第25話 預言者ちゃんは三千年前の遺物を求める
アグラス島。
古代の神話では、アルティシーナ市を襲った伝説的な巨人が封じられた島とされている。
邪悪な巨人と戦乙女神が戦い、戦乙女神によって石にされたとも、島や山を投げつけられ、押しつぶされてしまったともいわれている。
封じられたその巨人、アグラスは時折、呻き声を上げるらしく……
今でも時折、潮風に乗って声が聞こえてくるとか。
「という伝承があってね」
「……まさか、本当に起こったこととか、言わないですよね?」
「よく分かったね、リリィ! リリィは賢いなぁ……」
「……」
そんな馬鹿なことが本当にあるのか。
リリィは思わず頭を抱えた。
どうやら自分の主人の生きていた時代は、今よりも相当ハチャメチャだったようだ。
「まあ私はこの目で見たわけでもないけどね。私が生まれるよりも百年以上前の話だし。お爺様と母上からの伝聞だし」
「は、はぁ……」
どうやら少なくとも、ファルティシナの「お爺様」と「母上」は百歳以上は生きたようだ。
エルフでもないのに、随分と長生きだ。
(あー、そういえばご主人様、不老だって言ってたね)
数百年は軽く生きる種族、または家系なんだろう。
リリィは勝手にそう納得した。
……もしファルティシナの「母上」の年齢が一万年を超えると知ったら、リリィは仰天するだろう。
「その、巨人ってのは生きてるんですか?」
「巨人……まあ、正確には人じゃないから。巨人というのはおかしいけど……さすがに生きてないと思う」
が、世の中には万が一というものがある。
生首だけになったはずの化け物、魔獣が生き返って徘徊するのだから、島に封印された怪物が生き返ってもおかしくない。
「だからとりあえず、確認というか……一目、見て起きたいと思ってね」
「なるほど。そういうことなら、お供しましょう」
伝承によると、下手な山よりも巨大らしい。
その化け物が復活し、歩き回られでもしたら大変だ。
「盗み」のような犯罪とは違う。
むしろこれから行うのは、人々の安全を確保するための「確認」だ。
リリィはやる気が沸き上がってくるのを感じた。
さて翌日。
アグラス島に行く気満々だった二人は港に行き、アグラス島に連れて行ってくれる船乗りを探したのだが……
「ええ!! 私有地だから上陸できない!?」
「すまんなぁ……お嬢ちゃん。ちょうど、二か月前に金持ちが買い取っちまったんだ。そいつに、誰も島に上陸させるな、って言われててなぁ」
ファルティシナは両膝をついて、項垂れた。
リリィはそんなファルティシナを慰めるが……リリィも少し肩透かしな気分で、テンションが下がっていた。
「い、一体、あんな何もない島を買うなんて、どんな金持ちなの!?」
ファルティシナが尋ねると、船乗りの男は腕を組んだ。
「えーっと、名前は、確か……で、で、……デザート? いや、違うな。デニム……違う。で、で……デオキシス?」
「デニスだ!」
背後で誰かが叫んだ。
ファルティシナとリリィは振り向いた。
そこにいたのは、某セクハラ大商人のデニスだった。
「……またお前か」
ファルティシナは思わずため息をついた。
リリィ購入のオークションで被り、『空飛ぶ靴』のオークションで被り、今回はアグラス島絡みで被ってしまったようだ。
どうやら、ファルティシナとデニスは運命の――何色かは不明だが――糸で結ばれてしまっているようだった。
「それにしても、ふむ、そうか。お前たちもあの島の力を欲していたのか。半信半疑だが……ふふ、本当なのかもしれないな」
デニスはぶつぶつと何かを呟いた。
ファルティシナとリリィは首を傾げた。
「ふはははは! まあ、とにかく、あの島の力はワシのものだ! この靴もな!!」
デニスはそう言って足を上げて、自分の履いている靴を見せた。
それはファルティシナが欲した、『空飛ぶ靴』だった。
「っく、ぐぬぬぬぬ……」
ファルティシナは悔しそうに唇を噛みしめ、地団駄を踏んだ。
先祖の、自分の王家に伝わる宝を勝手に履かれて、相当腹が立っているようだ。
「お、抑えてください、ご主人様!」
デニスに挑発され、今にも飛び掛からんとするファルティシナをリリィは何とか宥めようとする。
「ふ、ふん! リリィは私のものだけどね! あなたが欲しがった、リリィは私のものです。私の、私のなんだから。羨ましいでしょ?」
負けじと、ファルティシナは言い返した。
するとデニスは表情を歪めた。
実際のところ、デニスは『空飛ぶ靴』など欲しくもなんともないのだ。
ただ、ファルティシナを挑発するために自慢しただけだ。
本音のところはエルフが、リリィの方が欲しい。
そのため、ファルティシナのこの煽りはとてもよく効いた。
「は、は! だ、だから何だというのだ? こ、この『空飛ぶ靴』の方がよほど役に立つ!!」
「へー、何の役に立ってるの? 教えてよ、ねぇ。ちなみにね。リリィは掃除や洗濯もできるし、料理も上手なんだよ。それにとても強い! 最近はA級冒険者になれたし……もうS級冒険者まで視野に入っているんだから!」
「な、なんだと……」
もしそれが本当だとしたら、デニスは大損したことになる。
S級冒険者レベルの奴隷など、そう滅多に手に入るものじゃないからだ。
「それに、何よりも可愛い! ほら、貴様にはこの、可愛い耳が目に入らないのか!!」
ファルティシナはそう言って、リリィの耳を摘み、少し引っ張った。
そしてデニスに対し、ドヤ顔を浮かべる。
デニスは地団駄を踏んだ。
「……ご主人様。いろんな意味で恥ずかしいので、やめてもらえませんかね?」
リリィの脳裏に「争いは同じレベルのもの同士でしか起きない」という言葉が浮かんだ。
ファルティシナもデニスも、煽り耐性が低すぎる。
「は、はあ! ど、どうせ力が手に入ったら、何もかもワシのものになるんだ!」
「力?」
ファルティシナは首を傾げた。
「力って、何?」
「力は、力だ! あのアグラス島に眠っているとされる、力だ」
デニスはそう叫んだ。
するとファルティシナはゆっくりとデニスに近づき……その瞳を覗き見た。
「な、なんだ!」
「あなた……悪魔に魅入られたのね」
そう呟いて、ファルティシナは離れた。
そしてため息をつく。
(……少し、遅かったかな)
もっと早くに訪れていれば良かった。
ファルティシナは自分の決断が遅かったことを後悔した。
その時。
地面が大きく揺れた。
「ご、ご主人様!!」
リリィがアグラス島を指さした。
そこには……もうすでに島はなかった。
そこにいたのは、巨大な人影だ。
もっとも完全な人ではない。
その両足は蛇の大蛇になっており……その大きさからも姿からも、それが人間ではなく、異形の化け物であることははっきりと分かる。
「あ、あれは……きょ、巨人?」
リリィは思わずつぶやいた。
が、しかしファルティシナは首を横に振った。
「違うよ。あれは……巨兵だ」




