○07○ クッション
「なんで? なんで? なんで?」
袋を持ったまま部屋の中をぐるぐる歩き回る。
通りすがりに心配してくれたんじゃないの?
あたしがあの公園にいることを知ってて、尾けて来たの?
十至さんはあたしのこと知ってたの?
十至さんって……ストーカーなの?
だったらどうしよう……優しそうな人だと思ったのに。
「やっぱり見てみよう。捨てるかどうかはそのあと」
ようやく決心をつけてベッドに腰掛けた。カーペットにはミステリーサークルができていた。
「ってか、なんなのよこの微妙なサンタ演出……これで中身がヤバいもんだったら訴えるよ?」
強がりながら、恐る恐る袋を覗き込んだ。入っていたのは――円筒形のクッションひとつだけ。
「なぁんだ」
ホッとしながら思わず呟く。クッションは缶コーヒーのデザインで、抱きかかえるのに丁度いい大きさだった。
……まさか盗聴器とか仕込んでないよね? と念のためクッションを押し潰してみたけど、固い物が入っている様子はない。
それどころか、このむにむには癖になりそう。ヤバい。
生地はふわすべでよく伸びる。掴んだり押したりすると、お餅みたいにむにっとする。
「うわぁ、なにこれ。めっちゃ癒されるぅ」
盗聴器がないとわかっても、延々とむにむにしていたい。
十至さんがあたしの家を知った経緯なんて、もうどうでもいい気がする――いや、よくないよ。しっかりしてよあたし。
「もう、茉莉菜ったらいつまで籠ってんのよー」
一人百面相になり掛けたタイミングでママが入って来た。
「うわ、ママ勝手に入って来ないでよ」
抗議の声を上げても、ママは全然気にしない。
「あらあ可愛いクッション。それが入ってたの?」
目をキラキラさせてるママにクッションを放り投げる。
よくわかんないけどあのクッションは危険。ひょっとしたら、悩みがどうでもよくなる謎の電波が出ているのかも。
とりあえず袋を片付けてから考えよう。
そう決めて、皺を伸ばすために逆さまにして振ってたら、二つ折りのカードが袋から落ちた。エンボス加工の星がついていて『SEASON GREETING』って書いてある。
「なになに?」
「知らないよ。まだ見てないんだから」
野次馬根性むき出しのママに背を向ける。
何が書いてあるんだろう。『いつも見てました』とかだったらどうしよう……普通に怖い。
「ええっと、『まりなさま』?」
「だから勝手に読まないで!」
本気で怒ったのが効いたのか、ママはクッション抱っこしたままカーペットに正座した。っていうか、そのクッションもあたしのだし。
『まりな様』
十至さんの文字は、少し角ばってとんがっていた。
『パンチングマシーンって言われた時はどうしようと思ったんですが、ストレス発散ならこのクッションもオススメです。
少し早いクリスマスプレゼント、さしあげます。
あ。これはうちの販そく品なので、気にしないで下さい。
でもこれ評判いいんですよ。いやされるって。』
「販促品?」
「え? これ?」
きょとんとしているママからクッションを奪う。普通に雑貨屋さんで売ってそうなのに。缶コーヒーを真似たデザイン。それっぽい商品名……
「あ、鹿マーク」
メーカーロゴの場所に、斜め向きの鹿のマークが入っている。
「そっかぁ」
ほっとして、でも少しがっかりしながら、クッションをまたママに渡して続きを読んだ。
『あと、本当に今度、カラオケに行きませんか?
もちろん下心はないですし、心配ならお友だちもいっしょで。
まりなさん、ヒトカラ苦手って言ってたから……
あ、でもクリスマスまでは忙しいから、それより後がいいです。
職業ガラ、うちはクリスマスが終わったらしばらくヒマです。』
なぁんだ。結局ナンパじゃない。そう思ったら力が抜けた。
カラオケくらいならいいかな、なんて気もして来る。
冬休みは少し暇だし、来年はそんなこともしてられないし。
『それで、あの、
実は例の検索でまりなさんの家を調べたんですけど……
これ内緒にしておいてください。
勝手に使ったの社長にバレたら、絶対しかられます。』
「例の検索って……」サンタ検索のこと?
まさかだよね。きっとうちの場所知ってたんだ。
カードのメッセージは、中途半端な空白を残して唐突に終わった。
害のなさそうな顔で意外と積極的、なんて思いながらカードを閉じる。
「ねえ、ママにも見せてよぉ。あのサンタさんからなの?」
膝の上でクッションを潰しながら、ママがおねだりする。
でもなぁ、ママがこれ読んだら誤解しそう。
「わかった。じゃあ見せるけど。一応言っとくとね、あの人は――」
でもその前にもう一度だけ確認しとこう。
そう思って開いたら――空白だった場所に文字が増えていた。
「なにこれ? どういうこと?」
『p.s.
いらないかも知れないけど……一応。僕のメッセージアプリのIDです。
3ta‐○○○○‐10‐ji』
しかも――しかも!
カードを開いた瞬間、最後の『i』が浮き出るところだった。
誰かが目の前で書いているように。縦棒を引いてから、上に点。筆記体のような、少し癖のあるアルファベット。
「あら、これ鹿じゃないわよ茉莉菜」と、ママがクッションを掲げる。
「鹿でしょ?」
あたしは今それどころじゃない。何このカード!
「だってほら、角が前側にも生えてるし、鼻のとこが赤く塗ってある。これトナカイよ。会社の名前がサンタさんだからじゃない?」
「そんなできすぎな……って、待って? サンタじゃないよ、ミタでしょ? 赤と白の軽バンで――」
「あら、『サンタ急配です』って名乗ってたわよ?」
「うっそぉ?」
確かに何度もサンタって言ってたけど……だってそんなはずない。
もうわけわかんない。
十至さんは多分うちに来たことがある人で。サンタって名乗ったのはふざけただけで……そうなんでしょ?
このカードもきっと、仕掛けがあるんでしょ?
もう一度カードを開く。
角ばった文字。書くのを最後までためらってたような、アプリのID。
もうすぐクリスマスだから、きっとお仕事は忙しくて――それなのにあの時温かい缶コーヒーをくれて、黙って話を聞いてくれた十至さん。
もちろん本物のサンタなわけないけど。
でもあの優しさは本当だったって、思ってもいいの?
十至さんの笑顔を思い出すと、自然に頬が緩む。
「……いや、あたしは子どもじゃないから騙されないぞ」
無理矢理口を尖らせて呟いた。
「でも今日のお礼もあるし、カラオケくらいならいっかな――あと、誕生日のプレゼントも用意しなきゃ、だよね」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
拙い作品で申し訳ありません。
っていうか、未解決問題が山積みのままで話が終わってしまった気がします。
十至さんは結局、職権乱用ですね。バレたら社長に特大の雷を落とされるかも知れません。
そして茉莉菜……失恋したばっかりなのに、チョロ過ぎるぞー。
あ、そうそう。ちょっとしたオマケの小ネタになりますが……文中で明かされなかった十至さんの年齢のヒントは、彼の台詞の中にあります。
……って、別に誰も気にしてませんよね、そこんとこは。