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 話はツバサが異世界へと転生――もとい召喚されたその日の夕方までさかのぼる。

 先に話したとおり、ツバサは例の事件の影響で、周りから蔑視されていた。謂れもない濡れ衣によるものだ。


「俺がなにをやったってんだか」


 頭を抱えながらツバサは暗くなっていく歩道を歩いていた。

 ツバサの家柄は裕福とはいえないが、ひとつのちいさな町医者の家系であった。

 その一人息子であったため、両親からの期待も大きいことはツバサ自身わかっていることであった。

 もちろん万引きの濡れ衣を被せられたことをいくら説明しても、噂を塗り替えることはできない。

 まったくの悪足掻きでしかないのだ。


「あれだな。痴漢の冤罪にあった人ってこういう気持ちなんだろうな」


 どんなに言葉を、いや言い訳をしたところで周りは聞いてくれない。

 悪魔の証明でしかなく、しかもそれを通告した神室は教育委員会に顔が利く。


「かと言って、高校を再受験する気もないしなぁ」


 しばらくは高校浪人でもするかと考える。アルバイトして社会勉強も乙なものだ。

 そう楽観的に考える。お金にも幾分か余裕があった。


「しかしまぁあとすこしの辛抱だ。四月になれば高校に行けるはずだよな? いや行けるはず。ちゃんと合格したし、必要な制服とかちゃんと購入している。これで行けないとかなったら返金を要求するぞっ!」


 ツバサがそう発した時であった。

 カツンと、なにかが靴先に当たり、ゴロゴロと転がっていく。



「なんだ?」


 ジッと転がった丸い石のような物を、ツバサは目で追いかける。

 それがピタリと止まり、逆に自分を見ている視線を感じたツバサは、咄嗟に身を構えた。


「な、なんだぁお地蔵様かよ」


 ホッと胸を撫で下ろす。転がっていたのはちょうど自分が立っている場所に置かれた、道祖神として祀られている地蔵の頭であった。


「そういえば、学校で誰かがお地蔵様の首が亡くなって、未だに見つかっていないって噂をして……」


 ツバサはそこまで言ってハッとする。


「まだ見つかっていないんだよな……」


 ゆっくりとその地蔵の頭を見据える。


「――っ!」


 地蔵の首からゆっくりと血が滴り落ちている。


「なっ? なんだ……? なんの冗談だよ?」


 うしろへと退いていくツバサの背中に、何かが当たった。


「わっ? す、すみません」


 パッとうしろに振り向き、ぶつかった人に言葉で謝る。



「…………」


 目の前に立っているマントを羽織った女性に、ツバサは言葉を失う。


「え、えっと?」


 ――なにかのコスプレ?

 と思ってしまうほどに、薄闇に溶け込んだそのマントから覗きこんだ蓮の花のように白い顔に、ツバサは思わず喉を鳴らした。

 その見た目は女性というよりはツバサよりも幼い少女にも思える。


「……くれる?」


「えっ? 今なんて言って……」


 ツバサは少女の柔らかい言葉を聞き返す。


「とりあえず……死んでくれる?」


 ズンとツバサの喉仏が何かで貫かれた。


「がはごぉっげぇっ?」


「別にあなたが私の首を壊した人じゃないのはわかってるんだけどね……でもさぁまったく警戒心もなく頭を蹴られてしまったともなれば、うん。いくら優しい私でも怒るよね。うん怒らなかったらなんだって話」


 少女はゆっくりとフードを脱ぎ、素顔を見せた。

 サラリと風に靡く艶やかな髪の色は闇に溶ける濃藍(こいあい)

 認識できるのは蓮の花のような白く透き通った肌。団栗眼の赤い瞳。


「でもあなたじゃないことはわかっている……それじゃここで殺してしまうと私の不手際になってしまう」


 少女はそう言うと、ゆっくりと笑みを浮かべる。


「ならば別のところにでも行って殺され続けてきなさい」



 ♪



 グルグルとした意識が次第にゆっくりと定まっていく。

 ダルい頭を抱えながら、ツバサの意識は戻っていた。


「……死んだのかねぇ?」


 死んだという認識を持ちながらも、こうやって生きているのだから、これが[死に戻り]でなければなにを意味しているのか。

 とりあえず死ぬ前に失っていた右手を動かす。右手があるという認識があった。


「わかったことはケット・シーと戯れ合うのは覚悟が必要」


 セーブポイントは変わらず最初に見た景色と同じく、この異世界に召喚された場所。

 というよりは、元の世界でマントの少女に殺されてから、異世界に転生されてからというほうが正しい。


「殺されて転生して人生やり直しってわけでもなし。かといって召喚だったら召喚士はどこにいるのかって話だけど」


 今は気にするだけ無駄だと決断。


「原因がわからないんじゃ、手の打ちようがない」


 所有している硬貨は使えず、しかも持っているだけで死刑が免れないほどの大罪。

 この国が[グルナディエ国]という名前の国であること。

 会話の遣り取りは可能で、常用文字は鏡のように逆に書かれたローマ文字。読みはローマ字かある程度の英語と、右から左へと書かれているため、読めないこともなく、書けないということもなかった。

 一応忘れないよう、ツバサはバッグからメモ用紙を取り出し、この国の名前や、偽造コインを持っているだけで殺されること。文字の読み方と、魚屋の看板に書かれていた[HSIF]と、自分でわかるように記していった。


「最初の場所に戻ったってことは時間が遡行したと思っていいのかね」


 アスナというケット・シーの娘に殺されたのは、ここより五百メートル以上離れた場所だった。

 ツバサは肩のコリをほぐし、ゆっくりと立ち上がる。


「まず確認。もう一回あのおっさんのところに行ってみるか」


 もう一度聞いて、自分が思った以外の反応があれば、完全にタイムリープしての死に戻り確定。

 そうではなく、同じことを聞きに来たのか、もしくは別の場合、警備隊みたいな人間が店の前にいるとすれば、タイムリープなしの死に戻りと推測していた。



 ……その期待に対する正解は――前者となった。

 最初と同じく、魚を売っている店に足を運ぶと、「いらっしゃいらっしゃいらっしゃい」


 と活気のいい店主の声が響いており、対応も最初と同じだった。


「うん。タイムリープ式の死に戻り確定」


 これだけでも収穫だった。そしてこの世界での覚悟もある程度できた。


「なにかをクリアしないとダメってことだな。そうしないと先に進まない」


 ツバサは魚屋の店主に視線を向けた。



「おっさん、ちょっといいか?」


「お、見ねぇ顔だな。なんでぇほしいもんでもあるのかい?」


 店主の対応に、ツバサは確信する。これは[死に戻り]による時間遡行だと。


「いやいや、ちょっと聞きたいことがあってさ、実はちょっと道を歩いていたら財布を見つけてね。その中に硬貨が入っていたんだけど……」


 ツバサはちょいちょいと、店主を自分の方へと顔を近付けさせる。


「実はこれ偽物かもしれないんだ」


「あんだってぇ? お前わかってんのか?」


 ツバサの狂言に、店主はもちろん、それを耳にした町の人の何人かが青ざめた目でツバサを睨んだ。


「わかってる。これが偽物だったら死刑ものだってんだろ? いくら拾い物でも手前一人で水に浸して確認しようとすればどうなる? 誰も見ていない、つまりは誰かに渡して手前は知らぬ存ぜぬと口先三寸。ひょいひょいと姿を晦ませるさね」


 ツバサの捲し立てる言葉に、店主は思わずたじろぐ。


「そこでものは聞き様だ。たとえば道を歩いていて、拾った財布に入っている硬貨の中身が偽物だった場合も、それを手にした時点で死刑ものかい? なにも知らない状態でも?」


「……あぁいやぁうぅむ……偽物を紛らわせようとしている輩もいるらしいからな。最初はあんまり気付かれないんだがなぁ――でも持っているだけで死刑ものだぞ? それがこの国での法律だ」


「ほうほう? ならばこの国の法律は根本的に変えるべきではなかろうか?」


 ツバサは両手を広げ、行き交う人や獣人たちの注目を集めた。



「たとえばここに果物があったとしよう。それは神様が大地に埋めた種から成長した伝説の果実だ。言葉では表せられないほどに甘く酸っぱい上品で高級な佇まいを漂わせる果実。だがそれは見た目をどんなに見繕っても、そこの店に置かれているような、このどこにでもあるようなリンゴと姿形色臭いは似ており、そのふたつを食べ比べるまで判別ができない」


 そう言いながら、ツバサは果物屋に並べられたリンゴをひとつ手に取り、掲げる。


「それを皮をまったく剥かず、見た目だけで判断できようか? いやできないっ! 偽物を本物と偽ることも、またその逆も可能だということになるっ!」


 うむうむと町人は完全にツバサの話術に耳を傾けだしていた。


「この一円玉もそれと同じだ。下げられた鉢の中に入っている硬貨は水に入れると魔法の効果で色が変わる。だがこれは水の中に入れても色は変わらない」


「なら、それを持っているあんたは死刑ものじゃないか?」


「あいや待たれよ。俺の話を聞いてからでも通報は遅くはないはずだ」


 ズイッとツバサは言葉を止める。


「この一円玉とその硬貨。見た目は一緒で見分けもつかないものだったとしよう。これをもし知らずに持っていただけで死刑ということは、簡単に嫌なやつを殺せるということになるぞ?」


 その言葉に、集まっていた野次馬たちは言葉を失っていた。


「たとえばこの硬貨の偽物を持っていたとしよう。あなたたちのおっしゃるとおり、これを持っているだけで死刑執行を受けざるを得ないとされるということは、それを悪用する人間だっていることになる。それを不審に、いや異議を申し立てる人はいないのかっ!」


「う、うむ……そうだっ! 偽物が流通していることがおかしいだ」


「お、オレの友人が偽物を掴まされてハメられたんだ。軍隊は友人の話に耳を貸そうなんてしなかった」


「わ、私の主人はたった一枚、財布の中に入れられただけで軍人に殺されたわ」


 ツバサの言葉に、まるで箍が外れたかのように、町人の恨み辛みが重なっていく。



 ――うむ、ここまでヒートアップするとは思わなかった。

 ツバサがそう思ってしまうほど、一人、また一人と、軍や国に対する不平不満の大合唱。

 どれだけ恨みを買われているんだろうかと若干の哀れみを感じてしまうほどであった。


「そこでどうだろうか? 俺がその軍隊の、いやこの王国の主にこの理不尽な法律に異議を唱えに行くというのは」


「や、やめとけやめとけ、殺されに行くようなものだぞ」


「おっと、お止めになりなさんな。いつの時代も世の中も、民が王に意見を出せなけらばその国に未来はない。それにこれだけみんなが、たったひとつのことで目くじら立てているんだ。余程のことだろう」


 ツバサは店主の言葉を遮り、ゆっくりと町人の見渡していく。


「それに犠牲は俺だけで十分だろう。なぁに、ちゃんとしっかりとした意見を言いに行ってくるさ」


「でもここはこの国の王が住んでいるわけじゃないしなぁ」


 ひとりの町人の言葉に、「うむ。ならば……」


 とツバサは周りを見渡し、言葉を紡いた。


「この町で一番権力がある人のところに、俺を案内していただきたい」


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