第6話 預言者ちゃんはS級冒険者になった
「ファルティシナちゃんのS級冒険者昇格を祝って、乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
街に来てから一年。
気づくと、ファルティシナはS級冒険者になっていた。
オーガ(A級中位)やトロール鬼(A級上位)など、ギルド支部長に進められるままにファルティシナは依頼を受け続け、その尽くを完遂させていった。
ぶっちゃけ、ファルティシナからするとオーク(B級中位)……どころか、ゴブリン(D級下位)と比べても大差ないほど、オーガもトロールも弱い生き物である。
そのため、戦いは腹パン一つで終わる。
無論、攻撃を受けることはあるが……ファルティシナの肉体が傷つくことはない。
逆に武器の方が壊れる。
そんなわけで順調に実績を積み上げ、ファルティシナはついにドラゴン討伐の依頼を受けて、S級冒険者に昇格したのだった。
「ファルティシナちゃん、いくらでも飲んでいいよ!」
「俺たちの奢りだから!」
「ほらほら、飲んで、飲んで!」
冒険者たちはファルティシナのコップに酒を注ぐ。
ファルティシナは基本的にソロで活動していたが……パーティーに誘われることがよくあった。
所属そのものは断ったが、助っ人として、ゲストとして参加することは度々あり、そこでも(あくまでゲストとして、ほどほどにだが)大活躍していた。
あらゆる武器を扱え、そして攻撃魔術も、補助魔術も、治癒魔術も扱えるファルティシナは引っ張りだこだった。
そしてファルティシナはできる限りその要望に応えた。
ファルティシナを誘う冒険者はB級やA級ばかりだ。
中にはS級冒険者がいるパーティーも、ファルティシナに声を掛けた。
荒くれもの、根無し草の冒険者とはいえB級以上となると社会的地位も高くなる。
つまり……
店を出すときのための人脈作りのためである。
できる限り多くの冒険者と仲良くなれるようにファルティシナは努めた。
結果……ファルティシナは冒険者ギルドの人気者になれたのだ。
まあ、容姿が良いからというのもある。
男という生き物は、自然と可愛い女の子が相手だと楽しくなってしまうのだ。
「いくらでも、飲んで良いの? 私、強いけど」
ファルティシナは神から酒に強くなる加護を貰っている。
ちょっとやそっとでは、ファルティシナは潰れない。
「良いぜ、ファルティシナ! 俺と勝負しよう!!」
大柄のA級冒険者は言った。
ファルティシナはニヤリと笑った。
「良いよ……でも、勝てるかな? この私に。お酒の神さ……ごほん、お酒の精霊に愛されたこの私に!」
それから数時間後。
酒場には床にぶっ倒れた男たちと、一人酒をぐびぐびと飲むファルティシナ、そしてその飲みっぷりを戦々恐々と見守る冒険者たちが残された。
「さて……お金溜まったし、まずは家でも買おうかな」
宿屋暮らしはお金が掛かる。
せっかくなので、家を買ってしまった方が後々出費は減るのでは? とファルティシナは考えた。
家を買えば店を開くための開業資金はその分減り、より多くのお金を稼がなければならなくなるが……
最近は冒険者も楽しいな、と感じてきたため長引く分は特に問題もなかった。
別に急ぐ用事もない。
とにかく、楽しければ良いのだ。
とりあえずファルティシナは身近な大人……つまり支部長のゴルダスにアドバイスをもらうことにした。
「という感じの人生目標を持っているんですけど、どう思います?」
「……まあ、よくある話と言えばよくある話だな」
ゴルダスによると、引退後に何らかの店を経営したり、土地を買って農場を開く冒険者は多いらしい。
どんな凄腕冒険者でも死ぬときは死ぬ。
できるならとっとと引退して……安定した生活を歩みたいのが本音である。
もっとも……戦いに明け暮れていた冒険者に堅実な資産運用などできるはずもなく、大概は失敗する。
そもそもとして、そういうお金に明るくない冒険者をカモにする詐欺師のような商人も多いとか。
「つまり嬢ちゃんはもっと、商人に対してコネを広げた方が良いな」
「なるほど……」
「それと家は買うよりも借りた方が安い。どうせ家を買うなら、もっと金を貯めて、良い家を買いたいだろ? そのお金はできるだけ貯めておけ」
脳筋みたいな見た目の割には的確なアドバイスだった。
ファルティシナはゴルダスを見直した。
取り合えずゴルダスに勧められるままに、ファルティシナは拠点を宿から貸家へと移した。
小さいながらも、お風呂付きの家だ。
宿屋だと隣の部屋からの騒音に悩まされたり、ファルティシナ自身も気を使わなければいけなかったりと、心労が溜まる。
それから解放されるのは、良い気持ちだった。
が、しかしここで問題が発生する。
「そうか……帰ってきてもご飯無いんだよね……」
オーガを倒し、返り血で血塗れになって帰ってきたファルティシナはため息をついた。
ついでにお風呂も自分で沸かさなければならない。
あと、洗濯も自分でする必要がある。
宿では値段は高くなるとはいえ、そのあたりのサービスが存在していたため楽だったが……
今はファルティシナ自身が、自分でいろいろとやらなければいけない。
無論、ファルティシナも料理くらいならできる。
だが……仕事から帰ってきて料理する気になるか、と言われるとならない。
ほぼ無敵の肉体を持つファルティシナは肉体的な意味で疲れることはほぼないが……
精神的にはやはり疲労するのだ。
仕事から帰ってきたら、まずお風呂に入り、それから用意された食事を食べ、洗濯など面倒な雑務は誰かに任せ、自分は楽しく晩酌して……
整えられた、フカフカのベッドで寝たい。
それが人情というものだ。
……普通の女の子ではなく、普通のおっさん冒険者と化しているような気がするが、それはおそらく、きっと、たぶん、気のせいだろう。
「召使でも雇うか……」
ファルティシナはお姫様である。
まあ、王宮ではお姫様ではなく王子様として扱われ、育てられていたのだが……
どっちにせよ、召使という存在に抵抗はない。
「雇うくらいなら、いっそ買おうかな?」
ファルティシナの国には奴隷制度があり、労働の多くを奴隷が担っていた。
召使、と言えば奴隷だった。
ファルティシナも幼少期は奴隷に世話をされて育ったのだ。
そのためその辺りの抵抗は皆無だった。
思い立ったら即行動する。
それがファルティシナだ。
翌日、早速ゴルダスに尋ねた。
「この街って、奴隷って売ってたりします? 私、田舎から来たのでこの国の……というか奴隷制度の事情がよく分からなくて」
ファルティシナの住んでいた時代、世界は小さな都市国家で国が区切られていたが……
大まかな奴隷制度は同じとはいえ、細やかな制度は異なっていた。
小さな都市同士でも異なるのだ。
三千年も経てば奴隷制度など、根本から変わるだろう。
「売っているところはある」
「へぇ……」
「……だが、一応法律上は禁止だ」
「え!?」
奴隷が禁止。
それはちょっとファルティシナにとってはカルチャーショックだった。
ファルティシナの国では人口の二割くらいは奴隷だったのだ。
見分けはつかないが、そこらへんに奴隷が闊歩していた。
「だって、預言者ファルティシナ様はおっしゃられただろ。……人は神の前に平等だと」
「……それは、そうですね」
言われてみれば。
ぶっちゃけ、ファルティシナは自分が言ったことをあまり正確に覚えていない。
その場のライブ感で適当なことを、たまに言ったりしていたからだ。
大事なのは雰囲気と勢いだ。
「だが異教徒は人間じゃないから、別だ。そういうのが奴隷として売られている」
「へ、へぇ……そ、そうなんですか」
ファルティシナ教って怖いなぁ……
などと、創設者のくせにファルティシナは思った。