140.梅雨の一時
雨がしとしと降っている
薄めの安普請な茅葺き屋根は連日の雨に堪えかねて所どころ雨漏りを始めた
そろそろ葺き替えをするべきかのか悩む
「トマトは結構実割れしちゃったなぁ」
八尾は簑の水気を払いながら土間に入ってきた
土間に置いた籠には収穫された野菜がこんもりと盛られている
虫の被害が一段落したと思えば雨で収穫時期のトマトは水を吸い上げ過ぎて実が割れてしまっていた
「ナスは良い感じデス」
べるでは濡れたナスを手拭いで優しく拭いた
雨で跳ね上がった土が除かれるとナスは黒々とその艶を露わにした
「いい感じねっ、このサヤインゲンも柔らかくて美味しそうっ」
「結構収穫あるけど行商人がここの所来ないよね」
「崖崩れが有ったとか何とか誰かが言ってたわよっ」
「かなり広範囲に斜面が崩れて、荷車はしばらく通れないそうデス」
「あぁーじゃあ当面ナスも消費しないとな、もう収穫時期なのが大量にあるよな
サヤインゲンは豆まで育てちまおうか」
「いい加減ナスも飽きたわねっ、煮浸しに揚げ物に田楽に味噌汁、他にレシピ無いのっ?あっ麻婆なすはまた作ってねっ」
アンは指折り数えながらここ最近のメニューからレシピを数えた
「今日はおやきでも作りマスか?」
「おやき良いわねっ」
「ではオネェサマ、切って油で炒めて味噌入れて下サイ」
アンはナスを洗いに外に出て行った
「この雨じゃ干すって訳にもいかないよなぁ」
「ストレージに煎り糠が有りましたから漬け、、」
「あぁ、ストレージに入れておけば良いか」
糠漬けのなすが嫌いな八尾であった
ついでにトマトピユーレの瓶も一緒にストレージに突っ込んだ
こっちは保存期間を伸ばす為らしい
べるではお湯に塩を溶かしだした
どうやらぬか床を作るみたいだ
ぬか床が有ると遠出が難しく無いだろうか?
「ストレージを使えば良いのデス」
べるでは糠漬けなすが好きらしい
・・・
石臼でソバと小麦粉を挽く
あらかじめ脱ぷした小麦とソバの実を石臼の上に置いて、少しずつ穴に落とす
ゴロゴロと石臼を回すとパキパキポリポリと音をたてながら実が潰されていく
外側からは荒い粉と黒い皮がパラパラと落ちていく
粉がたまり出すとべるでがかき集める
大鉢に入れて揺するとソバの皮が浮いてくる
ふーっと息をかけて皮を飛ばす
綺麗に剥けた皮は軽いので土間に飛んでいく
全部挽いたら石臼の上側を目の細かい物に替えて、またひたすら回す
横からは粉になったソバと小麦が零れていく
黒い粒はソバの皮の残りだ 気にせずどんどん挽く
3回目繰り返したらやっと粉の出来上がりだ
べるではお湯を少し入れて掻き回す
そして水を入れてこね上げていくと生地の完成だ
「ナスの味はこんなんでいいっ?」
アンは出来上がったナスの味噌炒めを菜箸で八尾の手のひらに乗せた
「アツっ、アチチ、あふっ、あふふっ」
味噌炒めは油も入って非常に熱い
手に乗ったナスが熱くて、勢いでそのまま口に入れてしまった
「あらっ、まだそんなに熱かったのっ?」
「あふいわっ、、、ふぅ~」
その騒動の脇でせっせと生地に餡を包み込むべるでであった
・・・
昼に雨が上がったので雑草を抜く
トウモロコシの畝に生えた雑草を抜く前には気を付けないといけない
べるでが電柵を付けていたのだ、うっかり触ってしまった八尾は毛が逆立つかと思うほどびっくりした。
びっくりで済んで幸いである、下手すると感電死してしまう
べるでの即席手製なので安全装置など無い 唯一の安全装置は触れるなキケンと書かれているだけだ
バッテリーを外してしばらく待ってコンデンサーに蓄えられた電気が無くなってから作業に取り掛かる
雑草も根がはびこった物は粗方処理が終わっているので
除草用の細め竹ベラを土に少し差して生え始めの雑草を摘まんで抜くだけだ
しかしススキのようなイネ科は早めに抜かないと根の張り方が旺盛なので油断がならない
雑草との地味な闘いはまだまだ続く
・・・
夜に成るとホタルが時折飛ぶ
月明かりの無い夜は殊更である
久しぶりに湿気が飛んだ布団にくるまり上を見るとどこから迷い込んだか、ふよふよと家の中を飛び回り囲炉裏の自在鉤に止まった
点いては消え、点いては消え、と繰り返す
スリープ状態のノートPCのようだ
八尾がふとそんな事を考えていると、べるでが起き上がり、ホタルを優しく手で包むと寝室の雨戸を跳ね上げて外に逃がした。
家の裏手には沢山のホタルが舞っていた
しばらく見入っていると空が晴れてきたのだろうか、月明かりがさしてきた
そのまま二人で外に出てみると夜とは思えないほど明るい
モノトーンの世界でべるでの髪だけが緑色に輝いていた




