142.スローライフとは?
夕餉を終えたべるでは襟が擦り切れて駄目に成ったコーデュロイのシャツからボタンを取っている
一通りボタンを取り糸くずを取り除いてパトローネケースに入れる
シャツの縫い目に沿ってハサミを入れ、ぼろ切れを作っているのだ
綿100パーセントの生地はオイルを拭ったり、銃身を掃除するのにちょうど良い
袖口やエリ周り、縫い合わせのところは5センチ程度に切ってある、肘周りも擦れて穴が空きそうな所ろは細かく切っている
他にもボロボロに成ったぼろ切れも細かく切っている
こちらは全て火口にするらしい
火打ち石は単体で火を熾せる訳ではない
火打ち石に火打ち金を勢い良く擦るように当てると鉄が削れ、破片が摩擦熱で燃えるのだ
これを上手く火口に落として火種を作るのだ
べるでは火口用のぼろ切れを空き缶に入れる蓋をした
鳩サブレの空き缶には上に釘で小さな穴が開けられている
それを炭が熾った七輪の上にコトリと置いた
暫くすると缶の上の穴から白い煙りが立ち上る
かなり煙い、側に寄ると目が痛い
雨戸は閉めたが軒先から茅葺きを伝わって家の中も少し煙たい、木が燃えるより細かい感じの煙りが目にしみた
・・・
朝、薄曇りのなか畑からは湯気が立ち上っている
家の中はひんやりとしていたが外はもうもうと水蒸気で溢れていた
お茶の葉を摘んでいると朝日で首の付け根がジリジリと焼けて行くのが判る
吹き出した汗はそのまま流れシャツに吸い込まれ乾かない
時折遠くでロケット花火の音が聞こえる事がある
サルも懲りずに畑に来ているようだ
八尾の畑付近に出没しないのは本当にポチのおしっこが効いているのか
それとも頻繁な見回りと言う散歩が功を奏しているのか判らない
摘み取ったお茶の葉はムシロに広げて軒下の日陰で干す
干し終わった頃にアンとポチが走って戻って来た
「たーだいまっ、べーるでっ、火口の出来はどーよっ」
「おかえり、まだ缶は開けて無いよ」
「なぁにっ?まだ開けてなかったのっ」
「さっき開けてようとして怒られたよ、アンの帰りを待つってさ」
「あららっ悪いわねっ、開けてても良かったのにっ」
「おかえりなさいマセ、お茶入れましたデス」
べるでは縁側にお盆を置いた
・・・
結局なんやかんやで缶を開けたのは翌日の昼前に成った
火口は良く出来ていた
缶を開けると閉める前とほぼ同じ状態であった
違いは色だけ 真っ黒である
八尾は河原から拾ってきた角張ったチャート(石)に折れた金ノコの峰を当てて火花の出方を見ている
「そんなもの使わないでも火打ち金と火打ち石は全員分有るわよっ?」
「いやほら、一つ位新品で残したいじゃん?折れたノコももったいないし」
「貧乏性は不治の病デス」
アンは諦めて火打ち石の角の下に火口を添えて火打ち金を摺り合わせた
カシッカシッ
角度を掴んだら勢いを付けて叩きつける
火花は飛ぶものの火口に乗らないで土間に落ちていく
それでも数回、十数回繰り返すと火花が火口の上にのり、黒い火口を赤く浸食していく
息を吹きかけて赤い火を広げる
麦藁を叩いて細かくした焚き付けに火口を入れて、フウフウと息を吐きかけ続ける
白い煙りが出始めたら焚き付けを振りつつ時たま息をふぅと吹く
火の粉が出始めたのち、白い煙が一瞬消えて炎が立ち上った
囲炉裏に焚き付けを置いて割り箸より細い小枝を乗せていく
小枝に火が移ったら少し太い柴を入れて完了である
鉄瓶に水を張ってお湯を沸かした
出来上がったカップラーメンは極上の味がした




