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 ツバサはあてもなく逃げ続けていた。……というのには語弊があり、ある程度距離をおいて、足の歩みを緩めていた。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


 先ほどの出店からおおむね五百メートル。そこまで離れてからツバサは財布から一円玉を一枚取り出し、


「硬貨も使えなきゃただのガラクタってか?」


 ピンと親指で上へと弾き、空中で掴み取る。


「しかしこれじゃなにも買えないな」


 この世界において、ツバサが持っている一円玉が、どんなに似ているものだったとしても、代用品にもならないことに変わりがないのだが、それ以前にたった一円玉二十枚でなにが買えようか。


「う○い棒だって最近一円上がってんだぞ?」


 叫んだところで状況は変わらない。そしてツバサのお腹の虫の鳴り具合も変わらない。


「くそぉおなか空いたぁ……」


 腰を下ろせるところへと歩み寄り、そこに腰を下ろしたツバサは、ゆっくりと空を見据えた。


「空の色は変わらないか……」


「お主、自分が逃げられる状況を作りおって」


 声が聞こえ、ツバサはそちらへと視線を流した。

 そこには店で魚をくすねていた猫娘が「フシャァー」と尻尾を立てたような目でツバサを睨んでいた。



「あぁ逃げ切れたか」


「あぁ逃げ切れたか……じゃないわっ! まったくこっちは絶好のチャンスじゃと睨んで盗もうとしたのに、お前さん自分が置かれた状況がわかっておらんじゃろ?」


「今俺が持っている硬貨がこの世界では偽物であることは理解している」


「ほう、お前さん異世界のものか?」


 猫娘の言葉に、ツバサは目を見開いた。


「今なんて言った?」


「じゃから異世界のものかと言ったんじゃよ?」


「普通に会話を進めるな。ということは俺以外にもどこかの世界から来た人間がいたってことか?」


「いや、そうというわけではない。この国のものならば知らないはずがないし、子供の頃からお金は魔女がまじないをかけていることは聞かされておってな。それはどこの世界でも必ずかけらている世界共通の常識じゃ」


「つまりそれを知らない。イコール異世界の人間ってことになるのか」


「お前さん、理解早くないかのう?」


 猫娘は呆れたと肩をすくめた。


「理解が早いって言うよりは深く考える気がないだけだ」


 踏ん反り返っているわけではないが、ツバサはそうとも取れる声色で言い放った。


「お前さんは馬鹿なのか、それとも莫迦なのか」


「けっきょくバカって言いたいのか?」


 猫娘の口調からして自分よりも歳を重ねていると思いたかったツバサであったが、見た目は自分よりも幼く、緑色の目や、猫耳と尻尾が生えていることを除けば、ツバサのような人間と然程の見た目は変わらない。

 あるとすれば見た目を裏切らないほどの可憐さである。


「まさにネコミミロリババア」


「ロリババアじゃないわぁっ! 意味のわからんことを言うでない」


 ツバサの言葉に、猫娘はその意味を理解できずとも、どことなくバカにされた気がして、思わずツッコミを入れた。



「とりあえず、今この状況において、みっつ聞きたい」


 ツバサは右手の人差し指と中指、薬指の三本を立てて、猫娘にそれを突き出す。


「みっつでいいのか?」


「今必要な部分だからな」


 うむと猫娘はうなずく。それを確認してから――、


「ひとつ、[この世界、強いてはこの国の名前]。ふたつ、[硬貨がどうして一種類しかないのか]。みっつ、[君の名は]?」


 とみっつの項目をたずねた。



「ひとつ目じゃが、お前さんがこの国の名前を知らんことがなによりの異世界人である証拠じゃな」


「さっきも気になったが、あんたは俺以外にも見たことがあるのか?」


「先程も言ったが、見たことはない。しかし文献で残された部分がある」


「それは……」


 ツバサが問いただそうとした時、猫娘は人差し指をツバサにつきだした。


「質問はみっつでいいのじゃろ?」


「わかった。今聞きたいことが終わってからだ」


 ツバサはむぐと顔を歪め、猫娘の話を続けさせた。


「この国の名前は[グルナディエ国]と言ってな。モンスターが出る以外はこれといった国や町での抗争はない。しかし、街の治安を守るために警備隊や騎士団はいちおうあるが、平和じゃからほとんどトーナメント式の闘技大会を催したりもしておるがな」


「モンスター出るのかよ?」


 ますます異次元……もとい、異世界ファンタジーだとツバサは嘆息をつく。


「ふたつ目の質問じゃが、ワシが生まれる前からずっと硬貨はひとつだけじゃった。魔女の蝦蟇口があるから不便と思ったこともないがな」


 ソレに関して、ツバサは直接見せてもらったこともあり、便利そうだとは思った。

 が、それがどこに行ってどこから出ているのか。

 直接手渡しをしたというわけではないシステムを、彼らは疑いの余地も考えたことがないのだろうと考えもした。


「ふたつ目の質問はこれでよいかの?」


「聞きたいことはいっぱいあるけど、まぁ今のところは。この世界が結構不便だということがわかった」


 青狸の四次元ポケットみたいにお金が出し入れできるわけでもないだろう。

 そう思いながらも、ツバサはうなずいてみせた。



「みっつ目の質問じゃが、それは応えられぬ」


「あら? それはどうして?」


「人の名前を聞く前に……」


「あぁ自分の名前をってやつね。オレはナカガワ・ツバサだ」


 自分の胸板を叩き、そう自己紹介するツバサ。それを唖然とした表情で猫娘は見据えていた。


「面白いやつじゃな……」


 クスクスと笑みをこぼしていく猫娘を見ながら、


「おっ? 笑うと可愛いのな」


 と、ツバサは思ったことを口にした。


「か、かわ……」


 猫娘の顔が一瞬で赤らめていく。それがまたからかいのある仕草であったため、


「おぅかわいいかわいい。見た目と同じですごいキュート」


「そ、そうかのう?」


 まんざらそうでもない猫娘の仕草に、


「それで君の名は?」


 とツバサは再度たずんた。


「ワシの名前か? ワシの名は――アスラ・ユーフォニアムじゃ」


 猫娘……アスラ・ユーフォニアムははにかむように応えた。


「ふーん」


「って、人の名前を聞いてなんじゃその反応はぁっ?」


 ツバサのツッケンドンな対応に、アスラは肩を震わせ、眉間にしわを作って睨む。


「いやいや人の名前でいちいち感慨振る人はおるまいて」


「それにしても今のはすこし癪に障ったぞ?」


「怒らない怒らない。高々名前されど名前でしかない」


「あまり人に名前を教えるものではないのだがなぁ」


 ツバサの態度に、いやはやとあきらめたようにアスラは肩を落とす。


「あれか? 魔女に名前を知られると操られるとかそんなやつ?」


「それくらいならまだチャーミングなものじゃよ」


 上目遣いのアスラに、「それじゃ殺されるとか?」


「お前さんは理解力がいいというよりは状況整理が早い気がするな」


 と、アスラはツバサの言葉に、いらだちを見せた。



「うむ……、しかしまぁどうすっかなぁ」


 自分が今置かれている状況がすこしわかっただけでもいいが、横にいるアスラが自分のために腹の足しになるものを持ってくるとは思えない。


「ところでなんで盗みなんてしようとしたんだ?」


「財布を忘れた」


 アスラはプイッと横を向く。その仕草が可愛くなり、ツバサは思わずアスラの頭をなでた。


「だったら財布を取りに家に戻ればいいだろ? 盗んだって腹の足しにもなんねぇぞ」


「お、お主はっ! や、やめぇいっ! あまり頭を触るなっ!」


「よいではないかよいではないか。頭を触られて可愛さが減るもんじゃあるまいに」


 ツバサはアスラの頭をワシャワシャと撫で回す。


「やめいというておろうがぁっ!」


 ――ザシュ……

 なにかが切り落とされた音がした。



「――はっ?」


 ツバサはそれがなんだったのか、最初は理解できなかった。

 次に理解できた時、自分の右手の感覚が亡くなっていることに気付く。


「はっ? は……はぁ?」


 ゆっくりと自分の状況を確認していく。

 完全に――右手首から先がなくなっており、地面に落ちている作りの良いよく見た右手が落ちていた。


「なぁななななななななっ? なん? こ……これぇはぁあ?」


「お前さん知らんようじゃから教えておこう。ワシはまだ温厚なケット・シーじゃが、やりすぎれば当然爪を立てて相手を攻撃することくらい知っておけ」


 アスラが建てた爪はナイフのように鋭く、その先はツバサの血で赤黒く染まっている。


「知るか! っていうか血が止まらねぇ」


 ツバサは咄嗟にジーンズのベルトを左手一本で外し始める。


「あぁくそっ! 片手でも外せる訓練しとけばよかった」


 血の噴出が収まらない。身体のすべての血を流し落とす勢い溢れでている。

 それでもツバサはジーンズのベルトを取り外す。


「よし外れた」


 ベルトの先、穴が規律正しく空けられた方を口に加え、右腕にキツく巻きつける。


「あぁくそ……」


 ツバサの意識が朦朧としている。


「右手を返せよ」


「お前さん……本当になにも知らんのじゃな?」


「知るか……こっちはこの世界にきてまだ一時間すら経っていないんだぞ……」


「それだけ威勢がよければ[次は]大丈夫じゃろうな」


 クスリと……アスラは笑みを浮かべる。それは人と言うよりは悪魔のような冷笑に満ちた眼。


「次……だぁ?」


 ショック死スレズレの、意識との戦い。ツバサはフラフラになりながらも、アスラを見つあげる。

 が、それはもはや限界に近付いていた。


「ならば……またの邂逅を期待するかのうぉ。片翼の飛天よ……」


 アスラはゆっくりと、息も絶え絶えとなっているツバサに近寄り、

 ――ズン。

 と、鋭く立てた爪でツバサの心臓を穿(つらぬ)き……握りつぶした。


「がはぁっ?」


「次に逢う時は今よりもすこし利口になっておることを期待しておるよ…………」


 薄れていく意識の中、ツバサが見たのは自分をこの世界に引きずり込んだ少女の笑みに似たものだった。


*最後のアスラのセリフですが、今回の作品のキーになっていたりいなかったり。


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