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「やっと終わったぁ……」


 野菜洗いを終えた、ツバサは思わず石畳の上で大の字になって倒れた。

 勢い良く倒れてしまったため、石畳に頭を叩きつけてしまい、


「あがぁっ?」


 目頭を暑くさせ、彼の目の前で星がまたたく。


「うがぁあぁああああっ? 床が石畳なの忘れてたぁっっぁあああああああ」


 頭を抱え、ゴロゴロと唸り声を上げながら、石畳の上をジタバタと転がりだした。

 ツバサの足元にはふたつのタライが置かれており、ひとつは野菜の泥を落として黒々とした水が張ったタライ。もうひとつは泥を落としたジャガイモ……この世界ではホースベルと呼ばれている野菜が入れられたタライが置かれている。


「なんでホースベルなんていうのか考えていたけど、馬鈴薯から来ているんだろうな」


 それを直訳して、ホースベル(馬の鈴)といったところだろう。

 もうひとつ、タマネギに似た野菜――ノイノについてもなんとなくわかった。


「オニオンをローマ字にして、逆に呼んだものってところか」


 パッと上半身を起こし、凝った肩に手を当て(ほぐ)していく。



「ご苦労さま。それじゃ次は食器荒いの手伝いをお願いね」


 給仕に出ていたドロシアが台所に戻ってきた。台車に乗せられた食器類はソースなどで汚れてはいたが、デザインは輝かしく、高級品であることが一目でわかる。


「それじゃこれを水に付けておくから……」


「――の前にお皿についたソースを紙ナプキンで拭きとってから、沸かしたぬるま湯で洗ったほうがいいですよ。そうしないと排水口に油がたまって水の通りが悪くなりますし」


 シンクに食器を置こうとしたドロシアを止めるように、ツバサはを助言する。


「あら? もしかしてあなたこういう仕事は始めてじゃないの?」


「いや、始めてですよ。まぁ食器洗いの手伝いはよくさせられていましたけど」


 いまだにズキズキする頭をさすりながら、ツバサはたちあがり、使っていない鍋に水を入れる。

 コンロに水を張った鍋を置こうとしたが、


「あれ? そういえば火ってどうやって起こすんだっけ?」


 もしかして火打ち石? と、首をかしげた時だった。


「雷鳴よ・囁け」


 ドロシアの指先が一瞬光った。その瞬間、薪火に火が灯る。


「すげぇっ? もしかしてそれも魔法?」


「えぇそうよ。っていうか、あなた魔法が使えないの?」


「生まれてこの方、魔法なんてもんを見たことも信じたこともありませんが、まぁユリアーナさまから腰を直してもらっているし、ドロシア先輩の指から火花が出ているから、なにかトリックみたいなものでもあるんじゃないかなって疑心は拭えませんけど」


 素直にそう応えるツバサに、思わずドロシアは失笑する。



「あっ、ところでメイリスさまの食事ってどうするんですか?」


「あぁ今から作るのよ」


「作るって、なにも材料の準備もされてませんが」


 ツバサは怪訝な顔で台所を見渡した。まな板の上には肉類もなければ野菜も置かれていない。

 綺麗さっぱりと片付けられている。


「大丈夫よ。メイリスさまにはお館さまかたの残り物でじゅうぶんだから」


 そう言いながら、ドロシアはシンクの上に置かれている肉の食べきれや、野菜の食べかすを別の、質素な食器に移し替えす。


「もしかして、それを食べさせるつもりですか?」


「えぇそうよ。言っておくけど、わたしたち使用人たちもお館さまの食べ残しを食することだって……」


「っざけぇんなぁっ! 階級がどうたら以前の問題だぁっ! お館さまたちと使用人の階級については文句をいう気はねぇけど、メイリスって子はオレたちが使えているお嬢さまだろ? まるでオレたちと同じか、それよりしたって扱いみたいじゃねぇかっ!」


 ツバサは目を釣り上げる。そして壁に掛けられていたフライパンに手をかけた。



「ちょ、ちょっと? 誰かっ!」


 叩き殺されると思ったドロシアは悲鳴をあげ、助けを求める。


「パンの残りはぁっ?」


「えっ?」


「残ったパンはないのかって聞いてるんですよ。それからレタスかキャベツッ! それとソースッ!」


 ツバサは手に取ったフライパンをコンロの五徳に乗せ、それを熱し始めた。

 次に、さきほどドロシアが別の皿に写していた牛肉のステーキをまな板の上に置き、細く切っていく。

 次に野菜袋からキャベツを見つけ、それから葉を二、三枚剥がすと、シンクの水でついている汚れを洗い落とし、千切りしていく。


「な、なにを言ってるのか……と、とりあえずパンと調味料がほしいのね」


 ドロシアは鬼気迫るツバサに怯えながらも、パタパタと調味料棚からソースを取り出し、次にもともと昼食用にと焼いていた食パンの一斤をツバサに手渡した。


「うん、このドロドロとした感じはウスターソースか。ステーキに味がついているから、ちょっと入れるだけでいいな」


 細く来られたステーキ肉にはもともと良い味付けがされている。その味がキャベツの千切りにも付着し、変な味付けをしないでもじゅうぶんだった。

 それをお皿に入れると、次に食パンを一斤五枚の割合で二枚切り落とし、フライパンの上に置くと、両面をキツネ色に焼く。

 焼いたパンの上にステーキとキャベツを盛ると、それをサンドし、半分に切り分けた。



「うし、これで残飯じゃなくなるだろ」


 急拵えではあったが、元々の材料が良いため、変な味付けはしていない。

 ソースも勢いで言ったまでで、実際は使わずに終わった。

 ツバサは料理が然程得意なほうではない。しかし、メシマズというわけでもなかった。

 料理が下手な人は変にアレンジをしようとするから失敗するのだ。

 美味しい料理というものは、味はもちろん、見た目や匂いを総合してこその美食であり、残飯だけで食事はそれだけで食べる気にはならない。


「……ゴクリ」


 ドロシアはツバサが作った、ステーキとキャベツのサンドを見て、思わず生唾を飲み込んだ。


「食べたい気持ちはわかりますけど、これはメイリスさまにですからね」


「わ、わかってるわよ。でも……美味しそう――んっ? こっちは?」


 お皿の上にはステーキ肉とキャベツの炒めものがまだ残っている。


「人に作るよりもまず、自分が毒味するのが醍醐味でしょ?」


 ツバサはニヤァと笑みを浮かべた。



「ほぅ、なにか賑やかだなと思って見て来てみれば、なにを作ってんだぁ?」


 持ち場である台所に戻ってきたクリストが、ニマニマと気持ち悪い笑みでツバサの頭を掴んだ。


「うわぁっ? びっくりしたぁっ?」


「ところで、給仕が勝手に包丁を持つってことはどういう意味かわかってんのかぁ?」


 拳を握りしめ、クリストが殴りかかろうとした瞬間、


「っと、クリストさんもおひとつどうですか?」


 ツバサはテーブルの上に置いていたサンドイッチをパッと手に取り、クリストの前に差し出した。

 香ばしいパンと、柔らかいステーキに甘いキャベツの匂いがクリストの鼻を刺激する。


「ゴクリ……、ま、まぁいちおう料理人の端くれだからな、ちょっと味見するくらい」


「あっ! ズルいっ! 私も食べますっ!」


 クリストとドロシアの二人は、ステーキとキャベツのサンドをそれぞれ手に取り、口に運んだ。



「うまぁっ? ちょっとなぁにこれ? トーストされたパンのサクサクとした中にもふっくらとした口当たり、それにキャベツのシャキシャキ感と舌の上でとろけるステーキ肉がいい塩梅になっている」


「ちょ、ちょっとこれがただの残飯? やばいわ、ステーキのソースがパンに染みこんで、味が一体になってるっ!」


 ドロシアとクリストは、お皿に残っている細く切ったステーキ肉とキャベツの千切りを一緒に炒めたものに視線を向けた。


「オレの国では主食とおかずを一緒に食べるみたいな料理もあるんですよ。パンに主菜を挟むみたいなものもありますからね」


「サンドイッチのひとつってことね」


「ほんとうなら、マヨネーズとかあればよかったんですけどねぇ」


 マヨネーズの柔らかい味がソースをより引き立てる。

 ツバサは苦笑をし、「あ、二人が食べたから、メイリスさまの分なくなっちまったなぁ」 

 と頬を抱えているクリストとドロシアを見据えた。

 もちろんまだパンに挟むタネは残っているため、メイリスの分を作ることは可能だ。


「マヨネーズか……聞いたことがないが、どんなものかわかるか?」


「えっと、卵とお酢を使った」


「それならあるわよ。一度味見をして、それがツバサくんの言っているマヨネーズというものならいいけどね」


 マジで……と、ツバサはドロシアを見据えた。



 ∇



 シュトール邸の地下深く、陽の光も、綺羅びやかな社交界の声すら届かない世界に、女中の乾いた革靴の足音がこだまする。


「メイリスさま、お食事をお持ちいたしました」


 昼食を運んでいたのは家政婦のファーテンであった。

 ファーテンは床に燭台を置くと、紅茶と冷たいオニオンスープ、そしてツバサが作った細く切ったステーキ肉とキャベツのサンドを盛ったお皿が乗せられたトレーを石畳の上においた。


「あ、ありがとう……ミセス・ファーテン」


 燭台の、ほのかな灯火に照らされながら、リドッドの少女が顔を覗かせる。


「研究のほうはどうですか? 捗っていらっしゃいます?」


「まだまだかな……でも、もし魔法に頼らないでいろんなことができるとしたら、すごい発見だよ。だって才能とかそんなの関係なしに、いろんなことができるんだから」


 嬉々と話すリドッドの少女……メイリス・シュトールは運ばれてきた昼食に手を伸ばした。


「あれ? これが今日の昼食?」


「そうですが、お気に召しませんでしたか?」


 ファーテンが不安な声でそうたずねる。


「あ、ううん。いつもみたいに残飯ってわけじゃなかったから」


「新しく入ってきた使用人が作られたそうです」


「新しく……」


 メイリスはそれを聞くと、小さく笑みを浮かべた。


「まだ彼の目的はわかりませんが、奥さまが……」


「大丈夫、彼は悪い人じゃないよ」


 そう言うと、メイリスはサンドイッチを口に運んだ。


「美味しい……」


「クリストさんが絶賛していました。私たちも後で食べてみるつもりです」


「でも、彼はまだ給仕だから、余計なことはさせないほうがいいかもね」


「わかっております……」


 ファーテンはスッと立ち上がり、「それでは後ほど片付けに参りますので」


 と言い残し、薄闇の中へと消えていった。



 一人残されたメイリスは、食器が乗せられたトレーをテーブルの上へと運びだした。

 部屋の中を歩くたびに、グチャッと何かを潰したような音が薄闇に響き渡る。


「火の精霊よ・呟け」


 メイリスの指に火花が走る。カンテラのロウソクに火が灯り、リドッドの仮面が暗闇に浮かび上がっていく。

 仮面を外すと、床につくほどの長い白髪が踊る。

 ふたたびサンドイッチを手に取ると、メイリスは自分の口に運んだ。


「やっぱり美味しい」


 久しぶりに感じる人の優しさ。それが彼女を余計に縛り上げた。


「チューチュー」


 どこから忍び込んできたのか、一匹のネズミがメイリスの部屋に迷い込んできた。


「チュゥ……チュゥ……チュッゥウウウウウウウウウウウウッ?」


 なにかに足を取られ、迷い込んだネズミは一瞬にして息を引き取った。


「――また死んだんだ……やっぱり魔法なんていらないよ――誰かを傷つけるようなものなんて最初からないほうがいいんだ」


 メイリスは食事を終えるとカンテラと食器を乗せたトレーを手に取り、スッとたちあがると、階段近くまで運んだ。



 ……床には部屋に迷い込んだネズミや猫、ヘビ、ムカデの干乾びて潰れた(むくろ)が累々と散らばっており、屍の悪臭がフロアを汚染していた。


まぁお気付きかと思いますが、

ユリアーナ=レミリア・スカーレット。

メイリス=フランドール・スカーレット。

みたいな感じですね。

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