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第75話 金色の熱情

作者の名前が変わりました。

今後ともよろしくお願いいたします。

 けれど私は、グリフォンの言った言葉が妄言ではないということを、10分も経たないうちに知ることになる。





「……結構広いのね、あんたにしては」

「どういう意味さあ、それ」

「あんたの心の広さには比例しないわねってこと」


 ……いや、グリフォンは別に心が狭いというわけではないのか? いやまあそんなことはどうでもいいか、ありすです。こんにちは。

 ただいまグリフォンの家(自称)にいます。実は他の人の家だったとかいうオチじゃないかとちょっとドキドキしつつ、柔らかそうなソファーに座ってみてしまいました。……こいつ住むところあるんじゃん。別段劣悪な環境というわけでもないし。


「あんた、家ないんじゃなかったの? ていうかさっきそう言ってたわよね。自分の口で」

「ああ、……俺、自分の家があること忘れてたんだあ」

「健忘症か」


 突っ込みにいまいち切れがないのは疲れているからというか、それどころじゃないからというか。いつもだったらもっと切れのいい、とか、そんなことを言っている場合でもないんだけど。こいつのアホっぷりにもいい加減慣れたし。


「……でも、大丈夫なの、ここ? 確かに街からは離れてるけど……お城の兵に見つかったりしないかしら」

「さあー」

「さあ!? お前本当いい加減だな!」


 私は思わずグリフォンをソファーから蹴落とした。……無意識ですてへ。

 ていうか隣に座ってるこいつが悪いのよ。暴力娘だ何だ散々馬鹿にしておきながらそんな危険人物の隣に座るこいつが悪いのよ! ええい隣に座り直してるんじゃない!


「俺には何とも。お城の兵は目敏いからねえ」

「いや、目敏いってか、ここ街から離れてるって言っても普通の家だし……普通に見つかると思うけど」

「え、うそ?」

「嘘じゃないわよ」


 こいつ、さっきから言ってることが滅茶苦茶だ。……疲れてきた。でもそれもいつものことだ。


「んー、でもまあとりあえず兵の姿は見えないし? まずは落ち着こうよありす、ほら、お茶でも飲もっか」

「お茶でも、ってそんな悠長な……てかあるの? このしばらくの間放っておかれたような家に、ちゃんとしたお茶が?」

「冷蔵庫どこだったかなー……」

「そこからか」


 駄目だこいつ。冷蔵庫ってお前、失くして探すようなもんじゃないでしょ。

 うーんなんて唸ってるけど、グリフォンさん、冷蔵庫と思わしき物体は貴方の目の前にありますよ。


「まあいいや! 見つからないし」


 ……ああ、もう私は突っ込まない。


「それよりこれから……どうするの? ここでずっと待ってるなんて、そんなわけにもいかないでしょ」

「どうしようねえ。……あ、ほら、ここはありすのその持ち前のやってから後悔する行動力で!」

「貶してんのかお前は!」


 思い切りラリアットをかます。こいつ、まさかわざとやってるんじゃないだろうな。痛いとか言いながらちょっと嬉しそうなんですけど……私、心底こいつが苦手だ。近寄りたくない。


「え、何で引くのおありす……とりあえず考えてよ。これからどうするか」

「私あんたの親の顔が見たいわ」

「え、何、ご挨拶? 街の方に戻らなきゃだから危険だと思うけど……」

「だーっ! そういう意味じゃないわっ!」


 何もかも伝わらないこいつ! 何がご挨拶だ! 誰がお前の両親なんかに――いや、それはさすがに失礼だけど。大体、挨拶することなんて何もないっつーの。結婚するんじゃあるまいし。ていうかご健在ですか。……こいつの親ならピンピンしてそうだなあ。長生きしそう。憎まれっ子世に憚る、ってね。親御さんまでこんな性格なのかどうかは知らないけど。


「うーん、でもありすがその気なら俺、頑張るよお?」

「人の話を聞けっ!」


 もう一発。ああ、頬を染めて一体何を言ってるんだお前は……! 乙女か!

 そしてどいつもこいつも、最近何でこんなにでろっでろなわけ!? 一体何だっていうの! そんなの私は求めてないっちゅーに!


「ひ、ひどいなあ、ありす……少しは歩み寄ろうっていう気ないの」

「ないわよ」

「即答しないでよおー……」


 だってないですもん。私は繰り返す。ねえよそんなもん。微塵もねえ。

 まるで無駄な努力だ。どうせ分かり合えないのに。大体分かり合いたくもない、こんな奴。


「あ、ていうかさあ、ありす。聞きたいことがあったんだった」

「は? 何」


 しかもグリフォンは大してしつこく粘るわけでもなく、あっさりと違う話題を持ちかけてくる。……うん、やっぱり分かり合える気がしない。

 今のがそれなら次もどうせこいつのことだからロクなことじゃないだろう、と私は反射的にソファーの上で身体を引いた。すると。


「ありすってやっぱり、チェシャ猫と好き合ってるんだよねえ?」


 ……やっぱりロクなことではなかった。

 ちょこんと首を傾げるグリフォン、は、それだけ見れば可愛らしく見えないこともかろうじてない。……かろうじて。しかし、その科白で全てが台無しになる。

 大体私は同じことをお屋敷出る前にも言われたぞ。二人は好き合ってたんだねえ。一体何なんだお前。人の色恋沙汰に興味があるお年頃か。


「だから……、あんた、少しは弁えなさい」

「え、でも好き合って」

「うるっさいわ! 好き合ってる言うな! 私は一度も好きなんて言った覚えない!」

「え、……じゃあ違うの?」


 ええいうるさいこいつは! クラスの噂好きの女友達だって、こんなにはうるさくなかった。それに聡かったし。しつこい上に鈍感って最悪よ。


「違うんならさあ、ありす」

「何よ。これ以上ロクでもないこと言わないでね」

「ロクでもなくないよおー、失礼な」


 お前が一番失礼だ。


「俺と一緒に暮らさない?」


 お前が、い、ち、ば、ん、失礼だ!


「死に晒せっ!」

「うわあっ!? な、何するのありす! 何で殴るのお!?」

「殴るしかないわよ! 何なのあんた! 一緒に暮らさない!? これから元の世界に帰る人間に向かって何を言ってんのよ!」


 私は殴った。殴ってやった。それは勿論、全力で。……全ての力と怒りと罵倒を込めて。

 さらに引っくり返ったグリフォンに向けて、投げつける言葉の暴力。――それはあまりにひどいって? 大丈夫、こいつの頭が一番ひどいわ。


「だーかーらー、ありす、最後まで聞いてよ」

「最後までも何もあるか! それとも何、あんたのそのふざけたストーリーに続きがあるとでも――」

「聞いてってば」


 有無を言わさぬ口調。グリフォンにしては珍しかったから、私は思わずぽかんと口を開けたまま固まる。何?


「だから、元の世界に戻らないで――俺と一緒に暮らさない、って」


 ――それは、蛇の、誘惑。


 能動的な熱を帯びた金色の双眸が、私の目を覗き込んだ。








 ああ、どうしてみんなそうやって、私を帰れなくしようとするの?

 心臓の音が私の焦燥を掻き立てる。お願い、この音が聞こえませんように。


 だって私は帰らなくちゃ。元の世界に帰らなくちゃ。――12時の鐘が、鳴る前に。



《ああ、でもアリス、ここは豪奢なお城じゃなくて不思議の国。12時の鐘に惑わされることはない》





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