143.6月のたわわ
ビワがたわわに実った
八尾は朝から完熟の実を選んで採っている
ビワの実は枝の先端に生るのだが、枝が柔らかいので実が生っている枝は垂れ下がり手が届きやすい
手が届かない高さも鉤棒で引き寄せて実を収穫出来るのだ
太い枝やあまりに高い枝は諦めてカラスのご馳走に成ってしまっている
べるでがジャムにすると言うのでヘタを切らずに実だけもぎる
実を食べるなら痛まないようにヘタの所にハサミを入れて収穫するが
今直ぐに使うなら直接もぎったほうが早いのだ
あっという間に籠がいっぱいになったので、家に持ち帰り土間で皮を剥く
良く熟れた実はペロリと皮が剥ける
傷が付いている物は合間合間に歯でこそいで食べる
甘味と仄かな酸味がたまらない
虫食いやアリがたかっている物はそのまま土間から庭に放ると鶏がつつく
剥き終わるとまた実をもぎりに行く
べるでとアンはその間にヘタとお尻を切って種を分けて身だけ鍋に入れていく
手入れがされていないビワの木なので果肉は薄い
どんどん切り分けて大鍋に入れていく
剥いたビワの実は手早く処理しないと直ぐに色が悪く成ってしまう
少々水を入れた鍋は既に湯気が出ていて、爽やかな甘い香りが漂っている
おかわりを持って戻った八尾はビワの種を見て果実酒ビンを取り出す
底に種、中程に実の上下を切ったもの、上にまた種を入れて焼酎を注ぐ
ジャム用の砂糖を少し入れて縁いっぱいになったら蓋をする
再び皮を剥いて行く
数回繰り返してやっと鍋八分目ほどの果実が収穫できた
べるでは火が通りだした鍋をかき混ぜつつ身と種の間の薄皮が分離したものを菜箸で取り除いている
早めの昼飯を喰って午後からは収穫だ
べるでは鍋から手を離せないとの事でお留守番だ
「あれ?サツマイモの畑が荒らされてる?いつの間に?」
「また派手にやられたわねっ、抜いて放り投げられてる、サルねっ」
二人は引っこ抜かれた苗を埋めもどす
何本か噛まれて駄目に成ってしまった苗は諦め、代わりにジャガイモを四半分に切って灰を付けて埋める
ストレージで線虫やウイルスのチェック済なので安心安全である
「ポチのおしっこもそろそろ効き目が無くなったかなぁ」
「毎日散歩してるのにっ?」
「臭いの強さじゃなくて慣れ、、かなぁ、臭いだけで実害無いし」
「とりあえずこれで畑の現状回復は完了ねっ」
とアンは林に走って行った、付いて行くと怒られた
「馬鹿っ、こっち来るんじゃないわよっ」
「あぁ、ごめん、マーキングだったか」
「マーキング言うなっ馬鹿っ、お花摘みよっ」
八尾も少し離れた所に入りマーキングした
久しぶりに果物を食べ過ぎたのか大量のマーキングだ
「痛っ、き、きゃぁーーっ」
「どうした、大丈夫かっ」
慌てて駆けつけるとアンは腰を抜かしてうずくまっていた
「どうした、大丈夫かっ?」
「ヘビにっ、ヘビにっお尻咬まれたっ」
ヘビ?と辺りを見回すが特にそれらしきものは居ない
もしマムシとかの毒蛇だったら大変だと
「とりあえず見せろ、心臓に近い方を縛って、、」
「縛るも何もお尻よっ、血清、血清持ってきてっ」
「血清なんてあるわけないだろっ、毒、毒を吸い出さないと、、、と?あれ?」
慌ててポイズンリムーバーを取り出すが慌てて落としてしまった
拾おうとして足元を見ると弾かれたくくり罠が一つ
アンを見ると打ち身にはなってるものの血は出ていない
咬み跡がないか打ち身のところを両手で引き延ばしてみるが何か刺さった跡は無く、物がぶつかった跡だけだった
八尾はほっとしてアンのお尻をピシッと叩く
「大丈夫だ、ヘビじゃ無い、罠を踏んだだけだ」
「へ、ヘビじゃ無いっ?本当にっ?気休めで言ってないっ?本当にホントっ?」
アンは立ち上がって自分で見ようとするが微妙に見えにくい角度でクルクル回ってしまう
「ほらこれだ」
八尾はくくり罠を持ち上げて見せた
「へ、ヘビじゃなかったっ、よっ、良かったっ、うっ、うっ」
アンは安心したのかへたり込んで泣き出してしまった
「立てる?」
「ぅくっ、むっ、、無理っ、立てっ、ぅくっ、、」
手を差し伸べたが腰に力が入らず立ち上がれない
八尾は泣きじゃくるアンを背負って帰った
背中のアンは出会った頃に比べるとかなり大きく成ったなぁと実感する
正直なかり重い
が、流石にヘビー等とは口には出さない
アンはえずきながら泣いている訳を喋る
それを黙って聞きつつ畑を歩くのであった
実際マムシ等は木の根や枯れ葉に紛れると見つけにくい
山の登りで手を付いたら咬まれただの休憩で座ったら咬まれたと言う話は多い
・・・
「いやもうホント駄目かと思ったわよっ」
アンは風呂に浸かりながらため息混じりに言った
「いやぁホントびっくりしたよ、まさか罠の回収忘れが有ったとはなぁ」
「結局タケルのせいじゃないのよっ」
アンは立ち上がって八尾の頭から桶でお湯をかける
「見事な蒙古斑デス」
「うるさいのよっ」
振り返りざまにべるでにもザバーっとかける
「あとちょっとズレてたら大変だったな」
「反省の色が無いっ、ていっ」
パコーン
桶は良い音を立てて割れた




