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第2話 預言者ちゃんは『ファルティシナ教』の教義に困惑する

 「何とお礼を言って良いやら……」

 「いや、人として当然のことをしたまでだ」


 村長と思しき人物にファルティシナはそう答えた。

 なるほど、と村長は頷いた。


 そして小声で尋ねる。


 「そ、その……お代の方なのですが……」

 「……お代?」

 「お、オークの討伐料です」


 つまり村を守ってくれた代金、ということだ。

 ファルティシナは首を横に振った。


 「……いや、結構だ」

 「ほ、本当ですか? し、しかし……何か、お礼をさせてください。村を助けてくださった冒険者様に何もお礼をしなかったと知られれば、悪評が立ってしまいます」


 冒険者。

 というのは何なのかよく分からなかったが、ファルティシナは傭兵のようなものだと解釈した。


 「……では、しばらくの間、そうだな。三日ほど、村に滞在させてくれ。それと……いくつか情報と、最低限の食料、衣服、そして……少しで良いから旅費をいただきたい」


 何しろファルティシナは財産を銅貨一枚すら持っていない。

 財産はズボンと上着、フード付きのマントだけで、下着すら履いていない状況だ。


 (なんか、違和感あるし……下着は履きたい)


 胸はさらしで問題ないが、下半身の心許なさは解決したかった。


 「その程度でしたら! 何もない村ですが、どうぞ、泊まっていってくだされ。……ところでお名前を聞かせて頂いてもよろしいですか?」


 ファルティシナは少し考えてから答えた。


 「ファルティシナだ」


 これは『聖女』ファルティシナのことを彼らが知っているかどうかの、テストも兼ねている。

 知っているか否かで、この場所の位置がある程度推測できる。

 つまりファルティシナの活動範囲からどれくらい離れているか、離れていないか、だ。


 「ファルティシナ? それは良いお名前ですね」

 「……それはありがとう。ところで、ファルティシナという名前の人物で、誰か有名人に心当たりはあるか?」


 より突っ込んだ質問をファルティシナはした。

 すると村長は頷いた。


 「ファルティシナ、と言えば我らの神様の名前ではないですか!」

 「……神様?」


 ファルティシナは酷く困惑した。


 ファルティシナは自分のことを神だと名乗ったことは一度もない。

 神の子と呼ばれたことはあるが、実際に自分の口から神の子であると言ったこともない。

 ファルティシナは自分のことを『預言者』、つまり神から言葉を預かった人物である、つまり人間であると名乗っていた。


 それが神様とは、どういうことか。

 

 「……まさか、異教徒の方ですか?」


 村長の顔に懸念の色が広がった。

 不味い……とファルティシナは思った。


 よくわからないが、友好度が下がっている。


 (どうする……違うと説明するか? しかしどこかでボロが出そうだし、情報も集めにくくなる。だけど肯定するわけにも……)


 いろいろ考えた結果、ファルティシナは苦し紛れな嘘を言った。


 「……実は記憶喪失なんだ。記憶がいまいちはっきりしてなくて、その、自分の名前が『ファルティシナ』であることと、そして『ファルティシナ』という名前が偉大な人物が由来であることだけは、僅かに覚えているのだが」


 ファルティシナがそう答えると、村長の顔からファルティシナへの疑いや嫌悪の色が消えた。

 そして同情するような色が広がる。


 「それは……大変ですな」

 「え、ええ……」

 「しかしファルティシナ様のことはかすかに覚えている。ということは、間違いなくあなたはファルティシナ教徒、我らの同胞ですな! ファルティシナ様の御加護だ!!」

 「そ、そうですね。きっと……」


 ファルティシナ教……

 つまり自分の作った宗教である。


 が、しかしファルティシナの教えは来世信仰であって、現世への利益はないはずだが……

 

 (……距離が離れすぎて、教えが歪んでいるのかな?)


 あり得る話だ、とファルティシナは思った。

 

 「その、ファルティシナ様について教えてもらえないか? もしかしたら記憶が戻るかもしれない」

 「良いですとも……とはいえ、私は聖職者の方ではないですので、詳しくはお教えできませんが。ファルティシナ様は今から三千年前(・・・・)にこの地に降臨なされた預言者にして、神様なのです!」

 「さ、三千年前!?」


 ファルティシナは絶叫を上げた。







 その後、ファルティシナは村の司祭からより詳しい話を聞き、現状のファルティシナ教について知ることができた。

 まず結論から言うと、今のファルティシナ教はファルティシナの作った『ファルティシナ教』とは名前と崇めている神が被っているだけで、全くの別物であるということが判明した。


 第一にファルティシナが驚愕したのは『司祭』である。

 なんだよ、それ。


 神の前に平等である、と言ったはずなのに知らない間に『聖職者』なる謎の身分ができていた。

 そしてそれには階級があるらしい。

 ちなみに一応、ファルティシナの「神の前に平等」という言葉は残っているようではあった。

 ……じゃあ矛盾してるじゃん。

 と、ファルティシナは思ったが口に出したら怒られそうだったのでやめた。


 次に仰天したのは、信徒たちが『ファルティシナ像』なるものに祈りを捧げていることだ。

 偶像、つまり神が描かれた絵画や彫刻に祈りを捧げてはならない。

 というのはファルティシナ教の重要な教義の一つのはずである。

 そして聞く限りだと、ファルティシナの口にした「偶像崇拝禁止」は教義として残っている。


 ……だがこれは偶像崇拝には当たらないらしい。

 如何なる理論でそうなっているのか、根掘り葉掘り聞こうとしたが、異端者の疑いを掛けられそうになったのでファルティシナは取り合えず納得した。


 次に混乱したのは、ファルティシナが神様になっていたことである。

 ファルティシナは自分が神だとは、一言も言ったことはない。

 自分を崇めろとも言ったことはない。

 ……だが知らないうちにファルティシナは神になっていた。


 ここで疑問が一つ。

 父なる神、つまりファルティシナが説いた唯一神への信仰はどうなってしまったのかという素朴な疑問である。

 

 もしファルティシナが神になったのであれば、ファルティシナ神と唯一神の二柱の神が存在することになる。

 これでは一神教ではなく、二神教だ。


 これに関しては、こういう説明らしい。


 ファルティシナ=唯一神

 父なる神=唯一神

 ファルティシナ≠父なる神。


 いや、その理論だと父なる神と私は同一人(神)物になるじゃん……

 なんで、≠になるのよ。


 と、ファルティシナは酷く混乱したが、もうそういうものだと受け入れることにした。


 「……まあ、三千年だからね」


 自分の死後、十年も経てば自分の教えをまともに守っている奴は半減するだろうと、ファルティシナは思っていた。 

 三千年も経てば、原型すらもなくなるのは納得できる。


 おそらく様々な大人の事情があったに違いない。


 「……まあ、良いか」


 火炙りで死んだファルティシナだが……

 その人生には悔いはない。

 やるべきことは全てやったと、考えている。


 三千年前の人間が今の人間の営みにとやかく口を挟むのも良くないだろうとファルティシナは考えた。

 

 「もうやるべき使命もないし、第二の人生でも謳歌しようかな?」


 聖女として、預言者として活動する上で、ファルティシナは様々な『普通の女の子』としての人生を諦めた。

 いや、そもそも一国の姫として生まれた段階でファルティシナには『普通の女の子』として生きる選択肢は残されていなかった。


 だが……今のファルティシナはお姫様でもない。

 そして聖女でもなければ、預言者でもない。


 ……無論だが、神でもない。


 オークを拳一つで殴り殺せるだけの、ごく普通の女の子である。


 「よし……今度は普通の女の子として、生きてみよう。学校に通ったり、素敵なお店を開いたり、おしゃれをしたり……」


 恋もしちゃって良いんだろうか? 

 ……良いんだよね?


 何なら子供も作っても良いわけだ。

 結婚しても文句を言うやつはいない。


 「よし、決めた! 普通の女の子に、私は、なる!」


既視感がするのは多分気のせいではない

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『女神様は普通の女の子に憧れる』
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