第5話 預言者ちゃんは冒険者になってみる
「あれ……そう言えば、先程、魔術を使うときに詠唱してなかったですよね?」
「あー、それは、だね。うん……これも神代の魔術というか。奥義だから。教えられないです。秘密にしてください」
悪いのはファルティシナとはいえ……
おそらく、この世界の社会制度はこの無駄に複雑化した魔術を前提にできている。
下手にファルティシナが“正しい”魔術を広めてしまえば既存の社会が大混乱に陥ることは間違いない。
やってしまったことは、やってしまったこと。
ファルティシナは人類の可能性と未来に託し、下手なことは言わないようにした。
「それですか……ところで、治療薬のレシピを教えてもらうことはできますか?」
「あー、えっと……あれは神代の遺跡で見つけたもので、レシピは知らないです」
実はそこらへんで採れる薬草で作った薬だ。
……そもそもだが、傷を治すのも手足の欠損を治すのも、ぶっちゃけ基本原理は何一つ変わらないのだ。
基本原理が変わらないというのに、それを作り出す難易度がそう大きく変わるはずもない。
無論、薬の効果を高めるための素材が必要になるが……
実はそのあたりも魔力で補うことができてしまう。
ちゃんと、魔術という技術への理解があればの話だが。
「そんな貴重なものを! 申し訳ありません……何かお礼を……」
「い、いや、私急いでいますので……じゃ、じゃあ!」
ファルティシナは脱兎の如く逃げ出した。
「ふぅ……下手なことはしない方が良いみたいだね」
ファルティシナは呟いた。
目立ちたくないというのもあるが……
それ以上にファルティシナは人間の営みに介入したくなかった。
ファルティシナが三千年前の知識を公開すれば、もしかしたら今よりも人々の生活は豊かになるかもしれない。
だが……それは三千年間の人間の歴史、すべてを否定し、ひっくり返す行為だ。
それでは意味がないのだ。
人間は自分の足で立って、歩まなければならない。
「私の使う魔術……いわゆる、神代の魔術や無詠唱魔術は緊急時以外禁止。あと、治療薬もあまり効果が高いのは使用しない……まあでも、効果が小さいのなら良いかな?」
劣化版ならば多少安く売っても良いだろう。
もっとも……やはり安く売りすぎると既存の薬師たちの生活を圧迫しかねない。
それを考えると、定価よりも少し下回る価格で売るべきだ。
「……普通の女の子って、案外難しいなぁ」
ファルティシナはため息をついた。
さて、それからしばらく進むとようやく街に辿り着いた。
「へぇ……結構、大きな街じゃん」
聞くところによると、この街の名前はビザントゥムというらしい。
このあたり一帯を支配する、「帝国」の首都だとか。
まあ、ぶっちゃけ今のファルティシナは政治にはあまり興味がない。
そのため最低限の常識さえ、分かれば十分だった。
とりあえず、ファルティシナは清潔そうな宿を探し、チェックインを済ませた。
鍵を受け取り、部屋を開け、ベッドに荷物を下ろす。
そして財布の中身を確認する。
「……一気に減っちゃったな」
たった一週間分ほど、泊まる代金を支払っただけだが……
それだけで資金が殆ど尽きてしまった。
「よし、早速冒険者ギルドとやらに行こう!」
ファルティシナは少しわくわくした気持ちで冒険者ギルドに向かった。
「うん、なんか、柄の悪そうな人がたくさんいる!」
これが冒険者ギルドか!
ファルティシナは少しだけテンションが上がった。
「あの、依頼を受けたいんですけど……取り敢えず、この紹介状を」
ファルティシナは受付嬢に、村長から貰った紹介状を渡した。
基本的に冒険者ギルドは来るもの問わずな場所ではあるが……やはり紹介状があった方が信用されやすく、そしてまた仕事も得やすいらしい。
そして……オークという魔物を倒したことが分かれば、最初から高ランクの依頼を受けることができるようになるとか。
「なるほど……オークの群れをたったお一人で。それは本当ですか?」
「本当ですけど……」
どうやら少し疑われているらしい。
まあ、疑われるのも無理はないとファルティシナは思った。
一般的に女性は非力だと思われやすいのだ。
筋肉ムキムキの女性ならばともかく、ファルティシナは見た目だけは普通だ。
「申し訳ありません。安全確保のために、実力を確認させて頂いてもよろしいですか?」
「良いですよ」
ファルティシナは頷いた。
しばらく待っていると、筋骨隆々の強面のおじさんが奥から現れた。
「……お嬢ちゃんがオークを一人で倒したってのは、本当か? その細腕で?」
ドスの利いた声でおじさん――ギルド支部長――は言った。
おそらく、わざとファルティシナを威圧することで嘘か否かを見分けようとしているのだろう。
ファルティシナはもっと怖い人、というより神を相手に喧嘩を売ったことが何度もあったため、全然怖くなかった。
臆することなく、頷く。
「はい、そうです」
「どうやって証明するつもりだ」
「そうですね……」
ファルティシナは少し考えてから、お腹を指さした。
「殴ってみてください」
「……本気で言ってるのか?」
「本気ですよ」
すると支部長は少し考えてから尋ねる。
「鉄板か何か、仕込んでいるのか?」
「じゃあ、これでどうですか?」
ファルティシナは少し服の裾を持ち上げ、その白く、美しい腹部を見せた。
形の良い臍が姿を現す。
「思いっきり、日ごろの鬱憤を晴らすと思って殴って良いですよ」
「……本当に、良いんだな?」
「はい」
気づくと、ファルティシナと支部長の周りには人だかりができていた。
「おいおい、マジかよ。あのお嬢ちゃん……あの鉄拳のゴルダスを相手に……」
「ゴルダスと言えば、確か元A級冒険者だろ?」
「あんなのに腹パンされたら、死んじまうぞ」
「でも自信ありそうだし、もしかすると、もしかするんじゃねえか?」
「鉄拳に耐えきったとしたら、あの子の二つ名は鋼腹で決まりだな」
「負けたら?」
「死んじまうから関係ないだろ」
鋼腹は可愛くないから嫌だなぁ……
とファルティシナが思うのと同時に、ゴルダスは拳を繰り出した。
「ふんっ!」
「……」
ゴルダスの拳が、白く、柔らかそうなファルティシナのお腹に直撃し……
止まった。
そして……
「いてえぇえええええ!!!!!」
ゴルダスは拳を手で押さえた。
砕けた拳からは血がしたたり落ちている。
冒険者たちはどよめきを上げた。
ファルティシナは冒険者たちに言った。
「皆さん、お好きな武器で私を切りつけたり、殴ったりして良いですよ。私は一歩も動きません」
ファルティシナは挑発的に笑った。
生意気な新人冒険者の鼻を明かしてやろと、冒険者たちは剣や槍をファルティシナに突き立てる。
しかしそれらの武器はファルティシナの衣服を傷つけることはできても、その肉体に傷一つ付けることは叶わなかった。
「だらしない奴らめ! 俺に任せろ!!」
最後に双子の筋肉ムキムキの冒険者二人が、斧と鎚でファルティシナを攻撃した。
よほど強く、殴りつけたのだろう。
斧と鎚は砕け散ってしまった。
(……私を傷つけられる人間はいない、か)
ファルティシナの肉体は普通の人間とは違う。
ファルティシナを作り出した造物主は、母なる大地の土にとある川の水を加えた泥を練り、それを造物主自ら生み出した炎で焼くことで、ファルティシナの核を作り出した。
人間の母体によってファルティシナの肉体は育まれたが……
その血肉には、その「とある川の水」が含まれている。
結果、ファルティシナの肉体は鋼を超える硬さと……
そして、とある特殊な性質を帯びるに至った。
無論、無敵ではない。
鋼を超える硬さとはいえ、限界はある。
少なくともファルティシナの祖父である、半神の大英雄ならばファルティシナの肉体を切り裂くことができるだろう。
もっとも……逆に言えば、半神の大英雄でなければファルティシナの肉体には傷一つ付けられない。
「これで証明になりましたか?」
「あ、ああ……お嬢ちゃんをA級冒険者として認める。それだけ強いなら……すぐにS級冒険者に昇格できるだろう」
「分かりました。昇格できるように頑張りますね!」
目立つのは好きではないが……
実際にお店を開いたときに、ファルティシナ自身が有名だった方が宣伝効果が出て、都合が良い。
S級冒険者の開いたお店。
繁盛間違いなしだと、ファルティシナは内心で笑みを浮かべた。
……すでに普通の女の子としての道を踏み外しているような気もするが、それはたぶん気のせいだ。