マリーという少女
アルが婚約者を連れてくる・・・しかも私に紹介するということで私は混乱の極みの中にいた。
正直、アルの様子を見ている限り安心だと思っていたのに。
「ところで、その人の名前は何というの?」
「うん? ああ、マリーっていうんだ。シャングリア聖国の伯爵家の娘だったかな。やっぱり気になるかい?」
「う、うん。」
名前が分かれば誰だか分かるはず(攻略対象キャラならば、だけど)、ということで尋ねてみたけど、そっかぁ・・・よりにもよってマリーかぁ・・・。
というのもマリーは私が『アインフォード王国記3』をプレイするときに選んだ主人公だったからね・・・。
マリーには特に感情移入しちゃってるというか、幸せになってほしいというか・・・。
いや! それでも私の邪魔をするとなれば容赦はしない! ここは変な気を起こさないようにアルも釘を刺しておかねば!
「どうしたの、レイ。そんなに睨んで・・・。あ、ひょっとして嫉妬?」
「ち、違うし!」
「やっぱりレイは可愛いよね。ほら、安心して。僕が愛してるのはレイだけだからさ。」
そんな言葉とともに私の体はぎゅっとアルに抱きしめられた。私の身長はかなり低いから、抱き寄せられるとちょうどアルの胸の位置に頭が来る。そうなると、アルの匂いで頭がいっぱいになって、何も考えられなくなってしまう。
気づけば私もアルを抱きしめて、その胸に頭をこすりつけていた。こうなるとアルは私の頭をなで始める。子供扱いされてるみたいなのが嫌で、ぷぅっと頬を膨らませると指で突っつかれた。
ふと見上げるとアルの顔がすごく近くにあって、また一段とかっこよくなったなぁ・・・なんて見とれててた。アルの方も私の視線に気づいたのか目を合わせると、にこっとはにかんだ。
そのままじっと見つめあうことしばし。
どちらからともなく唇を重ね合わせていた。
「アルのことが好き。大好き。」
「僕もだよ、レイ。」
「アルがね、私以外の人と、その、えっちいことしなきゃいけないってのは分かってるの。私がその相手になれないってことも、私の中で折り合いがついてる。」
この三年間、幸いなことに時間はたっぷりあった。自分の心を押し殺して、納得させるだけの時間があった。
世の中には諦めなきゃいけないものがあるっていうのも、分かってる。
国のため、ひいてはアルのために私が身を引かなきゃいけないのはどうしようもない事実だから。
もし、こんな国なんて関係ないところに逃げられたら、むしろいっそのことアルを連れ去って監禁して独占して調教して私以外のことなんて何も見えない状態にしてむしろ私がいないと何もできないようなそんなただれた状態にしてしまえたらとかも思ったけど、この国にアルは必要だ。
すべてを放り出してしまっても、その事実は私たちの心の中に残ってしまう。たぶん、そしたらアルは・・・悲しむだろうから。
「ねえ、いまなんか背中がゾワッとしたんだけど、変なこと考えてない?」
「カ、カンガエテナイヨー。」
「はあ・・・。ま、それも含めてレイのことが好きなんだけどね。」
「とにかく! 仕方ないとは割り切ってるけど、本気になったら怒るからね! 具体的にはキスしちゃダメ!」
「はいはい、分かりましたよ。僕の最愛のお姫様。」
さ、最愛だなんてそんなそんな・・・。あ、ヤバい、顔が真っ赤になってる。アルのこと直視できない。
ちらっとアルのことを見上げてみる。アルの真っ赤の顔と目があった。
「アル・・・。」
「レイ・・・。」
再び、アルと私の顔が近づいていき・・・
「たるたるー。」
クリスの鳴き声で私たちは我に返った。チッ、クリスめ・・・せっかくの雰囲気をぶち壊しやがって・・・。おっと。
・・・ん? なになに? 時間がどうしたの?
「あ、ホントだ。ごめん、レイ。今日はもう行かなきゃ。これから少し大事な用事があるんだ。というか、やっぱりレイといると時間が経つのが早いね。あっという間に過ぎちゃった。」
やっぱり王子・・・今の王様が病気で、王としての仕事もこなしているアルは忙しい・・・。もっと一緒にいたかったのに・・・。
「大丈夫だって。これからは毎日会いに来れるから。」
「ホント?」
「ホントだって。もう卒業まで魔法学校に行く必要もないしね。さすがに卒業式の日はあっちに行かなきゃいけないけど、当分はお城にいるよ。」
それは嬉しい。なんだかんだまとまって会える機会というのは少なかったし、今回だって会うのは数か月ぶりなんだけど、そっか、これからは毎日会えるんだ・・・。
「じゃあ僕は行くよ。また明日ね。」
「あっ・・・!」
そう、毎日会えるからと納得したはずなのに、私の手は自然とアルの服をつかんでいた。
だってまだ全然話足りてないしもっとぎゅっとしてほしいし・・・。ち、違う! 私は悪くない! ちょっと久しぶりだったから情動が抑えきれなかっただけ!
「あ、えっと、その・・・。」
「分かったよ。あと五分だけだからね?」
「うん!」
なんだかんだで私に甘いアルも大好き!
・・・クリスの冷たい目を浴びて、あとで心底後悔することになったけど。
◆ ◆ ◆
その日はアルがマリーを連れてくるという日だった。
まだ約束の時間まで少し間があるので、ゲームの中でのマリーについて考えてみようと思う。
ゲームの中でのマリーはいつも元気で笑顔で天真爛漫で、周りに笑顔をもたらすような人物だった。あと、光系統の魔法に適性があってこの世界では貴重な回復魔法を使えたりする。
ただまあ、プレイヤーからはちょっと没個性のスペック微妙な子扱いされることが多かった。
というのも、他の女キャラに比べて属性が少ないというか、他のキャラが属性盛りすぎというか・・・。
例えば、同じく元気系にしても火魔法の高い才能を持つ運動部系で姉御肌なキャラとか。
例えば、普段は物静かな図書委員長みたいな深窓令嬢キャラなのに、魔法の話になると途端に饒舌になっちゃうキャラとか。
例えば、正統派ツンデレロールな見た目は悪役令嬢っぽいお嬢様とか。
例えば、ふと目を離せば消えてしまうような技能を持った、クノイチ系のキャラとか。
伯爵家という家柄にしたって、さっきの火魔法の使い手のキャラは隣国のガリオン帝国の公爵家の令嬢だったりするし、図書委員長キャラはうちの国の宰相さん(今はもう引退してしまったのでなかなか会えなくなってしまった)お孫さんだったりするし。
こう、なんとも微妙な立場の子なのだ。
しかしさすがは攻略対象というべきか、しっかりと隠された裏設定というものがある。
マリーでのみ専用ルートの中で覚醒イベントというものを起こすことができる。
というのも、実はマリーは『聖女』の才能を持っているのだ。そして、それに覚醒すると、基礎スペックでは他のキャラの追随を許さないほどに圧倒的になる。
けれど、そこまでもっていくのが大変すぎるせいで不人気キャラではあるのだけれども。
私は特に前情報とかない状態で始めたから、気にしなったけどね。
それでもライバルキャラからの妨害に苦労したり、なかなか勝てない戦闘だったりとかなり大変だった覚えがある。
むしろこの不憫さが私の心をつかんで、マリー以外のキャラでプレイすることはなかったからなぁ・・・。(アルベルトルートが鬼畜過ぎて、クリアすると同時に燃え尽きてしまったというのもあるけど)
正直、『アインフォード王国記3』のなかではアルの次に好きなキャラだったりする。だから幸せになってほしいんだけど・・・。
まさかアルを取り合うライバルになるとは。
唯一の救いは、マリーが好きな人を取られたからって私を刺しに来るようなキャラじゃないってことだろうか。
他のキャラだと普通に逆恨みしてきそうだし・・・。
コンコン、と扉がノックされ、「レイ、入るぞ。」というアルの声が聞こえる。
どうやらマリーを連れてきたみたいだ。
そこにはいつも通りの笑顔のアルと、
明らかに愛想笑いだと分かる笑顔を顔に張り付けた、ゲームの中のマリーとはかけ離れた少女が立っていた。
「たるーたるたるー(一番誰かを刺しそうなのはレイだよなーの意)」
読んでくださって、ありがとうございます!