表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/105

第81話 ごめんねいとしの

「それで。ありす、何か言い訳は?」

「……ないです」


 しいて言うのなら、もういい加減足がしびれてきた――公爵夫人さん、帽子屋さんのおっそろしく長い(具体的な数値は出したくないくらい)説教を正座で受け続けた私のことを思うのなら、せめて足を崩すことくらい許してくれませんか。

 そんなわけで私は結局夫人の屋敷に逆戻り、他の人は言わずもがな。……チェシャ猫が言った通り、帽子屋さんと公爵夫人は百までと言わず千までものお小言をとっておいてくれていた。


「勿論グリフォンにも非はあるわよ。貴女のことを任せた以上、貴女に何を言われたからといってああやって逃げてくるなんて、とても感心できることじゃありません。だからグリフォンもしっかり叱っておいたけれど、でも、貴女にももっと弁えてほしかったわ」

「帽子屋さんにもおんなじことを言われました……」

「だって、ありすったら全く分かってないんだもの。――ねえ、ありす、今回のことはあんまり軽率すぎたわ」


 ソファーの上でまるまっている――心なしか前見たときよりも羽がいくらか縮んだような――グリフォンをちらりと一瞥し、公爵夫人さんは重々しく言う。

 軽率すぎた、か。

 それはその通りだ。あそこでほいほいとドードー鳥についていくなんて正気じゃない、……メアリのことは真っ赤な嘘で、あれはただの罠で、殺されていたとしてもおかしくなかったのだ。

 ――私だって、チェシャ猫から聞いてはいたけれど、誰一人欠けることなく屋敷に戻ってきているのを見て思わず安堵した。……逆も同じであったとして、何がおかしいだろうか。


「……ごめんなさい……でも、逃げようがなかったから、せめて……グリフォンだけでもって。扉でも破られたりしたら、怪我をするかもしれないし」


 言い訳だとは分かっている。でも私はもごもごと呟いた。

 交渉をすれば、せめてグリフォンだけでも逃がせると。

 二人とも道連れだなんて、それは嫌だったのだ。


「……貴女の言いたいことは分かるわ。私たちだってもう、アリスだけ助かればいい――そんなことは思ってない。貴女はもうアリスでもないのだし。でもね、ありす、それは貴女でも同じなのよ」

「え?」

「グリフォンさえ、一方さえ助かれば、もう一方はどうなってもいい。二人犠牲になるくらいなら、一人でも助かった方が……それはたしかに、合理的な考え方かもしれないわ。でも、それを受け入れないと最初に突っ撥ねたのは、貴女でしょう」


 たしか、私が、出て行ってしまったチェシャ猫を追いかけた時。

 ――同じようなことがあった。

 アリスさえいればいいのかと私が怒って飛び出していったことを、きっと、みんなは強く記憶しているのだろう。

 ……そうだ。私が言い出したこと。合理的には、あまりにも、受け入れられない。2引く1なら1が残っても、ふたりからひとりを引いたら、そのひとりは永遠に戻ってこないんだから。


「……心配、かけて、ごめんなさい」


 思わずうなだれる。

 ごめん。私たちは、仲間なのに。

 勝手な行動は慎むべきだった。自分を売るような真似も。

 ああ、やっぱり、グリフォンに言われた通りだなあ。私、もっとよく考えないと。そのためには、たくさん、たくさん学ばないと駄目だ。


「……あの。もし、同じ状況に陥った時、夫人だったらどうしますか?」


 心に決めておずおずと尋ねると、彼女は優しく笑った。


「私? 私なら、そうね。ありすは思い切りドアを開け放ってぶつけた、んだったかしら。とにかく一瞬でもドードー鳥の隙を作れたのよね?」

「え? あ、はい」

「私なら、その隙にグリフォンに乗せてもらって逃げるかしら」

「……あ……、……そっか」


 盲点だった。

 ……いや、単に私が馬鹿なだけか。

 別にグリフォンに一人で逃げてもらう必要はない。メアリの居場所だって――、もしその後みんなとうまく合流できたのなら、ドードー鳥を捕らえて聞き出すこともできたのだ。


「……いやになるなあ、私……」

「ほんとだよお……」

「あんたは黙ってて!」


 呟く同意の声をばしりと切り捨てる、が。

 ……グリフォン?

 あまりに暗すぎる声に、私は瞬いた。

 まだ身体を丸めたままのグリフォンが、不機嫌そうな顔で、こっちを見ている。


 ――そうか。私のせいで、グリフォンはきついお咎めを受けたのだ。


 もしかしたら、本当に羽根も抜かれて火にくべられたのかもしれない。ここの人たちは冗談にならないことをするから。

 ……だとしたら謝らなきゃ、よね。


「ごめんね、グリフォン?」

「…………」

「……怒ってる?」


 私はそっとグリフォンに近付いて、あやすように頭を撫でてみる。……小さい子か。

 自分で自分に突っ込んだけれど、グリフォンは怒る様子もなく、ただぽそりと呟いた。


「……ありすが元の世界に戻らないで俺と暮らすって言うなら、許してあげる」


 ……こいつは。まだそんなこと言ってるのか。

 思わず嘆息。いや、そんなこと言われたって、できないものはできないんだけど。


「それはどう考えたって無理だから。ね? グリフォン、わがまま言わないでよ」

「じゃあ許さない」

「だーっ、もう、子どもじゃないんだから……!」


 困った奴だ。私にどうしろって言うんだ。


「……じゃあ、せめて」


 肩を竦める私の、広がったスカートの裾を引っ張ってグリフォンは言う。


「せめて。まだ帰らないって約束して」

「……はあ?」


 今度は何を言い出すんだ、こいつ。私は眉を吊り上げた。

 そうしてまで私を引き止めたいのか?

 ていうか、今日に限って何でこんなに暗いわけ? お咎めを受けたから、ってそれだけでもなさそう。


「帰ってきてからずっとそんな調子なんだ、グリフォン」


 訳が分からず首を捻る私に、後ろからエースさんが朗らかに言った。

 ……帰ってきてから?

 それってつまり、私がグリフォンを逃がしてからってことか。――どうして?


 え、もしかして、こいつも罪悪感を覚えてるってこと……?


 驚いてグリフォンの金色の瞳を凝視すると、ふいと、グリフォンは顔を逸らした。

 ……明らかに不機嫌そう。口をへの字に結び、――でも、今まではいくら怒らせたってこんなことはなかった。

 でも、じゃあ、これがもし怒っているってことじゃなく、他の何かの合図なのだとしたら……?


「……グリフォン? もしかして……悪いって、思ってる?」


 恐る恐る尋ねる。逆ギレでもされたらどうしよう、って。

 でもそんなことは決してなく、グリフォンは顔を背けたままに、不機嫌な声で呟いた。


「……ありすが……もしかしたら殺されるかも、って途中で思った。……その瞬間、俺は自分で自分を殺したくなった」


 ――。


 ……ああ、何だ。

 何だ。

 それきり口を噤んでしまったグリフォンの背中を見ながら、私は、安堵がじわりと胸に広がっていくのを感じていた。

 ――何だ。グリフォンも、同じなのか。

 お互いさまって言うか、相殺って言うか。……おんなじだって言うか。


 怖かっただけ、なんだ。


 それはただ、不安で仕方がないっていう合図。

 ごめんね、って謝りたいって合図。

 安心して、そして、もどかしく感じたっていう、ただそれだけの合図――。


「……ただいま、グリフォン」


 ソファーの肘掛けに顔をうずめ、私は呟く。

 無事に帰ってきたよ、って。心配かけてごめんね、って。


「……お帰り、ありす」


 振り返らないまま、でも少しだけ口調を和らげ、グリフォンは言った。

 一対の羽が、小さく振れる。

 そして、ふと空気を占める静寂。


「ごめん」

「ごめんね」


 ――それを割るように、ほとんど同時に謝った。

 またお互い口を噤む、そして、グリフォンはようやく振り向いて。


「……俺の方が一瞬早かったよねえ?」


 笑った。


「一瞬早かったから俺の勝ちいー」

「……え? 嘘? そういう話じゃなくない?」

「だってどっちも謝っちゃったから、他じゃ勝負つかないじゃん」

「そもそもが勝負じゃねーよ!」

「え。じゃあ今のって一体何なのお?」

「何なのって……仲直り、それでいいじゃない」

「じゃあありす、俺と暮らしてくれる?」

「それとこれとは話が別でしょうがっ!」


 調子を取り戻したグリフォンに、いつも通りに怒鳴る私。

 ……あー、うん、やっぱりこれがちょうどいいのよね。

 何ていうか、一番はじめに、私とこいつであった関係。……一緒に暮らすのはごめんだけど。何でそんなに疲れそうなことを私がしなくちゃならんのだ。


「まあいいや。まだ時間はあるもんね、――だからありす、俺がいない間に勝手に帰っちゃ駄目だからね?」

「そ、そんなこと言われても……」


 こいつ、本気か……。

 手強い相手だと思いつつも、私も、悪い気はしない。

 ……何だかんだ言いながらも。


 きっと、もしどこか遠いところで出会っても、私たちなら自然に話せるんだろうな。


「あー、グリフォンばっかり構ってずるい!」

「僕らも構ってよありす、僕ら役立たずとは違ってちゃーんとお城の兵をいっぱい倒したんだよ?」

「わあっ」


 後ろから突然背中にぶつかってくる二つの衝撃、――ディーとダムだ。

 痛た……、こいつら、今、結構本気だったぞ……。

 背中をさすりながら振り向けば、ディーとダムは得意顔で。


「怖くて俺の後ろに隠れてたくせに、よく言うよ」

「何だとー!?」

「エースこそジャックを逃がしたくせに!」


 エースさんがひょいと肩を竦め、ディーとダムは怒って頬をふくらませる。


「仕方ないだろ? こそこそ隠れるどっかの誰かさん方を庇ってたんだから」

「最低ー!」

「最低ー!」


 ……なんか、色々あったみたいだなあ。

 そんなことで言い合うのを聞きながら、私はふと思う。

 ――これから……どうしたら、いいんだろう。

 女王様は、アリスの引き継ぎが終わったからと言って相も変わらず私を返してくれる気はなさそうだ。

 みんなが無事だったからよかったものの、今度のことはほとんど空振りに終わったと言ってもいい。

 ただ、メアリだけは……収穫、って言うと失礼だけど。

 彼女は一応私たちと一緒に帰ってきて、今は仲間としてこの屋敷にいる。でも、彼女は帰ってきてからもう半日、ずっと眠りっぱなしだ。……随分気を張っていたものの、彼女は、私と変わらないくらいの女の子なのだ。だから今は休ませてあげた方がいいだろう。とても助力を期待するべきではない。

 それに女王様も、私がアリスじゃなくなった以上、今回のように簡単に攻めさせてはくれないだろうし。……今回のがそれなりに上手くいったのだって、奇跡みたいなものかもしれない。


「……ありす? どうかした?」


 ディーとダムを脇に抱えたエースさんが、不安顔で覗き込んでくる。……心配してくれるのはありがたいが、うん、何がどうしてそうなったんだろう。じゃれてた結果?


「……あの。これから、その……一体、どうしたらいいんでしょう?」

「これから……? ああ、女王陛下のこと?」

「はい。あの、今回がたぶん絶好の機会だったのに、その、女王様は逃げちゃったんでしょう。これからはやっぱり警戒も強まってしまうんじゃないかなって」

「うん、まあそれはそうだよね。でも……まあ何とかなる気がしない?」

「しません」


 うん、聞く相手が間違っていた。


「えっ、待って待って、ありす。その反応はあんまりだと思うな」

「私は貴方の反応の方があんまりだと思います」

「底冷えするような目で見ないでくれよ! だってほら、ね、今はこっちに白兎もいるしさ――」

「……え?」

「……え?」


 ……え?

 ――エースさん、今何て?

 思って発した単語だったが、まるで同じ反応で返された。

 何。白兎? ハク君が、何だって? 突っ込む気力もなく、ただ口を開けて呆然と固まり続けている。と。


「ありす。帰ってきてたんですか」


 幼い声音に、大人びた口調が印象的な。

 ……物凄く聞き覚えのある声が、私のちょうど真後ろから、私に向けて言葉を投げかけた。


 心臓が、跳ねる。


 ぎこちない動きで、つたないペースで、私が声の方向を振り返ると。

 そこには。


「……何ですか、その顔は」


 白いタオルを傾げた細い首にかけて、座ったままの私を胡乱げに見下ろすハク君がいた。






 ……一つだけ突っ込ませてもらおう。


 何でお風呂上がりなのさ!

ごめんねいとしの、


×マイダーリン

○マイフレンド


関係ないですがハクはおそらくからすの行水、にみえて長期戦派です。とってもどうでもいいけど(^q^)←

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ