上げてダガーを地面に落とす。
「武器は預かっとくわね。」
地面に落ちたダガーを拾い上げるレイナ。
ロムも野盗から武器を取り上げる。
「さっきも言ったけど、素直に質問に答えてくれたら何もしないわ。」
野盗の首から手を離すレイナ。
「あ、あぁ。」
自由になった野盗は地面にへたり込んだ。
「じゃあ、まずはあなた達は何者か教えてもらいましょうか。」
レイナは最初の質問をする。
「見りゃわかるだろ、盗賊だよ。この森を根城にしてる。」
ぶっきらぼうに答える野盗。
「仲間はたくさんいるの?」
「仲間?知らねぇな。」
「黒きモノ、知ってる?」
「黒きモノ?あぁ、一時は其処ら中に居たな。それがどうした?」
「ちょっと前に、馬車に乗った商人を襲わなかった?」
「知らねぇな。」
「今までの言葉に嘘はない?」
「嘘なんてねぇよ。」
次々に質問をぶつけるレイナ。野盗はその全てに答えてはいる。
が、どうも信憑性に欠ける。
レイナはロムを手招きで呼び、意見を求める。
「ロム、どうかな?」
「8割嘘ですね。」
ロムは野盗の言葉を嘘と断言する。
「何を根拠に!」
その言葉に野盗は激昂する。が、二人は気にしていない。
「ロム、お願い。」
「わかりました。」
頷いたロムはシスターローブのベールを脱ぐ。
そこには、長くとがった耳とヤギのような小さな角の生えたロムの姿があった。
「え?!ちょ・・・まて!」
うろたえる野盗を気にもせず、ロムは野盗に近づく。
「あなた達は、私には逆らえません。正直に話しなさい。」
ロムは野盗の顔を両手で掴んだ。そしてロムは自分の瞳の中に野盗の姿を映す。
「あ・・・。」
ぐったり首を落とす野盗。もう一人の方にも同じ事をするロム。
「では、聞きますよ。」
「はい・・・。」
さっきまでの声のトーンとは明らかに違う、浮かされた声の野盗が答える。
「あなた達は何者ですか?」
「俺たちはこの森を根城にしている盗賊です。」
「仲間はたくさんいるの?」
「はい、50人はいます。」
「黒きモノ、知ってる?」
「はい、今もよく見ます。」
「ちょっと前に馬車に乗った商人を襲わなかった?」
「いえ、俺たちは襲っていませんが、仲間が襲ったと聞いています。」
「今までの言葉に嘘はない?」
「嘘はありません。」
全部、さっきと同じ質問だが、答えがまるで違う。
「レイナ、他にも聞いておくことは?」
ロムはレイナに尋ねる。レイナは頷き、野盗に問いかける。
「黒きモノ、よく見るって言ってたわね。理由を教えて。」
「黒きモノの模倣体を使っているので、よく見ます。」
野盗の発言に眉を顰める二人。
「模倣体?」
レイナが言葉を繰り返して尋ねる。
「お頭が使えと言って持ってきたのです。」
「今、その模倣体はどこ?」
「アジトに居ます。」
「・・・アジト?」
ロムが首をかしげる。その間に、レイナがさらに質問を投げかける。
「その模倣体は、何匹居るの?」
「3匹居ます。」
「3匹・・・。」
驚くべき話が野盗の口から語られる。
レイナはロムに追方に向き直る。
「本当に黒きモノなら、何とかしないとダメね。」
「そうですね。」
ロムが頷く。思いは同じようだ。
「私たちをアジトに連れて行きなさい。」
「はい。」
野盗二人はゆっくりと立ち上がる。そして、アジトに向かって歩き始めた。
「アジトは、ここから近いの?」
「少し歩きます。」
野盗の二人を先頭に、ロムとレイナはその後ろをついていった。
数十分歩いただろうか、不意にロムが声を上げる。
「・・・んっ。」
「ロム、どうかした?」
ロムの顔が少し赤い。そして、息も少し荒い。
「ちょっと・・・無理かも。」
レイナの服の裾を引っ張るロム。
「ねえ、レイナ・・・。」
「どうしたの?ロム。」
ロムの様子がおかしいことに気付いたレイナ。
「チャーム、解いていいですか?」
「まだアジトに着いてないじゃない、もう少し我慢できない?」
「レイナ、私のチャームって結構つらいの知ってるでしょ。」
荒い息のまま、レイナに懇願するロム。
「まぁ、話ぐらいは知ってるけど、それほど?」
「ええ、今もずっとですよ。チャーム維持は私でも辛いんです。」
もはや涙目なロムに、レイナは確認する。
「解除しても大丈夫?案内は出来そう?」
「正気に戻るだけですから、逆らう気が相手になければ。」
レイナは少し考えた後、ロムに答える。
「判ったわ、ちょっと手荒になるけど最初に言ってるから大丈夫よね。」
レイナは最初の言葉を思い出した。
「野盗二人の手を縛るから、その後に解いちゃって。」
「そうさせてもらいますね。」
レイナは二人の手を後ろに縛り、縛った紐をレイナが持つ。
「じゃあ、チャーム解除しますね。」
ロムはチャームを解除する。野盗の二人が膝をついた。その後、野盗は不思議そうに周囲を見渡す。
「目が覚めたかしら?あなた達のアジトに案内してもらうわよ。」
「なんでそんな事・・・?!」
両腕の自由が利かないことに気付いたのか、暴れるそぶりを見せる野盗。
それを見てレイナが言い放つ。
「最初に言ったでしょ、怪我させたくないって。おとなしく教えてくれないかな。」
レイナの頼みも、野盗は無視を決める。
「二人とも、案内してくれますね?」
野盗の目の前に立ち、ベールを脱いで自分の姿を見せるロム。
その姿を見て野盗の二人は顔を伏せる。
「あれ~?どうしたのかな~?この子と何かあったかな~?。」
わざとらしく声を上げるレイナ。大方の察しはついている。
「道案内、お願いできますね?」
野盗は静かに頷いて、立ち上がった。
「結構、チャームの時の記憶って残ってるのね。」
「レイナ、恥ずかしいんですから、それ以上は。」
「判ってるわ。ありがと、ロム。」
野盗の案内で、レイナ達は再び森の奥へと足を進めた。
それから数十分歩いただろうか、四人は奇妙な光景の広がる場所に着く。
「なるほど、木を利用してそのまま屋根や壁を作ってるのね。」
木と木の間に板を這わせて屋根を作っている。屋根の下にも板を這わせ、壁として布を屋根から垂らしている。
これならば、万が一上から外敵が来ても気付かれにくいだろう。
「さて、お頭はどこかしら?」
「お頭はここにはいねぇよ。」
野盗はレイナ達にしてやったりといった感じで言い放つ。
「え?ここはアジトじゃないの?」
「あぁ、確かにアジトだぜ。数ある中の一つだ。」
言葉の裏を取られたレイナ達は、あっけにとられる。
「騙したの?」
「騙した?何言ってるんだ。俺達はちゃんとアジトに案内したんだ、約束は守ったろう。」
確かに、野盗は全ての約束を守っている。が、レイナ達は腑に落ちていない。
「さぁ、さっさとこれを外しな。」
両手を縛っている縄を揺らして催促する。
「・・・ロム。」
レイナの言葉から怒りが漏れている。それを察したロムは、再び野盗の前に立った。
「仕方ないですね。」
ロムは、野盗の顔を掴み、再びチャームを試みる。
「ま、また・・・。」
野盗二人は再び膝から崩れ落ちる。
「今度は、少し強力にかけておきました・・・。まずは場所を聞き出してから動きましょう。」
強力という言葉通り、野盗は焦点の合ってない目でロムを見つめる。
ロムの方は、明らかに顔が赤くなっていて、額に汗が浮かんでいる。
「ロム、少し休んでて。私が聞き出すから。」
「お願いします・・・。」
ロムは木にもたれかかったまま座り込み、息を整える。
「さて、お頭の場所はどこ?」
「鉱山跡です。」
「鉱山跡ね、この地図のどの辺り?」
レイナは地図を広げる。その地図に印をする野盗。
「その山の麓ね。あっ、ついでに今いる場所も印をつけておいて。」
その言葉に従う野盗。
「そこまでの道に、罠は無い?」
「はい、ありません。」
「鉱山跡にも罠は無い?」
「はい、襲われる事はありませんから。」
「まぁ、これだけ森の奥で、しかも鉱山跡ってモンスターの住処になってそうな場所、誰も行かないわよね。」
普通に考えれば、身を隠さなければならないものにとって、これほど都合のいい隠れ家はない。
「あと、聞いておかなきゃいけない情報は・・・。」
指を折りながら考えるレイナ。
「そうそう、あなた達のお頭の事よ。まず、お頭は何者なの?黒きモノの模倣体なんて、普通の人は手に入らないわ。」
随分と大雑把に聞くレイナ。
「お頭は、過去に騎士団に在籍していたと言っていました。」
「騎士団!?どこの?」
騎士団という言葉に少し驚くレイナ。
「どこかまでは判りません。」
騎士団等の軍隊は、どこの国でも持っている。だが、この件は国が関与している線が強くなったという証明である。
「お頭の名前は?」
「聞いたことがありません。全員、お頭と呼んでいます。」
「名前は不要って事ね。じゃあ、これが最後。黒きモノの模倣体はいつ来たの?」
「3か月前です。」
「ロムの依頼と、黒きモノの模倣体が現れた時が大体同じね。」
レイナは、これ以上はロムの体がもたないと考え、質問を切り上げた。
「ロム、大丈夫?」
座り込んでいるロムに声をかけるレイナ。
「え・・・えぇ。」
相変わらず息が荒い。
「場所・・・、判ったんですか?」
荒い息を落ちつけながらロムが尋ねる。
「えぇ、やっぱり鉱山跡だって。ここなんだけど、ロム、この場所知ってる?」
レイナは頷いて地図を広げる。
「ここですか。向かっている岩山の麓ですね。確かに、鉱山がありました。安全のため、今は森から離れた場所の鉱山を利用しています。」
「安全のため?」
「急に強いモンスターが姿を見せ始めたので、作業員は皆さん撤収したのです。」
「どれくらい前に?」
「作業員の撤収が完了したのが、5か月ぐらい前になります。」
レイナの中で、嫌な点と線がつながっていく。
「ロム、聞くことは聞いたから、チャームの解除をお願い。その後でいいから、私の話、聞いてもらえる?」
「・・・深刻な話ですね?」
無言で頷くレイナ。気軽に引き受けた依頼が、面倒な事に発展しそうになっているのを感じて、大きくため息をつく。
「判りました。」
ロムは頷いて、野盗にかけたチャームを解いた。
二人の後ろで、バサッと何かが倒れる音がする。振り向いた二人の目に倒れこんだ野盗二人の姿が見える。
「強めにかけた反動ですね、目覚めるにはちょっとかかるでしょう。」
ロムは息を整えるために深呼吸をする。その様子を見たレイナはほっと胸をなでおろす。
「レイナ、話と言うのは?」
大分落ち着いた様子のロムがレイナを促した。
「ねえ、改めて聞いておくけど、今回の私の仕事は野盗の討伐でよかったのよね?」
「え?えぇ。もちろんですよ。」
レイナの突然の質問に、ロムは不思議そうに答えた。
「それを聞いて安心したわ。ここまで予想通りだと、私の力だけではどうしようもないわ。」
「予想って、国が関与しているっていう?」
ロムがレイナに問いかける。その問いかけに、レイナは首を縦に振る。
「ええ、野盗の話を聞く限りね。」
ロムの顔が曇る。
「一体・・・何を聞いたんです?」
ロムは重い口を開いて、レイナに尋ねる。
「野盗のお頭が、元騎士団って話よ。」
「騎士団・・・。」
その単語に、ロムは息を呑む。さらにレイナは言葉を続ける。
「それに黒きモノの模倣体なんて、普通には手に入らない。後は、一連の日付ね。」
「日付?」
「鉱山を放棄したのが5か月前、野盗が黒きモノの模倣体を使って暴れ出したのが3か月前。」
「・・・レイナが疑う理由、判る気がします。」
同じ疑念を持ったロムが、レイナに同意する。
「確かに、街の周囲にはこのあたり一帯を支配下に置きたいという国がたくさんあります。」
ロムは空を見つめて話す。
「街は支配を望まないのに、人間って争いが好きなのですね。」
「向こうにも、好戦的な奴がたくさんいたでしょ。同じよ。」
レイナは笑って続ける。
「その為の自警団で、そこのリーダーやってるんでしょ。」
「フフッ・・・そうですよ。」
ロムは笑顔になる。
「まぁ、何もかも野盗のお頭を捕まえて見ればわかるわ。」
「そうですね。」
レイナは倒れた野盗の様子を見るために野盗に近づく。
まだ倒れているが、目は開いている。すでに意識は戻っているようだ。
「お頭の居場所は判ったわ。二人とも、今後は他人に迷惑をかけないって約束してくれるなら、ここで解放してあげる。」
レイナの問いかけに野盗二人はゆっくりと起き上がり、座ったまま顔を見合わせる。
「何言ってるんだ、俺達は盗賊稼業だぜ。」
「そうね、職業として認められてるから、仕方ないわね。」
レイナは後ろを向いて立ち去ろうとする。
「おい!これを外せ!」
「お仲間が帰ってきたら、お願いしたら?」
振り向かないまま手を振るレイナ。その姿に焦り始める野盗二人。
「おい!待てって!ここはやばいモンスターが徘徊してるんだぜ!」
「そう。」
レイナはそっけなく答える。
「お前ら!危害を加えないんじゃなかったのか!!」
「『私達は』危害を加えないわ。危害よりも気持ちよかったんじゃない?」
「グググ・・・」
反論できずに口ごもる野盗、どうやら観念したようだ。
「命があるだけ儲けものと思いなさい。」
そう言って、レイナとロムはアジトを後にした。