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あらすじ書くの面倒……


「さて、どうしたものか……」


 うむ……と、少年は腕を組み、眼前を横切っている人や乗り物の姿や影を見据えていた。

 石畳の街路に乾いた靴や、カツカツと鳴らすヒールの音が響き、カラカラと回る車輪の音や、キィキィと鳴く鳥の囀りが、まるでオーケストラのようにテンポよく空に響き渡っている。

 そしてそれらを伴奏として、活気のある歌うような人々の賑わい。

 それらを見ている少年の眼は、困惑と困窮を合わせもった複雑な色をしていた。


「おぉ、猫耳の女の子がいる。あっ! あそこでちょこちょこと走っていったのってウサミミ幼女? むっ? あっちにいるのはフェンリルか?」


 目に映り入り込むものすべてが珍しい。もちろん少年と同じような人もいるのだが、髪の色は赤・緑・桃と多種多様で、少年のような黒髪の人間はほとんど見かけない。

 ソレ以外に獣耳を生やしたり、見た目が人と違う、いわゆる亞人もおり、大型のトカゲが車や荷車を引いている。

 それを極々当たり前の様子で生活をしている町の人たちを観察していき、少年はひとつの確信を持った。


「これはひとつの……異世界召喚もの?」


 首をかしげながらそうつぶやく。言葉が疑問形なのは、確信がないからである。

 少年はとりあえず自分の頬をつねった。


「……痛い」


 当然――夢ではなかった。


「今この状況を整理する前にだ――」


 少年は、ゆっくりと自分の喉仏を摩った。しっかりと、それがあることを確認する。


「やっぱり、あれが原因だよ……なぁ……」


 ゆっくりと思い出しながら、少年は二度目のためいきをついた。

 そして彼の目の前をオオトカゲが引く馬車が横切っていき、確信へと変わった。


「殺されたのに、異世界転生して現世での記憶を駆使して神童と呼ばれる……どころか召喚って――あのマント娘っ! 俺になんの恨みがあるってんだ?」


 少年――那珂川空翔(なかがわつばさ)は、頭を抱え、三度目のためいきをついた。



 ツバサの容姿は短髪とは言えず、どちらかと言うとすこし古い暴走族ものの漫画に出てくるような、長くもなければ短くもない、学校の校則を守っていそうで破っているような、そういうギリギリの長さ。

 身長も低くもなければ高くもない。正確に言えば一六〇センチをすこし越したようなものだが、同年齢の平均よりかは幾分低いとも言えた。身の丈はともかくとして、太り(じし)でもなければ痩せ肉でもない。

 眼は三白眼で、睨みを効かせれば、ある程度は凄味を与えられるが、今この状況では頼りないことこの上なかった。服はジーパンとTシャツというラフな格好。肩から下ろした学校指定のショルダーバッグ。

 バッグの中身には、財布とスマホ。ガチャガチャの景品として手に入れたイルカやタコのキーホルダー。あとはメモ用紙と鉛筆とシャーペンと言った筆記道具が入っていた。



 ※



 ……話は少し前――いやツバサの記憶が途切れる前のことまで遡る。

 ツバサは中学卒業直前に、人生はじめての失敗をした。

 卒業直前での失敗ともなれば受験に失敗して高校浪人になった。というわけではない。

 地元どころか出身地でも有数の、偏差値が高い高校に合格し、残りの中学生人生を優雅に暮らしていたのだ。――が、ツバサが偶然入った本屋で立ち読みをしていた時のこと。

 大人二人が行き来できるほどの余裕がある通路を、一人の、一九〇はある大柄の男性がすれ違いざまに、ツバサのショルダーバッグに本を入れていった。

 ツバサはそれを知らず店を出ると、防犯ブザーが店の中に鳴り響き、あたりは騒然とする。

 状況が理解できないでいたツバサは混乱し、店員にバックヤードへと連れて行かれたのである。。



「うん。要するにハメられたんだな」


 今更どうこう言ったところで文句の言い様がない。というよりは言える状況ではない。

 ここではそれを言う人間がそもそもいないのだ。

 それがわかっているのといないのとでは、おそらく怒りの矛先を何処に向けるべきか。

 当然ツバサをハメた男に向けるべきである。理不尽ではあるが、納得はできていた。

 店の防犯カメラに映し出されたツバサの姿は、店に入ってから雑誌、コミック、ライトノベルが置かれた書棚へといつもどおりの順で周って行き、何冊か手に取って流し読みするという仕草を見せてはいたが、ショルダーバッグのジッパーを開けて本を中に入れるような素振りは見せていなかった。

 そのことから、逆にツバサをハメた大男が怪しいとも言えるが、結局は証拠不十分で帰されたのだ。



 ここまでならばまだしも、最悪なのはこれからであった。

 それを見ていたツバサが通っている中学の教師が偶然見ていたのだ。

 神室(かむろ)というハゲネズミのようなメガネの教師が一部始終を見ていたのである。

 この神室という教師。影で人の悪口を言ったり、地元の教育委員会に顔が利くことから、気に入らない生徒や教師がいようものなら、あることないことをでまかせにでまかせを重ね、問答無用で委員会に通告し、生徒は退学とはいかずとも休学にさせたり、教師を左遷をしたりといった私利私欲のゲスな男であった。

 ツバサの件にしても、通っている中学校の教頭や校長に通告し、さらにはツバサが通うはずだった高校の校長にも連絡をしていた。

 もちろんツバサが万引きをしたという証拠がないことはしっかりと証明されているが、それを知っているのは当然それを確認している書店の店員と店長……そして当人のツバサだけであり、傍から見ただけの神室が知る由もなかった。

 連絡が入ったのは事件が起きてからの翌日である。

 それを知った母親は泣き崩れ、父親は激怒。

 ツバサが言い訳を言い繕ったところで、小火は気づけば大火となり、鎮火する目処が立たなくなっていた。

 噂を聞いたクラスメイトからは冷ややかな目で見られ、ツバサの居場所はなくなってしまったのだ。

 さいわいなことといえば、通うはずだった高校の教員がその書店に赴き、しっかりと証拠を見せてもらった末、ツバサが万引きをしていないと確信した後、彼を受け入れる体制を取っていたことであったが、それをツバサは一生知り得ることはない。



「今更って話だな。今はこの状況をどうにかしないと」


 理解が早いのは、云ってしまえば今ツバサがいる世界から、元いる世界に戻る方法が今現在彼自身わからないことにある。

 その条件がわからない以上、それを探すことがまず最優先のことであり、元の世界に戻れるかは二の次になってきていた。


「とりあえず、歩こう」


 うし――と、両膝小僧を両手で叩き、自分に発破をかける。


「どんな世界でもだ……書店とか書物を扱う場所くらいはあるだろうさ」


 人の声は理解できる。つまりは会話も成立するはずだ。

 ともなれば、問題は文字が読めるかどうか。本が置かれた場所に行って文字の読み書きができれば、一応問題はないだろう。

 ツバサが腰を上げようとした時、その覚悟を裏切るかのように彼のお腹が鳴った。



 ♪



 腹が減っては戦はできぬ……とりわけ戦いに行くというわけではないが、やはりお腹が鳴ってしまった以上はなにか口にせねば。

 と、ツバサは考えては見たものの、


「この世界の貨幣通貨ってどうなんだろうか?」


 財布の中を確認すると、一円玉がジャラジャラと、合計二〇枚。十円玉や百円玉といったものは残念ながら所有していなかった。

 ――やばい、完全に金欠だな。さすがに遊び過ぎた。

 ゲーセンで二千円、ファーストフード店で千円……そのお釣りがたまってのことである。

 しかもそのお釣りもガチャガチャに費やし、今月のお小遣いはほとんどなくなっていた。

 ――さすがに自重しろよ自分。

 過ぎたことは仕方がないと嘆息をつきながら、ツバサは腕を組み、周りを見据えていく。

 商店は……ハッキリ云ってツバサがいた世界と然程の変化はない。

 野菜や果物、肉に魚、生花などがそれぞれ担当して売買されていた。


「んっ?」


 その内のひとつの店に視線を向ける。昔の商店街の映像で見たような仕組みのものがあったのだ。


「あっと、すみません」


 その店へと足を向け、ツバサはソレを指で示し、ソレをたずねた。

 看板に目を向けると、[HSIF]と記されているのが目に入った。文字が鏡のように逆になっているのだ。

 ――文字は読めなくもない。まぁちょっと気をつけないといけないけど。

 そう考えながら、ツバサはもう一度店主の方へと目を向けた。


「これってお金ですよね?」


 それは、金魚鉢にも似たちいさな器だった。それを四点から麻紐で天井から吊るし下げられている。

 金魚鉢には色のついた水が張ってあり、中には一円玉に似た、模様のものが刻まれた硬貨がパッと見ただけでも一千円以上は入れられていた。


「あぁそうだけど?」


 ツバサがあまりにも(この世界のことは無知なのだが)素っ頓狂なことを言っている。

 店は魚屋で、革製のエプロンを巻いた五十を過ぎた大柄な男の店主は、そのような心境で、ツバサを訝しげに睨んだ。


「あっと、それじゃこれって使えるんですか?」


 ツバサは財布から一円玉を見せる。


「あぁ使えるよ」


 店員の言葉にツバサは胸を撫で下ろすようなことはしなかった。

 あくまで使えるとは思えるが、それはあくまでである。

 疑心があるとすれば、「どうして硬貨を水の中に?」


 これである。普通ならば水に漬けなくてもいいのではと、ツバサは疑問に思っていた。

 また一円玉があるのなら、他の硬貨があってもおかしくはないと思っていたこともあったのだが、その金魚鉢を見た限りでは、入れられている硬貨はほとんど一円玉しかなかった。


「あぁ実は硬貨にはちょっとした魔法が掛けられているんだよ。まぁ魔法っつても一種のまじないだな」


「まじない?」


 店員の言葉をオウム返ししながら、ツバサは首をかしげる。


「あぁ、ちょっと見ててくれよ」


 そう言うと、店主は金魚鉢の底に手を当て、鉢を揺らした。

 透明だった水は次第に赤へと変わっていき、次に緑、青の順番に変わっていく。そして青から赤へと戻っていった。

 ペットボトルに入れられた透明な水に色がつくという子供だましの手品がある。

 ペットボトルのキャップの内側に絵の具を少量付け、蓋をして振ると絵の具が解け水の色が変わるというものがあるが、それに似たものであったとしても、色が綺麗に三色別々に変わるようなことはない。


「てな具合にな……で、なんでそんなことを聞く?」


 店主の口調からして、この世界では今見た現象が常識なのだなとツバサは勘付く。

 そして……自分が持っている一円玉はこの世界においては――偽硬貨にほかならない。


「んん? お前さん、ちょっといいかい?」


「あ、いえ大丈夫です」


 一歩、また一歩とツバサは後退りしていく。


「まさかお前さん偽物持ってるってわけじゃないよなぁ?」


 ギクリ……とツバサの胸の音が高鳴り、鼓動が早くなる。


「いいかいあんた……硬貨は由緒ある魔法使いの家系でまじないを掛けられているんだ。偽硬貨を持っているだけで死刑ものだからな」


 凄味を見せる店主の声色に、「高々硬貨のニセモンを持っただけで?」


 あまりにも理不尽だと、ツバサは吠えた。


「一円だぞたかだか一円……そりゃぁオレが持っているのが偽物ってのは――」


「認めるのかい?」


「認めるもなにも、俺が知るわけないっ! まぁ捕まる以前の話なんだがひとつ聞いていいか?」


「冥途の土産に聞いてやろう」


「それ死ぬ直前のやつに言うセリフだよね? まぁいいや……硬貨ってそれだけ?」


「あん? どういうことだ?」


「その言葉どおりなんだけど。たとえば硬貨が一枚あったとして、買うものは硬貨が一万必要だとして――」


 ツバサは言葉を止めた。

 あぁ思い出した。というよりは硬貨や紙幣のパターンが多くなっている現在においてこれを用いているということがないので、ツバサの考えにこぼれ落ちてしまっていたのだ。


「もしかして重みとかで?」


 考えられるとすればこれであった。

 偽硬貨の重さも異なれば、本来の数で図られる物の重さと多少異なる。


「いぃやぁ、っていうかなぁ、お前何処の国の人間だ? もしかして魔女の蝦蟇口を知らんか」


「蝦蟇口?」


 またなんとも可愛らしい名前が出てきたなと、ツバサは肩をすくめた。


「その蝦蟇口に必要な分の硬貨を入れるんだよ。それでお釣りを吐き出してくれるんだ」


「きたねぇな」


 便利なものだということは、店主の言葉からしてわかるが、吐き出すともなると見た目はともかく、触るのはすこしご遠慮したい。


「しっかりとしてるからなぁ、料金はあの鉢の中入れられるって仕組みさ……さて、お前さんはどうするつもりだい?」


 店主にズイッと顔を近付けられ、ツバサはどうしたものかと考えていた時であった。

 なにかちいさな音が彼の耳に入った。


「ここはいさぎよく捕まっておくべきか――」


 どこに連れて行かれるかはとにかく、すぐに死刑になるということはないだろう。

 ツバサがそう楽観的に考えられたのは、


「それはそうとおっさん」


「なんだ?」


 ツバサはゆっくりと指で一点を示した。


「あそこで子猫が魚をくすねているんだけど?」


 そこには猫耳をたてたフード姿の少女の姿があった。


「あ、てめぇっ! また出やがったなぁっ!」


 店主が、その猫娘に叱咤する。


「――っ!」


 それにおどろいた猫娘は咄嗟に逃げ出した。


「待ちやがれこぉらぁっ!」


 怒りは頂点に、店主は逃げていく猫娘を追いかけていく。


「うし、このスキに」


 ツバサはしめたとちいさく笑い、その場を後にした。


感想なんかもらえるとうれしいです。

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