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第8話 歯車の狂い方

 うーん、やっぱりノリで逃げてきたのは間違いだったかな……。

 チェシャ猫は結構優しかったし……変態だったけど……いや、わざと信用させるためじゃ……でもなあ……。



 あ、えーと、こんにちは、光野ありすことアリスちゃんです!

 ただいま見知らぬ変な場所にいます、つまり迷子です。誰か助けて下さい!


 ……なんて言ってみたけど。

 うん、虚しいよ。やっぱり大人しく従ってた方が良かったかな。もしかしたら、味方だったかもしれないよ? チェシャ猫もさ。

 ……いや、あの変態に限ってそんなことないと思うけど……でも、そこまでひどいことはされそうじゃなかったし……うーん……。

 でもまあ、帰り道も分かんないし、もし戻れたとしてもそこにまだチェシャ猫がいるかどうかは別問題だよね。


 ……はあ……。


 私、ここで死ぬのかな? こんな得体も知れないよく分からん異世界の辺境で? ここまでくるともう、完全に夢っぽくないし。

 さてさて。ここは森の中にも見えるけど、一体どこなんだろう。少なくとも、さっきの森じゃない。……と思う。


「……チェシャ猫ぉ……」


 ……って私、何であんな変態の名を呼んでるんだ。

 呼ぶならこっちだろう、せーのっ……


「ハクくーん!」


 ……


 …………出てこない。

 それもそうか。ちょっとがっかり。


「おい、あれ……アリスじゃないか?」

「本当だ。アリスだ」


 背後からガサッと音がして、驚いて振り返ると、茂みから二人の男が飛び出してきた。

 薄笑いを浮かべた、体格のいい男たちだ。


「っ!?」


 私は咄嗟に身をかわしてむさい男に抱きつかれるという最悪の選択肢を排除したけれど、二人は狂ったようにこっちに走ってくる。

 見つかった……? ここの住人に。

 大きい声、出しすぎたのかも……や、やだ。


「捕まえろぉ!」

「やっ……」


 パニック。

 恐怖。

 吐き気。

 また、よみがえる。


 私を捕まえようとして。私は捕まりそうになって。


「いやあああ!」


 叫んだ瞬間――二人の男は、ぱたりと倒れた。


「……え……?」

「……アリス、大丈夫……?」


 倒れた人たちの後ろ、そこに立っていたのは、私より小さな男の子。

 茶色の髪の上に丸い耳がちょこんとついていて、薄く柔らかな桃色の瞳で私を見つめている。


「……あ……」


 その子を見たとたん、さっきまで身体を支配していたパニックも恐怖も消え去って。

 驚くほど、安心した。


 彼が、私を助けてくれたの?


「僕はヤマネ――君はアリスでしょ? 助けにきたよ」

「助け……に……?」


 ――っていうことは、この子は私の味方? 何だか、眠そうに目をこすってるけど。

 じゃあやっぱり、さっきもあの男たちを倒してくれたのはこの子?

 私はそう思って、じっと男の子を見つめる。


「僕、帽子屋やミルクとはぐれちゃったんだけど……アリス、知らない?」

「え、帽子屋……と、ミルク……って――あの人たち!?」


 そういえば、さっきそんな人たちに会った気がする。

 えーと……いや、どこ行ったかは知らないけどね。


「あ、もう会ったんだ……じゃあ、僕置いてかれたのかなあ……」

「や、ヤマネ君? 落ち込まないで!? 偶然だと思うよ、いやってか偶然だから! 大丈夫!」


 何で私が慰めてるんだろう。

 ヤマネ君は悲しそうに俯いてるし。


「……そうだよね、結局アリスと一緒にいないんだし。あの人たち……どこに行ったの……?」

「えーと……帽子屋って人はどこ行ったか分かんないけど、ミルク君なら――け、蹴って捨てて置いてきちゃった……」


 最後の方は小さい声になりながらもそう告白する。

 チェシャ猫と一緒に、さっき置いてきたんだよなあ……。

 やっぱりあれはひどかったかな。反省。


「ん、ミルク、また変なことしたんでしょ……? ごめんね……」

「え、あ、ううん! ヤマネ君が謝ることじゃないし、それにそんなに怒ってないよ! 私も蹴っちゃったし」


 にこ、と微笑むヤマネ君。

 か、かあいい……!

 弟にしたい。出来ればお婿さんに――って待て。落ち着け私。


「アリス、僕は君を守るから。この手を取って、一緒に来て。きっと元の世界に帰してみせるから」


 私を見上げて、手を差し出すヤマネ君。

 微笑みながらも、その瞳は真剣で。

 な、何だろう? ふわふわした気持ち……この手を、取っていいのかな? 信じて、いいんだよね……?


 いいんだね?


「う――うん」


 私は、ためらいながらもその手を取った。

 彼の瞳を見つめて、何かの、甘い魔法にかかったように。






 その瞬間、歯車の狂い方が変わった。




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