○03○ 検索
……いけない。折角お兄さんが気を遣ってくれてるのに。
「えっとじゃあ、今はお歳暮とか……あとはやっぱりクリスマスプレゼント? だからお兄さんはサンタさんの格好をしているんでしょう?」
愛想笑いで話を合わせると、お兄さんは驚いたような表情であたしを見た。
「クリスマスプレゼントは僕らからではないです。枕元やツリーの下に置いてあったり、手渡しするものじゃないでしょうか。まぁ、お歳暮もまだありますけど」
お兄さんはそこでふっと優しい笑顔になって、コーヒーをひと口飲んだ。
「この時期は、サンタ役というよりはサンタの代理だったり、いわゆる『自分へのプレゼント』を届ける方が多いですね」
「サンタさんの代理?」それって、サンタさん役とどう違うんだろう。
「ええ、まぁ……お父さんやお母さんや、おじいちゃんおばあちゃんの。彼らが『サンタ』になりますからね」
あ、そういうことね。だから『代理』かぁ。
「じゃあ、イブに間に合うように、少し早めに届けなきゃいけないんですね」
「そういうことです」
お兄さんはにっこりうなずいてまたコーヒーを飲んだ。
「時々、お子さんがひとりで留守番しているお宅があるんですよ。そこへ僕が行くと、『どうしてボクの家を知ってるの?』なんて訊かれることがあるんですよ」
思い出し笑い、というより思い出し苦笑の表情で、お兄さんは話を続ける。
「そういう時に限って、何故かご両親がいない時間帯に配達指定をしていたりして……どんな意図があるのかわかりませんから、僕たちはサンタレベルを試されている気持ちになります」
「サンタさんのレベル? 夢を壊さないように、っていう感じ?」
「そうですね……壊すかどうかというより、どう言ったらサンタの仕事を理解してもらえるかというか」
遠いところを見るような表情になったお兄さん。まさか未だにサンタさんを信じているタイプの人なのかしら。
……いや、さすがにないよね。
「そういう時、お兄さんはなんてこたえるんですか?」
あたしの問い掛けに、お兄さんはにっこりして振り向いた。
「サンタの車には『サンタ検索』がついているから、いい子がいるおうちはすぐわかるんだよ、って言います」
「サンタ検索? それってあの……スマホとかみたいな」
まさかのハイテク。魔法とかじゃないんだ?
「まぁ似たようなものです。もっとも、僕たちが使っているのはもっと優秀ですけどね。なにしろ世界中の、子どもがいる家を網羅しなければなりませんから」
自信満々の表情であたしに説明するお兄さんは、本気で『サンタ検索』を信じているようにも見える。
「特に月の光が多ければ多いほど、サンタ検索の精度が上がるんです」
「月の光? でも今日みたいに曇っていたり、雨や雪の日はどうするの?」
あたしは空を見上げた。相変わらず暗くてどんより。夜中には雨が降る予報。
「問題ありません。サンタの車は雲の上を飛ぶんです」
「雲の上?」
なんか話がとんでもない方向になって来た。この人、大丈夫かしら。
「ソリだって飛ぶんですから、当り前でしょう?」
「あー……」
なるほどね。そういえばサンタさんのソリは空を飛ぶんだ。
そっかあ。これだけ自信に満ちた顔でこたえたら、子どもは信じるよね。
「大人になると、『サンタさんに来てもらうよりも、ブランド品や夜景の見えるレストランの方がいい』なんて変わっちゃうんだよねぇ」
少し自虐的に呟く。
子どもの純粋さに比べると、オトナたちのは随分即物的なイベントだと思う。
もちろんあたしはレストランやブランド品なんていらない。でも先生とデートしたいって思ってたし、残念な大人たちと同じ。
「少し寂しい話ですよね」
お兄さんはそう言ってあたしを見つめた。
「それでその……あなたはサンタがいるかどうか、っていうのは……」
ふいに、言いにくそうな様子になる。あたしが『サンタ検索』を信じる年齢じゃないからだろうか。
「うち、仏教徒なんです」と冗談めかして答えると、お兄さんはふふ、と笑う。
「信じていなかったということですか?」
「というより、うちにはサンタが来なかったから」あたしは肩をすくめて見せる。
「でもパパとママから毎年プレゼントもらってたし。あとおじいちゃんなんて、『何が欲しい?』って先に訊いちゃってたけど」
「なるほど」とお兄さんは何故か感心したようにうなずいた。
「だから『メリークリスマス』の意味もわかんないまま小学校に上がって。うちでは言わないって話をしたら、友だちから『それはヘンだよ』なんて言われて」
これも少し自虐が入っていて、当時は結構悩んだ話。
でもそのうち、どうでもよくなった。
クリスマスの祝い方なんてそれぞれだし、うちはキリスト教じゃないんだから。
「『メリークリスマス』の意味ですか」
お兄さんはふんわりとした笑顔になった。
「知ってますか? 最近欧米では『メリークリスマス』って言わないんですよ。さまざまな宗教の人たちに配慮するためです」
「そうなの? 日本人は仏教徒でも普通にハロウィンもクリスマスもやるのに」
「そうですね。日本は宗教に寛容だから」
うーん。寛容というより、いい加減なだけかも知れないけど。
「でもどうするの? お祝いの言葉がなくなっちゃう」
「『ハッピーホリデー』って言うんです」
お兄さんは少しだけドヤ顔になった。
「あー、聞いたことある。ふぅん。サンタさんも大変だ」
あたしがうなずくと、お兄さんはまたふふ、と笑った。容姿は今風の若者なのに、どこか女性的で柔らかい仕草。
そのためか、隣り合っててもあまり緊張しない。
「お兄さん物知りなんだね。あたしは『何買ってもらおうかな』くらいしか考えないよ。でも今の子ってそんな感じでしょ?」
今度は一瞬、困ったような笑顔になる。がっかりさせたかなぁ。
あたしは少し気まずくなって、ぬるくなった缶コーヒーを一気に飲み干した。
隣から「あぁ……そうだ」と呟きが聞こえた。
「クリスマスもそうですが、今日は冬至なんですよ。かぼちゃと小豆を食べて、柚子湯に入る日」
そう言うと、お兄さんはまた笑顔になった。
「えー、知らない……そういえば、かぼちゃが入ったお汁粉を毎年一回は食べてる気がする。単にかぼちゃの季節だからと思ってた」
冬至の日だったのかなぁ。じゃあママは、今日はお汁粉作ってるかも。
「お汁粉もいいですね。柚子湯はどうです? さすがにないかな、最近の人たちは。庭に柚子の樹でもあると、また違うんだけど」
「入浴剤は入れるけど。なんの香りなのかはあまり気にしてなかったなぁ……お兄さん、ほんとに物知りだね」
「まぁ、きみよりは年を食ってるからね。亀の甲より年の劫って言うでしょう」