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 彼女を最初に見たときはカラス避けのかかしか何かだと思った。なぜなら彼女が全く動かなかったから。そして、後姿があまりにもヒマワリ畑に溶け込んでいたから。まるでそこにいるのが当たり前……という感じに。僕はヒマワリ畑が彼女を受け入れているように感じた。その姿は……ただただ幻想的だった。ただ立っているだけなのに、彼女以外そこにすっぽり当てはまる人間はいないと宣言できるほどだった。僕は彼女の姿から目を逸らすことが出来ない。目が離せない、話しかけたくない。話しかけた瞬間、彼女が僕の前から消えそうだと思ったから。

 僕がじっと見ていると、見つめられている視線に気づいたのか、幻想的な雰囲気を漂わせていた彼女がゆっくりとこちらを振り向いた。その瞬間時間がゆっくりに過ぎていったような気がした。

「……誰?」

 彼女はそこに立っていた僕を見つけると、警戒心を顕わにしてそう問いかけてきた。

 彼女が振り向いたときに長くて綺麗な黒髪がふわっと風に舞った。その髪がまるで生きているようで、とても美しく見えた。彼女は、その白い肌と細い体に全く似合わない麦わら帽子をひもで首にかけていた。かぶっていないが、暑くないのだろうか。

 しかし、似合っていない。始めて見た僕が似合っていないと分かるのだから、彼女も自分では似合っていないと分かっているのだろう。それなのになぜ身に着けているのだろう。僕はふと疑問に思った。

 それにこのままでいると肌が焼けてしまうと思うのだけれど、いいのだろうか。

 それにしても、正面から見る彼女はこのヒマワリ畑の中にいて、さらに際立っているように見える。ヒマワリが彼女を引き立たせているようだった。僕は彼女に見とれていた。当初ヒマワリはとても綺麗だと思ったけれど、彼女の前ではその美しさは薄れてしまっていると思った。それほどまでに彼女は綺麗だったのだ……。こんな田舎に(失礼だけれど)こんな美人がいたとは驚きだ。

 僕は彼女に見とれていて返事を忘れていた。そのため彼女はさらに警戒心を浮かべてそろそろとこちらを眺めている。

「あ……えと」

 僕は彼女の警戒心を解こうとぎこちない笑みを浮かべて口を開いた。しかし、何を言えばいいのか分からなかった。

「――っ!」

「??」

 僕が声を発した瞬間彼女が僕の右方に近寄ってきた。僕が驚いて何も言えずにいると、彼女は悲しそうな表情をして僕のことを見渡していた。その様子は、僕の視線に全く気付いていないようだった。彼女が近づいてきて分かったけれど、彼女はとても小さかった。抱きしめたら壊れそうなくらいに……。

 彼女の指が僕の肩に触れた。そして、ゆっくりと繊細なものでも触るかのように僕の肩を撫でた。彼女は僕を見上げて、無意識に「このくらいか……」とつぶやいている。この彼女は一体何を見ているのだろう。

 そこで彼女は僕を見上げた。

「あ」

 目があった。彼女は僕と目が合うと、今まで無意識にしていたことを思い出したのか、急に慌てだした。

「そ、その……どうかしたんですか?」

 僕は彼女が何をしたいのか分からなかったので、そう聞くしかなかった。彼女は口をきゅっと結ぶと、全く似合っていなかった麦わら帽子をかぶった。かぶってもやはり似合わない。

「――ご、ごめんなさい。あたし無意識に。本当にごめんなさい、忘れてください!」

 彼女は勢いよくそうまくし立てると、走ってヒマワリ畑を出てどこかへ行ってしまった。僕は突っ立ったまま彼女を見送った。僕はますます訳が分からなくなった。彼女は終始悲しそうな表情を崩すことは無かった。綺麗なだけにその表情だけが彼女に似つかわしくない。僕は彼女の表情が気になって仕方がなかった。彼女にはきっと笑顔が似合うだろう。だが、なぜそんな悲しい表情を浮かべているのか――。もっと彼女のことが知りたい、そう思った

 僕は結局ヒマワリ畑で彼女について悩んでいてお昼に遅れてしまった。慌てて家に帰ると叔母さんが苦笑して、「ヒマワリ畑がそんなに気になったの?」と聞いてきた。僕は口ごもりながら「は、はい」と頷いた。本当に気になったのはヒマワリじゃなくて、彼女だったが。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 叔母さんがだしてくれた遅めの昼食をありがたくいただき、僕は食べながら彼女について考えていた。

「どうしたの、なんだか悩んだような顔をしているけど?」

 叔母さんは僕の表情に気づき、そう話しかけてきた。

 そこでふと僕は思いついた。そうだ、叔母さんなら彼女のことを知っているのかもしれない。彼女はここら辺ではきっと一番の美人だ。そんな美人な子がそうそう何人もいるとは思えない。もし何人もいたのなら僕は今すぐにこの田舎に引っ越しを考えるだろう。いや、もう即決かもしれない。

「えっと……この近くに長い黒髪の美人で僕と同い年くらいの子っていますか?」

 言葉を選びながら僕は慎重に叔母さんに聞いた。叔母さんは少し考えると、「そうね。たぶんあの子でしょうね」と言った。僕が「その子と会ったんですけど、気になることがあって……」と食いつくと、叔母さんは「あの子はね……」と話し始めた。

 そうして僕は彼女の過去を知った。それは悲しみに満ちた残酷なものだった。

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