第8話 預言者ちゃんは奴隷エルフを可愛がる
「いやぁ……全財産、溶けちゃったけど良い買い物したよ」
「……あんた、一年で銀貨八千枚も稼いでたのか?」
あきれ顔を浮かべるゴルダス。
一年で銀貨八千枚を稼いで見せたファルティシナの実力と、そしてただのエルフの少女を購入するのにその八千枚を溶かすという行為に呆れ果てていた。
ちなみに一般庶民の年収は銀貨五百枚ほど。
そして普通の労働用の成人奴隷の価格も、五百枚ほどである。
容姿の整った女性奴隷は銀貨四千枚ほどが相場だ。
それを考えると銀貨八千枚はとてつもない価格だ。
「お、来た来た!」
奴隷商人が契約書と、エルフ奴隷を連れてファルティシナの下にやってきた。
ファルティシナは改めて契約書にサインをする。
そしてエルフ奴隷の鎖と、そして首輪の鍵を貰った。
奴隷商人はファルティシナに耳打ちする。
「気を付けた方が良いよ、お客さん。あなたと競争したあの男は、この国有数の大商人だ。きっとあなたを恨んでいる。それに……あなたは容姿が良い」
「忠告、ありがとう」
ファルティシナは奴隷商人に対して微笑みかけた。
そして不安そうにファルティシナを見上げている、奴隷の少女を見下ろす。
その表情には安堵と、不安の色が見えた。
……奴隷を買う人間にまともな奴がいるとは思えない。
少なくとも奴隷の少女はそう思っていた。
自分を買うために大金を出すような女だ。
その価格に応じた、何かを自分にさせようとしている。
そう思った少女は顔を青くした。
「名前、聞いていい?」
「リリィです……」
「そう、リリィちゃんね! 今日からよろしく。ところで、リリィちゃんは洗濯とか掃除、それとお料理、できる?」
ファルティシナが尋ねると、リリィは小さく頷いた。
「洗濯と掃除なら、故郷でもやりました。料理は……お口に合うか、分かりませんが」
「できるの!?」
「……エルフの郷土料理なら、その、得意です」
最悪、一から教えなければならないと思っていたファルティシナにとっては、これは思わぬ拾い物であった。
それにエルフの郷土料理……つまり異なる文化圏の料理を食べることができる。
良い買い物をした。
ファルティシナは思った。
「なあ、嬢ちゃん。あんた……召使奴隷が欲しかったんだろ? 何で、料理できるかどうかも分からない奴隷なんて買ったんだ?」
「まあ……単純に同情したから、それだけだよ」
落ちぶれたとはいえ、半神の子孫が人間の男に良いようにされるのは見ていられなかった。
というのが本当の理由だが……
敢えて、真実を言う必要もない。
ファルティシナは悪戯っぽく笑った。
リリィがファルティシナに買われてから、一月が経過した。
「ん……お爺様、お母様、お父様、父上、母上、造物主様……ふぁるてぃしなは、元気ですよぉ……」
「……」
リリィは目を覚ました。
まずリリィの朝は、自分に抱き着いたまま中々離してくれない主人を叩き起こすところから始まる。
「ご主人様、起きてください」
「むにゃ……エッチなのは、ダメです……この、覗き魔……んぁ?」
リリィに頬を叩かれたファルティシナは目を開けた。
そして寝ぼけ眼な目でリリィに尋ねる。
「……私のフォアグラは?」
「どんな夢見てたんですか……」
うつらうつら、再び夢の世界に旅立とうとしているファルティシナから離れ、リリィは朝食の支度を作り始める。
買い置きしていたパンを並べ、卵とベーコンを焼き、作り置きの野菜スープ、そして昨日の夕飯の残り物をテーブルに置く。
朝食が出来上がる頃には、ファルティシナの意識もはっきりとし、匂いに釣られてテーブルにやってきた。
ファルティシナは美味しそうにリリィの作った食事を口に運ぶ。
「リリィ、野菜スープまだある?」
「少し、残っています。お代わりですか?」
「うん。よろしく」
ファルティシナの身長は女性としてはさほど高いわけでもないが……
しかし見た目からは想像できないほど、健啖家である。
リリィとしては作り甲斐がある。
(……しかしこの人、本当に所作がきれいだなぁ)
無論、リリィの出身地の作法とは食事の作法は根本から異なる。
だがファルティシナの動作が洗練されていることは、よく分かった。
「ふぅ……美味しかったよ、リリィ」
そう言ってファルティシナは立ち上がる。
「着替えるの、手伝ってくれない?」
「はい、分かりました」
リリィはファルティシナの服を脱がし、そしてあらかじめ用意していた服に着替えさせる。
(……召使に仕えられるのに、なれてるって感じだなぁ)
もしかしたら良いところのお嬢さんなのかもしれない。
リリィはファルティシナに服を着せながら思った。
「ありがとう」
「いえ……これ、お弁当です。今晩はどうなさいますか?」
「夜は多分、飲んでくるからその時に食べてくると思う。だけど……」
ファルティシナは柔らかい笑みを浮かべた。
そしてリリィの顎にそっと、手を添える。
「君の作ったご飯も食べたいし、夜食を用意してくれると嬉しいな。それとお酒も。……一緒に飲もうよ」
リリィは顔が赤くなるのを感じた。
「は、はい……お、お弁当を取ってきます」
リリィはボーっとした、熱を帯びた頭のまま、台所に行こうとして……
テーブルの角に体をぶつけ、よろけてしまう。
「あっ!」
「大丈夫かい?」
よろけたリリィを、ファルティシナは受け止めた。
そして絡めとるようにリリィの手を握り、その顔を覗き込みながら言う。
「気を付けなよ、お嬢さん。君が怪我をしたら、誰が私の食事を作ってくれるんだい?」
「ひ、ひぁ……す、すみません」
リリィは恥ずかしさで耳が赤く染まるのを感じた。
(こ、この人……たまに、王子様みたいだし……)
どこか裕福な家のお嬢様。
高貴な家のお姫様。
そんな雰囲気を常に纏っているファルティシナだが、時折……特にリリィの前では、急に「男性」のような一面が現れることがある。
ふざけてやっているのではなく、自然体でやっているのだ。
どうやら、これが彼女の素のようだ。
「じゃあ、行ってくるよ。私の帰りを待っていてくれ」
「はい、行ってらっしゃいませ、ご主人様」
リリィはファルティシナを見送った。
そしてため息をつく。
「あの人、どうして私を買ったんだろう?」
リリィの奴隷としての価値は、エルフであること、以外は基本的にない。
つまり性的な奉仕をさせるための奴隷としてしか使用用途は存在しないはずだ。
同性であるファルティシナが購入する理由が分からない。
(同性愛者の人? でも、抱き枕にされる以外は特に何もされてないしなぁ……)
リリィは首を傾げた。