表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

○06○ カラッポ

「え、まさかあたしの気が済むまで待っててくれたの? あたし、お仕事サボらせちゃった?」

 なにこの十至さんのいい人っぷり。そこは普通、失恋した弱みにつけ込んで口説く場面でしょ? 漫画だったら絶対、その展開以外あり得ないよ。

 っていうかその前に、あたしが全然好みじゃないってのもありそうだけど。


「いや、今日はもう終わりで……そうだなぁ。残り一件あるけど、それはまだいいから。大丈夫だよ」


 なぁんだ。そういうことか。

 そうだよね。いい大人が、忙しい時に子どものつまんない話を聞いてくれるわけがないもん。

「それならいいんだけど。うん、十至さんのお陰でだいぶ気持ちがすっきりしたよ。あたし帰るね。今日はありがとう」


 ちょっと安心したけど同時にがっかりもしてる。

 よほど千明先生のことでダメージ受けてたんだなぁ、あたし。


「帰り道、わかる?」

 あたしが立ち上がるのと同時に、十至さんもベンチから立ち上がった。

 ベンチの上には二本の缶。かじかんだ心も温めてくれた缶コーヒー。

「うん、だいじょぶだいじょぶ。いざとなったらスマホのナビ使うし」

 あたしはポケットからスマホを出して、十至さんに見せた。


「そうですか――あっ」

 ほっとした表情だった十至さんは、突然目を丸くしてあたしの方を指さした。


「何よ、あたしの顔、まだなんかついてる?」

 これから電車に乗るのに、涙とかハナミズとか残ってたら超恥ずかしいし。

「いえ、茉莉菜さんじゃなく、もっと向こう。月が出てます」

 十至さんが指した方を振り向くと、今まで雲ばかりだった空にぽっかりと穴が開いていた。そこから月が顔を覗かせてる。

 ほんの少しだけいびつな、でもほとんど丸い、大きな月。


「十至さん、月が黄色い。それになんだかいつもより大きいよ」


「まだ低い場所にあるから、余計に大きく見えるんです。そういえば今夜は満月の前日なので、サンタ検索も(はかど)りますよ」

 ふふ、という笑い声とともに十至さんがこたえる。「今はまだ黄色っぽいけど、しばらく見ていたら徐々に白くなりますよ」

「そうなんだ。どれくらいで白くなるんだろう……あ、ねえ今、何かが月の前を横切ったよ? あれなんだろう……流れ星? UFO? ねえ、十至さんも見た?」


 そう言って後ろを振り返ったら、そこには誰もいなかった。


「十至さん?」

 小さな公園の中には人影ひとつない。車のエンジン音も聞こえない。

 ベンチに置いていたコーヒーの空き缶もない。

 公園の周囲をひと回りしても、あの赤と白の軽バンは見当たらなかった。

「……急に呼び出された、とか」

 十至さんは多分、変な驚かせ方をする人じゃないと思うから、その辺に隠れてるとかもなさそう。


「えっと、聞こえてないだろうけど……今日はほんとにありがとうね。十至さん。じゃあ、さよなら。いつか、また会えたら」

 あたしは誰もいない公園に挨拶をしてから駅に向かった。なんだか納得いかない別れ方だけど、しょうがない。


 * * *


 随分長い間公園にいたような気がしたけど、駅の時計を見上げた時にはまだ七時前だった。

 でも今日は土曜日だったっけ、と思い出す。あまり遅いと心配するよね。

「図書館……は、こんな時間までやってないもんな。ファミレスかな」

 少し考えて『ファミレスで勉強してた そろそろ帰るね』とママのスマホに送信した。多分八時前には家に着くだろう。

 晩ごはんが少し遅くなるけど、まぁ明日は日曜だし。



「ただいまぁ」

「おかえりぃ茉莉菜」

 玄関を開けた途端、ニヤニヤしながらママが出迎えた。

「なに? どうしたのママ。なんかいいことあったの?」

 ママがそういう顔をしている時は、懸賞が当たったとか、パパがお土産を買って来るとか、そんな小さな『いいこと』があった時。

 タイミング的には……クリスマスにどこか連れてってもらえるとか?


 でもママは首を振った。

「何言ってんのよ。あんたよ。茉莉菜宛てにプレゼントが届いたんだからあ。もうー、彼氏ができたら紹介して、って言ってるじゃない」

「え? 誰からって?」

 吹っ切ったはずのモヤモヤが、早くも復活し始める。まさかこのタイミングで、先生が何か送って来るわけ?

「やぁだ、この子ったら。ママに読ませたいの? 自分で読みなさいよ、もう」


 ママが浮かれているのとは逆に、あたしの表情はこわばって行く。

 でもママは照れてるのを誤魔化してると思ったらしく、なんだかんだと囃したてた。あたしはそれどころじゃないのに。

 先生からだったらどうしよう。一体何が来たんだろう……もう期待したくないのに。そう考えながら、ママがリビングに置いたという『プレゼント』を取りに向かった。


 そこにあったのは……「これなの?」

「これよ。ねえ、(いき)な演出じゃない?」


 箱だと思ったのに、目に飛び込んで来たのは大きな白い袋。シーツみたいな生地で、これに荷物を入れて担いだらまるで――

「どこかで売ってるのかしら。コスプレ用なの?」

 ママは呑気に袋の端をつまんでる。

 一体どういうつもりなんだろう。どこにも紙が貼ってない。誰から何が届いたのかわかんないのに、中身を見る勇気はないよ。


「ママ、送り状はどこ?」

「送り状ね、袋の口にタグみたいにつけてあったのよ。これなんだけど」

「もう、ママが持ってっちゃってたら、読むもなにもないじゃない」

 ひったくるように掴んで送り状に目を通す。

「うそ……なんで?」

 動悸が速くなる。書いてあったのは千明先生の名前じゃなかった。

 でもママは相変らず能天気だった。


「ねえ、どこの子なの? やっぱりクラスメイト?」

「ママ……これ届けに来た人ってどんな人だった?」

 ママは少しだけ驚いた顔になる。

「え? 若い配達員さんで、ちょっと見たことない顔だったわね。髪の毛を脱色してて――」

 茶髪の配達員なんて、ほんとはどこにでもいるかも知れないけど。


「ねえ、その人ひょっとして、サンタコスしてなかった?」

「そうそう。それでママ『まあ、今はこんなサービスもしてるの?』って訊いたのよ。そしたら、『うちの社長が、こういう演出好きなもんで』なんて照れたように言ってねぇ」

 すーっと背中が冷える。これって奇蹟と思えばいいの? それとも――

「で、どんな子? じゅうし? くんって」


「とおじ、さんだよ」

 こたえた声が震えた。


 信じられない。だって十至さんは茉莉菜って名前しか知らないはず。苗字も最寄り駅も知らないはずなのに。

「え? 今日は冬至だけど」

 ママは不思議そうな顔をしてる。

 確かに冬至だけど、そうじゃなくて。

 説明するのももどかしくて、そのままあたしは自分の部屋に駆け込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品は 『夜語り』企画 に参加しています。
cont_access.php?citi_cont_id=803230817&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ