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 ツバサの舌先三寸を、話を聞いている何人かが共感していた。


「あそこにあるのがこの町の領主の屋敷だ」


 町の外れに大きな屋敷が見える。三階建てで土地面積は二百平方メートル程度。


「大きいかどうかわからんな」


 屋敷といったところで、実際に周りを歩かない限り、その規模は実感できない。


「まぁそうなるわな。オレたちもあの屋敷だけって思うとそうそう大きくは思えないさ」


「んっ? あの屋敷だけ?」


 ツバサは、一人の町人(犬耳の大柄な男)に視線を向ける。


「あぁ、土地の領域で言えばこの町全体さ」


「広すぎじゃね?」


 屋敷の本館と別館、それを補うほどの土地くらいだという認識しかなかったツバサは、あんぐりと口を大きく開く。


「それじゃあれか? たとえば手前の趣味丸出しの獣耳娘が給仕をやる喫茶店とか趣味で作るみたいな奴もいるってことか?」


「いやそういう店ならもうすでにあるが」


「あんのかよ?」


 自分の世界にそんなのがあったらそれはそれで面白い気がするが……とツバサは思ったが、


「いや、よくよく考えたら亞人もいるのが当たり前の世界だ。うん。そういうのが既存しているのは納得」


 と自分に言い聞かせるようにうなずいた。



「それでなにを言いに行くんだ?」


 魚屋の店主が怪訝な目でツバサを見据える。


「まずはこのわけのわからない法律に対する訂正」


 ツバサの言い分に、話を聞いていた皆は首をかしげる。


「まずは……ってのはどういうことだい?」


 膨よかな(かといってグラマラスじゃない)、四十代ほどの女性が首をかしげる。


「俺の考えを整理すると、ひとつは硬貨による法律だ。いくらなんでも偽物を持っただけで死刑はいけ好かない。もうひとつは俺の寝床の確保」


 ツバサにとって、後者こそが真の目的とも言えることであった。

 異世界に召喚された。それまではもう納得しているのでいい。

 しかし、ほとんどの場合、召喚された家や主の館に住み込むというのがテンプレである。

 だが、今現在のツバサにそのようなコネはない。

 ならばいっその事、自分から赴き、住み込みでもなんでもいいから、寝床と最低限の腹の足しになることをどうにかせねばと考えていたのである。


「正直な話、俺は旅から旅への流浪人(るろうにん)でね。風の吹くまま気の向くまま、当てもなくフラフラとしている放浪者(ボヘミアン)よ」


 ツバサは言葉を一度止め、「旅の路銀も幾分か持ち合わせていたんだがな、旅の途中川に落ちてお金は綺麗に流れ去ってしまい、よもやここまでかと思い近くの……この町にたどり着く直前、例の偽物を拾ってしまったのだ」


 ツバサのホラ吹きに、


「おうそれは大変じゃったなぁ。若いもんが苦労して」


「ほら、このリンゴを食いねぇ」


「あの領主のところに行くなら、それ相応にドレスコードが必要だ。オレたちの意見を言いに行ってくれるってんなら、俺のところで燕尾服を仕立ててやるよ」


 そう名乗りでた竜頭の男が自分の胸を叩き、ツバサに声をかけた。

 なんとも優しく接してきた町人たちの対応に、ツバサは思わず、

 ――やばいこの人たちいい人すぎる。

 と、罪悪感を持ち始めていた。



 それから一時間ほど経ってのことであった。

 町の少し外れにある仕立屋の店内に、燕尾服に身を通したツバサの姿があった。


「お、結構似合ってるじゃないか」


 仕立屋の主人リザードマンが手を大きく叩き、営業スマイルを見せる。


「そうですか? うぅむ、あんまりこういうの着ないからなぁ」


 普段着ることのない燕尾服に袖を通したツバサの心象は、着ているというよりも着せられているという違和感で満ちていた。


「まぁ慣れだ慣れ。社交界デビューするやつもそんな感じだったよ」


 仕立屋の主人はゆっくりと椅子から腰を上げ、店の奥へと入っていく。


「あのご主人……?」


「なんだ? おりゃ急ぎで作ったから今ものすごく眠いんだが?」


 目を細めアクビをする仕立屋の主人。本当に眠そうだなと感じ、「この服の仕立て料ですけど――」


 とたずねた。


「あぁ別に出世払いでいいよ……おりゃもう寝るから、出て行く時はドアの掛け看板をひっくり返しておいてくれ」


 仕立屋の主人はおおきなアクビを浮かべ、店の奥へと入っていった。

 ――不用心すぎじゃね?

 ツバサはそう思いながら、店の周りを見渡していると、


「ほうほう、まったく言いご身分じゃな」


 と聞き覚えのある声が聞こえた。



「あ、あんたは……」


 窓から店の中を覗きこむ猫耳の少女に、ツバサは唖然と怒りに満ちた表情で指さした。


「うむ。まさか町の人間を騙くらかすとは、見た目以上の悪人じゃな」


 カラカラと、人をからかう猫耳の少女に、ツバサは思わず、「三白眼は生まれつきだ」


 と言い返した。


「あと騙したのは認めるが、思っていることは偽ってないぞ」


「つまりあの硬貨の魔法に関しては異議を唱えるつもりであると?」


「当たり前だっ! 贋作を持っているだけで死刑ってのは割が合わんし、なにより悪法だろ?」


 それを言いに行くだけだ。これで目をつけられて暗殺されるとなれば、


「もしこれでオレが死んでなにもなくなっているか、たとえ[死に戻り]して時間を逆行したとして――」


 そこまで言って言葉を止める。


「……っ?」


 ジッとツバサは猫耳の少女――アスラ・ユーフォニアムを見据えた。



「なんじゃ? 言いたいことあるなら話すが良い」


 アスラは自分を凝視しているツバサに対し、怪訝な顔で肩をすかす。


「あっと……いや、俺いま普通に[死に戻り]って単語を言ったんだけど? それに関してのペナルティみたいなものってないの?」


「ワシに聞くな。ふむ、ペナルティがないわけではないが、ワシはある加護を受けておってな、時間遡行の影響をうけんのじゃよ」


 なるほど、それでこのルートでは姿をまだ見ていないはずのアスラの反応が、すでに自分のことを知っていることにつながるのだなと、ツバサは納得する。


「って、それって時間遡行ものへの冒涜じゃね?」


 こういうのは一人で何度も失敗を繰り返し、苦悩の末に解決していくものな気がするのだが。

 ツバサはそう思ったところで、アスラの言葉に少しの違和感があった。


「いやそうでもないのか。俺の死に戻りに対して、アスラは対象外になっていると思っていいわけだ」


「今はまだ、そう頭の片隅にでも置いておけばいい」


 なんとも含みのある言葉だなとツバサは頭を抱える。


「それで今回はどうするつもりじゃ? 一応はルートとしては今のところ間違ってはおらんようじゃが?」


 アスラは首をかしげ、ジッとツバサを見つめる。たしかに彼女の言うとおり、ツバサが殺されるというフラグは今のところ立ってはいなかった。


「うん、それよりまず聞きたいことがある。アスラはどうやって時間遡行しているんだ? 時間が遡っていることはどう考えても記憶がないはずだよな?」


「そのことか。うむ世迷い言かと言われるかもしれないが、夢占いのように頭の中にお前さんのことがワシの記憶に入り込むのじゃよ」


「死に戻りした俺を覚えている時点で世迷い言だとは思ってねぇよ……って、なにそれ?」


 夢枕って、なんとも乙女チックな返答に、ツバサは思わずギョッとした。


「それはそうと案内状持ってないと中に入れない気がするんだが」


「あぁそうだった。まぁ門前払い覚悟で赴くさね」


 ツバサの、なんの根拠もない自信に、アスラは思わず呆然の色を浮かべてしまった。



 §



 町の商店街から一キロほど歩いて行くと、うっすらとした森が姿を表した。


「ここからまっすぐ一本道だって言ってたな」


 ツバサは森の奥を覗き込んだがまったく先が見えない。

 うっすらと木や草で生い茂っており、少しでも道を外すと迷いそうなほどだ。

 幸いなことに、例のオオトカゲが引っ張る車両が横に二車両走れるほどのスペースが有る。


「しかしこんな時間に応対してくれるものかね」


 空を仰ぎ、ツバサは思った。眼前の方角に位置する太陽が沈み始めていたのである。


「まぁ門前払いは覚悟の上、ただ領主が話を聞いてくれる人じゃなかったら本末転倒だな」


 ギュッと拳を握り、足早に進むのであった。



 森に入ってから三十分。時速にして四キロともなれば距離にして二キロ前後。


「まぁだ着かねぇ」


 町の商店街で見た時は、しっかりと屋敷の屋根が見えた。

 高台から臨んだわけでもなく、低い場所からでも見ることができたその屋敷は、距離からして然程離れていないと、ツバサは思っていたのだが、「――いくらなんでも遠すぎじゃね?」


 ダラダラと気が狂うほどに同じ景色が続いていく。自分が進んでいるのかどうかもわからないほどだ。


「なにか目印でも作っておけばよかったな」


 この世界では魔法が使われている。なら魔除けにと道を迷わせるような結界をかけていてもおかしくない。


「これはどうするべきか」


 一度立ち止まり、息を整えようと地面に目を落とした時であった。


「[影が前に伸びてる]?」


 それはつまり、そういうことである。


「まさか、今の今まで、[逆の方向に歩いていた]?」


 パッとうしろを振り返り、ジッとその先を凝視した。

 点々と、なにかが光っている。



「屋敷だ……」


 それが家屋の灯だとすぐにわかった。


「やっぱり逆に歩かされていたのか」


 ツバサはそちらへと歩き始めた刹那、なにかが彼の横を切った。


「…………っ?」


 悪寒。生ぬるい何かの感触。そして殺意。

 ――いる! なにかいる! 正体は分からないがなにかいる!

 ツバサをこれ以上進めさせず、立ち去れと言わんばかりであった。

 その奇妙な黒南風くろはえに、ツバサは思わず足を止めかける。


「でも先に進まないといけないんだろ? ここで呪い殺されるってんなら――」


 パッと、ツバサは駆け出した。


「ぐぅっ?」


 途端ツバサは自分の身体に重みが走ったことを感じる。

 それは十キロのお米を片腕ずつ、いきなり持たされたかのようなものであった。

 重いものを持つ時、力を入れて持ち始める。

 しかし力を入れる前から持たされれば、実感として何倍にも跳ね上がってしまう。


「んなぁろぉっ!」


 それでもツバサは前へと進む。

 一歩、また一歩、重みが増していく。


「がはぁっ!」


 その重みに耐え切れず、ツバサは前へと倒れこんだ。

 それでも……なお、彼は進む。自分の身体が一トンになろうとも。

 動けるものは髪の毛の先まで、指の先が動くまで……。

 ツバサは自分の意識が途切れぬ限り、歩みを止めなかった。


「くそぉっ、目の前に屋敷があるんだ。屋敷まで行けば誰かが見つけてくれる……」


 そうすれば、牢屋に打ち込まれようとなんだろうと、とりあえず寝床は確保できるはずだ。


「あと少し、あと少しでもいい――動けよ――うご……け――」


 ツバサの意識は、舞台の緞帳が黒子によって引かれ、舞台と観客が隔てられるのと同じように、ゆっくりと余韻を漂わせながら途切れた。



 ≠



 地面に伏したツバサをジッと見下ろすふたつの視線があった。

 ひとつは、鈴蘭のように揺らせば鈴とした朗らかな声が聞こえてきそうな、華奢で可憐な少女。

 ひとつはその佇まいからして、蠱惑的なシルエットを放つ貴婦人。


「どう思われます奥方さま――」


「ここまで執念深いとはな。夢で見た景色ではそんなふうには見えなんだ」


 横でビシッと背筋を伸ばして立っている、小間使い(レディーズメイド)からの問いに、トーク帽を被り、ブリオーとフレアスカートで身を包んだ貴婦人がそう応える。


「――して、町の人達に話していた彼の異議はどうなされるおつもりで?」


「あの法律か。……二百年も前から続いていた悪法……今まさに壊すべきものであったのかもしれんな。しかし長い歴史があるからこそ壊すことは容易ではない」


 貴婦人は中腰になり、意識を失ったツバサの頬に手を添えた。

 まだあたたかく、血は通っている。


「今回はまだ死んでおらん。気を失っておるだけじゃ」


 貴婦人は小間使いに向かって、


「担架の用意を、この時の旅人を温かいところへ」


 と声をかけるや、どこからともなく執事姿の初老の男性と、その横にいる、髪の色が白と黒の、二人の、年端もいかない少年が姿を現し、貴婦人に頭を下げた。


「お嬢様が云われている悪夢の主人公ですか――」


 執事(バトラー)は怪訝な目でツバサを見下ろす。


「彼が我々の味方になるとは思えませんが」


 執事は視線を貴婦人には向けず、二人の従僕(フットマン)に「シーツを」と命じた。

 二人の従僕は、森の方へと駆け出し、大きめのシーツを持って戻ってきた。

 それを細長くたたみ、簡易的なストラクチャーを作り上げ、それにツバサを乗せ、屋敷へと運ぼうとしたのを、


「貴方たち、すこし待ちなさい」


 と貴婦人は止めた。


「直接的に味方になるとは思えんが……今回は失敗せず[我々のところに来た]ということじゃな」


 貴婦人はスッと立ち上がり、パチンと指を鳴らした。

 森は一瞬で消え、貴婦人の背後には三階建ての田舎屋敷(カントリーハウス)が大きくそびえ立っていた。

 そして町の影はちいさな丘を越えてはっきりと見えており、距離にして一キロもない。


「今はゆっくりと時間遡行(たび)の疲れを癒やすが良い……片翼の飛天よ――」


 貴婦人はふたたび中腰になると、ちいさく笑みを浮かべ、ツバサの頭を優しく撫でた。


今日の投稿はこのあたりで。翌日からはストックが切れない限りは一日に二回予約投稿しております。

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