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○01○ コスプレ

 こんな所に来たのがそもそもの間違いだった。

 冬はただでさえ暗くなるのが早いというのに、この辺りは住宅街で明るい照明の店などないから余計に暗い。

 自転車が通り過ぎるたび、車の音が聞こえるたびに、ビクビクしながら辺りの様子を(うかが)う。


 ――やだやだ。こういう所に痴漢が出たりするんじゃないかしら。


 十二月も、もう末。世間では今日から三連休。

 こんな時期なのに、もうすぐクリスマスなのに、暗い寒い路地をひとりでうろうろする女子高校生。今のあたしは見るからに不幸の固まりだと思う。

 脳内で「もう帰ろう?」と言うあたしと、「もう少し待っていよう?」と言うあたし。いっそのこと、お巡りさんとかに「きみ、何してるの、帰りなさい」と言われた方が諦めつくんじゃないかしら。



 軽いエンジン音が聞こえた。

 条件反射で振り返ると、すぐそばを軽自動車が走り抜けた。

 宅配便などでよく使われている、小さなバン。赤と白に塗り分けられていて、スライドドアから後ろにかけての車体には『三田急配』と書かれている。

 それから、鹿の頭のシルエット。


 ――鹿?


 猫とか鳥とか犬のマークはよく見掛けるけど、鹿は初めて見た。『()()(きゅう)(はい)』なんて聞いたことないし。個人宅配業者っぽいから奈良の出身なのかも。

 多分、大手の下請けとかで……まぁ、なんにせよあたしには関係ない話。

 そういえばこの軽バン、さっきからこの辺りをうろうろしているような気がする。だって、特徴的なエンジン音には聞き覚えがあるし。

 でももしかしたら、他の業者のバンだったのかな。同じように聞こえるものなのかしら。お歳暮の配達って、いつ頃がピークなんだろう。


 立ち尽くしたまま見ていると、軽バンのブレーキランプが輝いた。

 玄関前に、小さな階段がついている造りの家だった。

 運転席が開く――と同時に目が丸くなった。

「なにあれ、サンタのコスプレ?」

 思わず声に出た。配達員が着ているのは赤い服に白い縁取り。帽子こそかぶってないけど、サンタの衣装以外には見えない。


 すると彼がこちらを見た――気がする。結構離れてると思ってたけど、今の声が聞こえたんだろうか。

 うわ恥ずかしい。やらかした。


 髪型や姿勢から想像すると、配達員はまだ若い人みたい。

 助手席側に回り込み、スライドドアを開けて荷物を取り出す。

 まさか白い袋が――と思っていたけど、普通に地味な色の段ボール箱だった。

 ホッとしたのと同時に少しだけがっかり。

 しかしあの箱、やたら大きい。大人が余裕で隠れられそうなサイズ。階段を上るのも大変そう。

 一体何が入ってるのかしら。


 インタフォンを鳴らして間もなく、家の人が出て応対してる。

「メリークリスマス!」と言うわけでもなくて、普通に宅配便らしい。

 時期が時期だから、サンタコスなのかなぁ。従業員は大変ね。

 若い配達員は閉じかけたドアにぺこりと頭を下げると、また軽バンに戻った。

 なんとなく一部始終を見てしまったあたしは、車が発進するまで見送ってから、また歩き始めた。



 二つ角を通り過ぎた所で小さな公園を見付けた。

 機関車の形をした滑り台、ブランコ、シーソーと、小さな砂場。自販機と公衆トイレもある。

 それからベンチが三つ。

 ひとつは自販機と滑り台の近くで割と明るい。もうひとつは水飲み場と公園内のライトのそば。


 あたしはそれらではなく、滑り台とブランコに挟まれるように設置されていたベンチを目指した。


 公園の周囲に街灯があるから暗闇ではない。でも、他のよりはひっそりとしている、多分夜間はあまり人気がなさそうなベンチ。

 通り過ぎた砂場はブルーシートで覆われている。

 猫がトイレにするのを防ぐためらしい。小さい頃はそんなこと気にしてなかったし、砂のせいで誰かが病気になった、なんて話も聞かなかった気がするのに。


 なんとなく、「()()(がら)いなぁ」という言葉を思い浮かべる。


 それは数学担当の()(あき)先生の口癖だった。

 聞くたびに、『せちがらい』ってどういう意味なんだろうって思ってた。

「世知辛いなぁ」と言う時の千明先生は、同時に右の後頭部を軽く掻く。なんだか妙に印象に残った。


 多分それがきっかけで、あたしは先生が好きになった。

 告白したのは去年の二学期の終わり頃。期末テストが終わった直後だった。

 本当はそのままデートの約束を取り付けて、クリスマスイルミネーションを一緒に見て回りたかった。でも、告白するだけでもすごく勇気が要ったのに、デートしてくださいなんて言えなかった。


 高校に入った当時はすぐ彼氏ができたりするものだと思ってた。だけど実際は、好きになりそうな男子にも出会えなかった。

 まだ自由でいられるうちに、恋のひとつでもしてみたかった……なんて軽い気持ちだったのかも知れない。

 でも先生のことを好きになって、あたしの心は軽いどころかどんどん重くなっていった。



 あと数ヶ月もすれば、あたしは本格的な受験生。

「世知辛いなぁ……」

 ため息とともに吐き出してみる。誰もいない公園。女子高校生が吐く台詞としては随分アレだけど。


 誰もいない公園だから、こんな重たい言葉も吐き出せる――と、突然、電子音が鳴った。続いて「ごとん」と重たい物の落ちる音が公園に響く。

 あたしは飛び上がりそうになった。自販機は座っているあたしの前方にあって、人が通れば影が差すから気付くと思っていたのに。

 バクバク鳴る胸を押さえて自販機に視線を向ければ、赤と白のサンタコスがまたボタンを押しているところだった。


「ピッ」

「ごとん」


 赤い四角い自販機に、茶髪の若いサンタ。

 軽バンは見当たらないけど、どこかに停めてあるのかな。あの特徴的なエンジン音にも気付かないほど、物思いに沈んでいたのかしら。

 ……さっきの独り言を聞かれたかも。そう思うとちょっと恥ずかしい。

 早く公園から出て行って欲しいと思いながら彼の足元を見ていた。すると、その足はこちらを向いて近付いて来た。


「ちょっ……」

 思わず顔を上げる。公園を突っ切るのも大人ならたったの十数歩分。

 荷物を抱えて逃げ出すか――と思う隙もなくサンタが目の前に立っていた。


「あの……」


 二人がまったく同時に声を出し、お互いにためらう。

 いや、あたしには何も用事なんてない、と思い直し口を引き結んでいると、()()()がためらいがちにまた口を開いた。

「あの……さっき何度かすれ違ってますよね? それで……僕、休憩時間なんですけど、もし迷惑でなければ一緒にコーヒー飲みませんか?」


「……はぁ?」

 まさかのナンパ?


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