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 ツバサが異世界に召喚された町一番の田舎屋敷へと入館できたその翌日。


「ほう、では……この国の法律を根本的から変えたいと?」


 書斎とも云える、四畳半くらいしかない一室に通されたツバサは、目の前にはしっかりとした紳士服に身を包み、立派なあごひげを添えた四十の中年男性と対峙していた。

 着用している貴族風の服装からして、この屋敷の主である。

 ツバサのうしろには、雑役女中のメリサンドと、もう一人、メリサンドと似通ったメイド服を着た、十八歳くらいの、胡桃色の髪をした少女が、メリサンドとともに姿勢よく立っていた。


「いや、根本的にっていうのはかなり語弊がありますけど。ちょっと偽硬貨を持っているだけで死刑というのは、他国の俺が言うのもアレですけど、すこしばかり厳しいんじゃないでしょうか?」


 ツバサの質問に、主人はうむと、先ほどと同様、あごひげをさすりながら唸った。


「しかし、こちらはそれ相応の対価を魔女に支払っているからな」


「それでは偽の硬貨が出回っていることに対して、持っているだけで死刑と言うのはやはり行き過ぎているのではないでしょうか?」


 ツバサからしてみれば、偽札を作っただけで死刑というのは、いささか厳しいという考えであった。


「……たしかに他国(よそ)の者からしてみれば行き過ぎた法かもしれぬが、今使われている硬貨は最低でも銅貨でな……正直に言うと誰にでも作れるものなんじゃよ」


 頭を抱えながら主人は視線をツバサのうしろにいる、メリサンドのとなりのメイドに向けた。

 そのメイドは、スッと頭をちいさく下げ、部屋を後にする。



「なぁ、メリサンド……」


「なんね?」


 ――うむ、昨夜は興奮してだと思っていたが、どうやら普段から博多弁っぽいな。


「ちょっと気になることがあるんだけど、金貨とか銀貨とかってないの?」


「一応はあるっちゃけどね……そのふたつは余程のことがない限り発行はされんとよ」


 なるほど、ある程度は自分がいた世界と同じなんだなと、ツバサは思った。


「ご主人さま、お待たせしました」


 先ほど部屋を出ていたメイドが戻ってくる。その手にはちいさな箱に柔らかい絹製の布が敷かれており、その上に金貨と銀貨、そして十円玉に似た赤銅の硬貨が、計三枚、並べて置かれている。


「銅貨五枚に対して銀貨一枚。銀貨二十枚に対して金貨一枚としている。銅貨の下にアルミニウムで作った硬貨があってな、それが銅貨一枚に対して百枚と考えてもらって構わない」


 そのお金を、わかりやすく日本円で換算すると、この世界の物資にもよるが、おおむね金貨一枚につき最低でも一万円ではないだろうかとツバサは考える。

 それから逆算して、銀貨は一万円の二十分の一の五百円。その五分の一になる百円が銅貨の基本的な貨幣価値と推測した。



 ――メリサンドが言っていたとおり、普段の住民の生活上、銀貨以上の硬貨を使うようなことはおそらくないんだな。

 はて、アスラから聞いた話とすこし違うような……とツバサは首をかしげた。


「とはいえ、魔女の蝦蟇口があるからな、面倒な計算はしなくてもいいが」


「ではこうしてみてはどうでしょうか? 鉄の硬貨一百枚に対して、それと同額の価値を持った紙幣を発行するというのは」


「紙幣を……?」


「そうです。オレの国では一円……あっとこの世界ではラピスって単位だっけか。そうすればいくら魔女の蝦蟇口があったとしても、いつでも使えるってわけじゃないでしょ? もしかしたら焼失する可能性だってあるわけだし」


「う、うむ……しかし」


「そもそも銀貨と金貨は生産するための鉱物が発掘されなければ、大量に発行できないのでしょう? この国の物価指数がどれくらいなのかはわかりませんけど、金貨を大量に使うようなことはしないと思います」


 RPGで勇者や冒険者が最初に王様からもらえるゴールド(金貨)五十枚は、単純計算で五十万円か、それ以上の価値がある。

 もしかすると表記されていないだけで、それより下の貨幣があったのではないだろうかと、ツバサは頭のなかで苦笑した。


「さらに言えば、紙幣にすることで、紙に印刷するだけですから、硬貨よりも生産コストを大幅に削減できますし、さらに魔女の印を使って偽札防止にするんです。これもちょっとした仕掛けを使ってね」


 ツバサは財布を取り出し、中から一円玉を取り出し、主人に見せた。


「たとえばこの一円玉は複雑な模様を施しています。今は持っていませんが高額なものになると複製防止のために顕微鏡で見ないとわからない、複雑な模様をしていたり、ちょっとした仕掛けが施されているんです」


「なるほど、しかし我が国の技術ではそのようなことは……」


「それでひとつ提案があります。偽造硬貨を発見するために使っているあの水の色が変わる魔法を、紙幣にも使うんです。しかも水に濡らすのではなく……炙るという方法でね」


「水に濡らすのではなく、炙るのですか?」


 話を聞いていた胡桃色の髪をしたメイドは、怪訝な視線をツバサに向け、二人の会話に割り込んだ。


「まぁちょっとした子どもの遊びですよ。たとえば柑橘系の汁で絵を描いた紙を火で軽く炙ると、筆を走らせた場所の絵が浮かび上がるみたいな方法でね……もちろんすぐにというわけにもいきません。新しい貨幣に対して国民がそれに移行するまでかなり時間がかかるでしょうから」


「とりあえず検討をしてみるが……」


「それともうひとつ……といいますか、オレにしてみればこっちのほうが本題なんですけど――ここで働かせていただけませんでしょうか?」


 ツバサは床に座り、土下座する。



「す、すこし待ちたまえ。いきなりなにを」


「ご存知かどうかはわかりませんが、オレは風の吹くまま旅をしている流浪人。実を言いますと路銀も床をついてしまったところでして」


「しかし、人手は足りておるでな」


「ご主人さま…………」


 ツバサの懇願にタジタジとなっていた主人に、メリサンドが耳打ちをした。


「――それはまことか?」


 ギョッとした目付きで、女中とツバサを交互に見る主人は、それでもここに住ませるわけにはと思考を巡らせる。


「彼を手元に置いておいたほうが後々いいでしょう」


 主人はすこしうなり、「よし……それでは給仕(ページ)に空きがあったはずだな」


 というや、呼び鈴を鳴らした。



「はて? ページ?」


 また聞き覚えのない単語だ……と、ツバサは首をかしげる。

 ……と同時に、ツバサのうしろの扉が開き、初老の男性が部屋へと入ってきた。

 黒紅色のラウンジスーツとズボン。白のウイングカラーで身を包んだその男性は、まさに由緒ある執事といっても過言ではない身なりと佇まいである。

 執事はツバサにひとつ会釈すると、そのまま主人の前へと歩み寄る。


「彼を給仕としてこの家に住まわせようかと思っておるのだが」


「話は奥さまから聞いております。わたしとしては主人の命ずるままですので異論はありませんが」


 執事は、主人に了解しましたとちいさく頭を下げる。


「それではツバサどの、わたしの後をついてきてください」


 執事はスッとツバサを一瞥するや、部屋を後にしていく。


「あっと……」


 ツバサは部屋を出て行く執事と、領主を怪訝な表情で見渡した。


「なにをしておる。お前の提案に対する検討は追って報せる」


「いやそれはまぁわかりますけど、いいんですか? 二つ返事なんかで」


「人手が足りないというのは本当じゃからな。雑用は多いほうがいい。仕事の内容はあの者から聞くと良い。私の懐剣では家令(ハウススチュワード)の次に信頼できる男だ」


 ツバサは、言葉では口にされなかったが、ようするに早く執事の後を追えと言われた気がし、急ぎ執事の後を追った。



 ♯



 ツバサは見習い給仕の持ち場となる、屋敷の地下にある台所(キッチン)へと案内されているそのあいだ、彼の前を歩いている執事……ドゥマクから 色々と聞いていた。

 まずはこの田舎屋敷の主人であるカスバル・シュトールのことについてだ。

 シュトールはツバサが異世界に飛ばされた町……クリュエルの領主であり、両隣の町との交流、この国の王ともある程度の知り合いだということがわかった。

 その妻で、女主人であるパウラ・シュトールは、綺羅星のようにまばゆい貴婦人であると言われ、カスバルが射止めるまでは、国王が主催するお茶会が催されるたびに、国王自らパウラを呼び出し、求愛をしていたという逸話がある。

 あまりに美しいため、肖像画に収められることを許されていないパウラは、食事や夜会以外で、彼女に逢うことが許されているのは家族以外で、主人の代理人とされている家令と執事以外では、パウラに仕えている小間使いの二人のみで、女中たちの中でも送り迎えを許されているのはきわめて限られている。

 そのさい、パウラは[カシュネ]というビロードの仮面で顔を隠し、移動手段となるオオトカゲが引く竜車の窓のカーテンを閉められ、民衆に素顔を見せないようにしているのだ。

 つまり、パウラ・シュトールの素顔を見ることができるのは、住み込みで働いている使用人たちの中でも、極々限られた人間だけなのである。

 なるほどメリサンドが小間使いを憧れているのはこういう理由もあるのかと、ツバサは思った。


「あっと、そういえばオレが屋敷で目を覚ました時に妙な仮面を被っている女の子がいたんですけど」


 ツバサがそうたずねるや、「うむ、おそらくメイリスさまだろう」


 とドゥマクは応えた。


「メイリス……?」


 ツバサがそうつぶやくや、ドゥマクは鋭い眼光を彼に向けた。ここではツバサは下っ端の下っ端なのだ。

 主人を呼び捨てにすることは首をはねられても文句は言えない。

 もちろんそのような野暮なことはせず、ドゥマクは「以後気をつけるように」と注意するだけにとどめた。


「っと、そのメイリスさまはどのようなお嬢さまなんですか?」


「好奇心旺盛な可愛らしいかただ」


 ツバサは、あの晩、自分を診ていたのは、興味があってのことなのだろうかと首をかしげた。


「それともう一人、その姉様であるユリアーナさまがおられる」


 ドゥマクがその名を言葉にした時だった。



「お嬢さま、危ないことをしないでくださいませ」


 ツバサとドゥマクが通りすぎようとしていた部屋から家女中(ハウスメイド)の慌ただしい声が聞こえてきた。


「なんかあったんですかね?」


「おい、アルペルティーナ、そこでなにをしている」


 ドゥマクが落ち着いた口調で、部屋のドアを開ける。そこは天井までそびえた本棚が並べられた書庫であった。

 ツバサは思わず、図書館よりもあるんじゃないだろうかと思った。ソレと同時に、


「あのドゥマクさん、この部屋って床は抜けないんですか?」


 思わずそうたずねてしまった。

 ツバサがいるのは屋敷の二階だ。

 棚一台に貯蔵されている本の数はざっと見積もっても二千冊以上を裕を超えている。

 一冊二百グラムとしても合計で四百キログラムを有しており、十台の本棚……合計して約四トンの本が保存されている。本の重みに床が耐え切れず抜け落ちてしまってもおかしくない重さだ。


「それにはご心配ありません。この本棚には魔法が施されておりまして、棚に収められた本は本来の百分の一の重さになるのです。この書庫だけでも二十万もの書物が収められています」


 ツバサは一瞬タジタジになった。

 それだけこの世界では魔法が繁栄されている証拠でもあるのだ。



「お嬢さまっ! ハシゴから降りてくださいませ。そのような高いところに直されているとは思えませんっ!」


 橙から少し朱色をスポイトで抜き取ったような、珊瑚朱色(さんごしゅいろ)のショートボブの髪をした家女中が、はしごの一番上に登っている少女に声をかける。

 ツバサはハシゴの一番上に視線を向けた。

 そこには白桃色のドレスを着た十四歳くらいの少女が、ハシゴの上に腰をおろしている。


「――アスラ?」


 少女の容姿が、この異世界にやってきて最初のバッドエンドの原因となったネコ耳の魔女と瓜二つだった。

 ただひとつ違うところがあるとすればネコ耳が生えていないくらいだ。


「ほら、アルっ! あの子こんなところに隠していたわ」


 探していた本が見つかったのか、ハシゴの上に座っていた少女は目的の本を手に、大きく腕を振った。

 途端、ガタンとハシゴが揺れた。


「ッ……!」


 その揺れは大きく、バランスを崩したドレス姿の少女は、ハシゴから放り投げられた。


「くそっ!」


 ツバサがどうしようかと悩むよりも先に、彼の身体は無意識に少女の落ちる場所へとむかっていた。


「ぐぅえぇっ?」


 見事、ツバサの背中に少女のヒップドロップが炸裂した。

 その衝撃をたとえるならば、プロレスのコーナーポストから、レスラーが机へとダイブし、真っ二つに割るほどだ。

 当然衝撃に耐えることも、ましてや受け身を取ることもできなかったツバサの意識は、一瞬で切れた。


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