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第74話 夜が明ければ朝が来るように

 まだ少し冷たい風が頬を撫ぜ、暁光がきらきらと輝いている。

 朝の空気は、いろんな言葉で詰まった喉をすっきりさせてくれた。

 見渡す限りの小さな街に、森に、広い世界。あんな竦むような威圧感を覚えたお城でさえ、上空から見れば私の手の平ほどしかない。


 ――グリフォンに抱きかかえられて飛んでいくのは、思ったよりも心地のいい体験だった。

 前みたいにふらふらしていないっていうのが多分一番大きいんだろうけど……、変な話、何だか、グリフォンがいつもより大きく見えて。

 私が、私という存在が、この世界の中で小さすぎただけかもしれない。


 嘆息。


「……何か、ありす、本当にいつもよりしおらしいねえ」


 グリフォンがふと、沈黙という白い紙に墨を落とすように、言葉をこぼす。


「……、……今の状況で威張り散らしていられるほど、私の神経図太くないわよ」

「……何? ありす、後悔してるの?」


 私が刺のある口調で肯定すると、ふいに、グリフォンの口調が鋭く尖った。私は唇を噛んで頷く。あれで自責の念に駆られない方がおかしいだろう、――みんなを危険に晒しておいて。

 馬鹿みたいだ、ってことは分かってる。……私が一番よく分かってる。

 あれじゃ、何のためにお城に行ったんだか。殺されに? 笑えない冗談だ。責められたって仕方がない。


 けれど。


 その口調は私をそれ以上責めることなく、ただやさしく和らいで。


「んー……俺は、いいと思うけどなあ……」

「……どういう意味よ?」

「あ、別に帽子屋たちが殺されてもいいって意味じゃないよお。あの人たちいなかったら俺、今じゃ住むところも食べるものもないしい」

「何か典型的な駄目男よねあんたって……」


 ヒモかお前は。


「そうじゃなくてさあ。俺は、ありすらしくていいなって言ったんだけど」

「は? ……私らしい?」

「うん、そうー。一歩進んで二歩下がるみたいな」

「下がってるわよそれ!?」


 意味ない意味ない!

 ていうかこいつ、今回飛ぶのはまともでも中身は全っ然変わってないぞ!

 それともそれが私らしいっていうのか!? この野郎! どうせ全体的に後退してますよ!


「何ていうかさあ、ありすってちょっと、後先考えないところがあるからさあー」

「……あんたに言われたくはないけどその通りね」

「俺もありすには言われたくなーい」


 殴ってやろうかと思ったけど上空なのでやめておいた。


「だけどねえ、俺、ありすのそういうところにはみんな救われてると思う」

「え?」


 救われてる?

 どういう意味だと、私は思わず眉をひそめた。

 けれどグリフォンは、そんな私に向けて穏やかに笑んでいる。……何だこいつ気持ち悪い。


「何ていうか、こうだったらどうしよう、ああだったらどうしようとか……考えないでしょ? ありす」

「……ええ、ええ、私の頭じゃ考えつきもしませんとも。ここの人は考えることが高尚すぎて」

「不貞腐れないで最後までちゃんと聞いてよおー」


 いや、だって馬鹿にされてるじゃん。

 何でこんな正面から堂々と貶されねばならんのだ。


「だからね、ありすは、そういうところすごいなあって思うよ」

「は? 今の流れで一体何が――」

「俺たちは、いつも怯えてる。アリスを失ったらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、望み通りにしてあげられなかったら、とか」


 グリフォンの言葉。私は思わずきょとんとする。

 だって、……そんなの。


「普通だと思うわ。誰だって迷わずには進めないし、いつも何かに怯えてる。……大体その言い方だと私が何も怖くないみたいに聞こえるけど、私、女王様もジャックも怖いしついでに言うならあんたも怖いわよ」

「え! 俺のどこが怖いって言うのさ!」

「全体的に」


 その腐った性根とか曲がった根性とか特殊な性癖とか。できるなら金輪際近付かないでほしい。


「ひっどいなあ……いや、だからありす、そうじゃなくてさあ。何にも怯えてないなんて言わないよ。大体、そうだったら後悔なんてしないでしょ」

「そりゃそうね」

「だけどありすって、何でもやってから後悔するじゃん」


 そりゃあ後にならないと後悔はできないでしょうが――ていうか、こいつ完璧私のこと馬鹿にしてない? 何? すごいの根拠何?

 こいつは無意識に私を貶しているのだろうか。それとも分かっていてだろうか。後者だったら殴る。前者でも殴るけど。


「な、何さその目? ……殴るんだったら下りてからにしてねえ」

「……下りてからならいいわけ?」

「や、優しくしてね?」

「キモいキモいキモいキモいっ!」


 殴ってやった。思わず。


「ひ、ひっどいありす! 下りてからって言ったのに!」

「今のはどう考えてもあんたが悪いわよ!」


 ああ、ぞっとしたわ!

 何も考えずに怒鳴りつけてしまったが、私に非はないはずだ。鳥肌が立った。上空ということも忘れて思い切り殴ってしまったのも仕方がないことだろう。

 ……まあ、結局落ちなかったから何だっていいんだけど。


「忘れてたわ、あんたがドのつくマゾだってこと」

「ありすはドのつくサドだよねえ……」

「うっとりすんな。死んでこい」


 ああ、何で私こんな奴に抱えられてるんだろう。逃げ出したい。今すぐ。

 さもなければ早く地上に下ろしてくれ。こんなんじゃ私の身がいくつあってももたない。


「まあ、とにかくさ。俺たちはありすのそんなところを評価してるってこと」

「え? ……ドのつくサドだってところ?」

「違うってばあー」


 あ、……やってから後悔するところか。それはそれで複雑だけど。

 ていうか、変な合の手が入ってしまったせいで色々と吹っ飛んだ。駄目だ駄目、落ち着け。


「失敗もするけど、前向きに進んでいこうとする。だから俺たちはそんなありすの手伝いをしたいし、守りたいって思うんだ。アリスとかそんなの関係ない。ありすといたら、何もかも新鮮だから」

「……照れるわね畜生」


 まさかグリフォンの口からそんな言葉を聞く日がくるとは思ってもいなかった。

 前向き、か。

 ……そんなつもりはなかったけど、もしかしたらそうなのかもしれない。


「だってさあ、白兎があんなに人に優しくしてるの初めて見たよおー?」

「……え? ハク君、十分冷たいと思うんですけど」


 嘘だ。冷血漢だよあの子。


「あれでも十分優しいと思うけどなあー、任せましたよだって。……白兎に何か頼まれたの初めてだよ、俺。ちょっと感動したし」

「え、いや、だからそれは彼にとって私が云々じゃなくて、彼が私に呪いを解いて欲しいって言ったから――」

「呪い?」


 懸命に――何故だか――弁明する私に、グリフォンが微かに眉をひそめる。

 いや、呪いという言葉の意味が分からなかったわけではないだろう。……詩人みたいなその言い回しは、この国の人共通のものだ。グリフォン相手にも、そんな話をしたことがないわけでもないし。

 だから分からないのは多分、ハク君が私に頼んだという部分のことだ。――呪いを解いてください。私は今でも、彼に何かを頼まれたという事実が信じられない。


「だからね、うーんと、ハク君に言われたのよ。この国の呪いを解いて下さい、って。……その意味は分かるわよね?」

「分かるけどねえ。そうか、そんなこと言ったんだ。白兎らしいなあ」


 からからと笑うグリフォン。……らしい、のか。頼み方、とか? いや、この国の人はみんながみんな詩人のような大げさな喩え方をするけど。聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいに。


「でも、それを頼んだのもありすを信頼してたからじゃん。じゃないとあの子、そんなこと言いもしないだろうしねえ」

「……買いかぶり、だと思うんですけど……」


 私、そんなに大層な人間じゃない。

 ――ああ、恥ずかしくなってきた。何かすみませんほんと。萎縮する私にまたグリフォンが笑う。


「ま、白兎の話はとりあえずいいや。それより行こっかあー、ありすを安全なところまで連れて行かなきゃだしね」

「安全なところ……って、そんなところ、ある?」


 持ち出された話に、私は不安になって聞いた。

 たとえどこへ逃げたって、すぐにお城の兵隊たちに追い詰められそうなものだ。……アリスじゃなくなったから、もう住人に狙われることはないとしても。


「そうだねえ――」


 そこでグリフォンは思案するような素振りを見せた。……え、考えてなかったのか。

 私は思わず軽くこめかみを揉む。不安だ。ものすっごく不安だ。死ぬほど不安だ。こいつ、これでいいのか? いや、いいはずがあるまい。反語している場合でもないが。

 嫌な予感と払拭できない懸念を抱きつつも、お行儀よく――上空なので仕方なく――待っていると、グリフォンはようやく思い付いたように口を開く。


「――あ、じゃあ、俺の家に来る?」

「……は?」


 は? ようやく出てきた答えに私は思わず間抜けな声を上げてしまった。が。

 ……そう反応するしか、ないだろう。

 俺の、家?




 あんた、さっき帽子屋さんたちがいなけりゃ住むところもないって言ったばっかりじゃなかった?





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