第3話 預言者ちゃんは男装をやめる
「どうぞ、ファルティシナ殿。サイズが合うと良いのですが……」
村長が持ってきたのは男性用の服だった。
それはそうだろう……
ファルティシナは今、男装しているのだ。
口調も男口調だった。
村長が男と認識するのも、当然である。
「……」
ファルティシナは男性用の下着を指で摘まむ。
(……これ、たぶん誰かのお古なんだろうな)
貧しい村だ。
新品の下着など、ないだろう。
それを考えると……ちょっと嫌だなと、失礼ながらファルティシナは思ってしまった。
そして……同時に思った。
(……普通の女の子というのは、男装をして、男口調で話すのか?)
いや、話さないだろう。
男装女子は、普通の女の子の範疇には入らない。
ファルティシナは決意した。
まず第一歩として、男装はやめよう。
「……女性用の服を持ってきてもらえませんか?」
「それは……どうしてですか?」
不思議そうに尋ねる村長に対し、ファルティシナはさらしで潰した、しかしそれでもよく見れば潰し切れておらず、僅かに膨らんでいる胸に手を当てて言った。
「私、女なので」
「よくお似合いです、ファルティシナ殿」
「ありがとうございます。……それと、我が儘なお願いをして、すみません」
「いえいえ……丁度、孫娘のお古がありましたから」
にこやかに笑う村長。
そんな村長に対し、微笑み返しながら……ファルティシナはスカートの裾を握りしめた。
(……ちょっと、短くない?)
膝より少し上程度の丈。
しかし……ファルティシナの認識では、膝より下が全て見えるのは、そういう商売を生業とする女性だけだ。
しかし村の若い女性たちの服装を確認し、そして……彼女たちに聞く限りだと、そこまでおかしくはないらしい。
都会にはもっと短い人も大勢いるとか。
「さすが、三千年後。未来だな……」
「どうかされました?」
「い、いえ……」
「何かご不満があったら、何でも言ってください」
村長に言われ……ファルティシナは少し悩んでから答えた。
「……少し、下着のサイズが合ってないかもしれません」
幸いなことに、女性の胸を保護する下着のデザインは三千年前と今ではさほど変わらなかった。
問題なのは……貰った下着よりも、ファルティシナの胸のサイズが少し大きいことだ。
(……本当、何でこんなに大きいの?)
男装をする時は痛い。
戦うときは揺れて鬱陶しい。
男の視線を無駄に集める。
そして肩が凝る。
小さい頃は男の子として、王子として生まれたかったと思っていたファルティシナにとって、大きな胸は無用の長物である。
「ふむ、それは困りましたな」
村長は一瞬だけ、ファルティシナの大きく膨らんだ、衣服を押し上げる脂肪の塊を一瞥した。
幸運なことに、村長はもうかなりの老人だったので……その視線に嫌らしいものは感じなかった。
「孫娘に相談しておきましょう。今日のところはそれで我慢していただけますか?」
「はい。分かりました……お手数、おかけします」
ファルティシナは軽く頭を下げた。
至れり尽くせりだ。
「ところで……女性なのにファルティシナとは、珍しいですね」
「……珍しい?」
「ファルティシナは男性名ですから」
「へ、へぇ……も、もしかして預言者ファルティシナも男性ですか?」
「ええ、そうですよ」
ファルティシナは男装をして活動していた。
処刑されるときは貫頭衣を着せられ、燃やされる直前には服を引ん剥かれて全裸にされたので、女性であることは暴露されたし……
弟子たちのうちの幹部クラスの人間はファルティシナが女であることを知っていた。
が、多くのファルティシナ教徒にとってはファルティシナは男なのだ。
だからファルティシナは男、ということになっているのだろう。
(もしくは大人の都合かな?)
家父長制的な考え方だと、預言者ファルティシナが女なのは布教に都合が悪い。
ファルティシナの死後、弟子たちが勝手に捏造したのかもしれない。
(まあ、良いけどね)
ファルティシナが男か、女なのかは些細な問題である。
大事なのはファルティシナ教の拡大であり、その教義内容は些事だ。
「……まあ、一先ず、三日間宜しくお願い致します」
ファルティシナは村長に頭を下げた。
さて、三日間……ファルティシナは情報を集めたり、オークに破壊された村の復興を手伝いながら、これからの人生について考えていた。
(まずは生計を立てないとね……)
普通の女の子、以前の問題として人間は衣食住がなければ生きていけない。
お金が、そしてお金を稼ぐための職業が必要だ。
幸いなことにファルティシナが選べる選択肢は多い。
というのも、ファルティシナは神からあらゆる技能を与えられているからである。
料理をしたり、糸を紡いだり、布を織ることもできる。
農業の知識も、技術もあらゆるものを知っている。
お酒を造ることもできる。
魔術は無論のこと、薬を作ることもできる。
鍛冶仕事だって、道具さえあれば可能で……それなりの武器や道具を作り出して見せる自信がある。
男性女性問わず、人間を誘惑する技能も……まあ、欲しくは無かったが与えられているので、最悪それで生計を立てることも容易だ。
(まあ、冒険者が無難かな)
ファルティシナの仕入れた知識によると、冒険者というのは悪い魔物を倒し、その討伐量と素材を売って生計を立てる職業らしい。
その魔物の強さがどの程度なのかは知らないが……
神よりも強いということはないだろう。
ならば、素手で倒せるレベルだ。
元手無しで、すぐにお金を稼げる。
ファルティシナとしては都合が良い。
「でも、それは普通の女の子とは言えないからね」
普通の女の子は冒険者として、戦ったりしないらしい。
まあ、戦うのは男の仕事、というのは三千年前も同じだったので理解できる。
そういうわけなので稼げるだけ稼いだら、冒険者は早々引退するつもりだ。
そしてそのお金で……
「うん、お店開こう」
おしゃれな喫茶店とか。
可愛らしい工芸品とか。
三千年前の、失われた神代の技術で作られた、どんな怪我や病も直してしまう薬とか。
そういう普通のお店を開いて生計を立てる。
「……ちょっと、楽しくなってきた。生活が安定したら、学校? というのに通ってみるのも良いかもしれないなぁ。母上も学校は楽しくて愉快なところだって、言ってたし」
……もっともファルティシナは不老不死なので、その普通の女の子ライフには限界があるのだが。
そのことは後回しにして、ファルティシナは楽し気な妄想にふけっていた。