第69話 メアリ=アンの密やかなる策略
「チェシャ猫!」
叫びながら、私は屋敷の中に転がり込んだ。
とある日の昼下がり。長閑な空気は、どこへやら。
焦りが全身に広がる。声を出したせいかもしれない。まるで、私の一言で時が動き出したかのようにさえ感じた。そんなのは気のせいだと分かっていても。
私には一体、あとどれくらいの時間が残されているんだろう? 正直よく分からない。だって結局はこの国のルール――女王次第なんだもの。だからこそ焦る。すぐそこまで迫っている終わりを、私は手探りで探している。
チェシャ猫、どこ、どこ? 終わりを探すのと同じように、見慣れた姿を探す。何故彼なのかは分からないけど。部屋ではない。部屋にはいない。部屋は空っぽで、物音一つしなかった。
……物音一つ。
私はそこで、はたと気付く。屋敷の中には今、チェシャ猫どころか、他の人の気配さえない。気配……というよりは、談笑、喧騒、足音、息遣い。つまり、誰か私以外の人がいる様子。それがまるでないのだ。どういうこと? もしかして、もう――。
嫌な予感に押しつぶされるかのように私は足を止める、けれどそこで、階下から声帯をねじったような掠れた声が聞こえた。
「ありす! 来ないで! 来ちゃ駄目だ!」
悲鳴のような声だ。――チェシャ猫の、声。
何かが起きている。
私はそれで、ようやく確信する。
けれど躊躇はなかった。来ちゃ駄目、って言われてるのは分かる。足手まといで、出てくると邪魔だからだ。私だってそれが分からないほど馬鹿じゃあない。
……分かるけど、だからってはいそうですかって大人しくしてられる? 時間が、ないのに。
そもそも、ここで言い付けに従って立ち止まったとして、その後どうすればいいのか私には分からない。私の知らないところで何かが始まっていて、終わりかけているのかもしれないのに。大体、それは私に関係ないことじゃないわけでしょ? それならなおさら、とても大人しく従うわけにはいかなかった。
「チェシャ猫!」
だからごめんね、悲痛の叫びは頭半分で無視。
手すりに手を掛け、階段をできる限りの速さで駆け降りる。ここ最近は毎日使っているはずの階段なのに、何故かいつもよりも長く感じた。
最後の3段をまとめて飛ばせば、途端に視界が大きく開ける。目の前に広がったのは玄関ホール。それでさえ豪奢な空間に、私が探していたみんなが集まっていた。
支配するのは重い沈黙。私はごくりと息を呑む。
まるで屋敷の中を護るかのように連なって立ち尽くす、見慣れた顔触れ――それに対し、半分開かれたドアを背にまるで同じ格好で胸を張って整列する『見たことのある』顔触れ。ああ、お城の兵隊だ、と思わず息を止めた時。
――メアリ=アン!
我知らずあっと叫びそうになる。
彼女がそうだと誰に教えてもらわなくても分かった。艶のある黒髪、愛嬌のあるまんまるい黒目。私にそっくり……とまではいかないけど。むしろ、私よりよっぽどきれいだ。
森の中で一度だけ見たことのあるその端正な顔立ちを見据え、私は思わず顔をしかめた。
ふと、その時彼女と視線が交錯する。……笑ってる。勿論それは友好的な笑みなんかじゃなくて、嘲るような笑みだったけど。
一体、何の用で――ううん、何でお城の兵と彼女が来てるわけ?
用、なんて私絡みに決まってる。自惚れではない。まさかこんな時に優雅にお茶会でも開きに来たわけじゃないだろうし。
何で。私、もしくは私関連のことで用があるというなら、一体それは何だっていうの? 嫌なことだっていうのは言うまでもなく予想が付くけれど。
私が思いっ切り顔をしかめているのを見てなのか、メアリ=アンは蕾のような薄桃の唇を開いた。
「お久しぶりね、ありす?」
……。誰が。
あれから久しぶりって言うほどの時も経っていないし、私たちは決してそんな仲じゃないだろう。そもそも話したのだって初めてで、私がアリスという特殊な立場に立っていなかったら名前を知られていることを気持ち悪く思うくらいだ。
でも、今回は私も相手の名前を知っている。メアリ=アン。この世界で言う『役持ち』の一人。みんなに愛される、かわいい女の子。
「……メアリ」
けれどみんなに愛されている、って言う割にはチェシャ猫の表情は厳しく、声も低い。
メアリの周りを囲む兵士たちのせいだろうか。それとも、状況が状況だから? 私が一応アリスで、彼らは一応味方だからなのか。――いや、でもそれを言うなら、メアリも一応私の味方なのか。頭数としては。……嬉しくないけど。
「そんな、難しい顔しないで? ねえ、みんな。私、ありすの味方なのよ?」
まるで私の心に呼応したかのようにのたまうメアリに一応ね、と私は心の中で勝手に付け足す。
声音が味方って感じじゃまるでない。からかわれている。それか、馬鹿にされてる。どっちでもいいけど。
私の宿敵である城の兵を引き連れてきておいて、何が私の味方だ。この状況で誰が信じよう。たとえ、どんなに、愛されている少女だって。……信じられるはずが、ない。
そうよね? 少しだけ不安になるのは、何故だろう。ちらりとチェシャ猫の横顔を窺う。……怒っているだろうか。来るな、って言ったのに。
今さら怖くなるなんて馬鹿みたいだ。来るって決めたのは私で、しかもそれはチェシャ猫の言葉を振り切ってのことなのに。
けれどチェシャ猫の表情には今のところ、私に対する非難や不満はないように見えた。それどころじゃないせいかもしれない。一瞬でも気を逸らせば、……考えたくもない。メアリがいくら味方だ何だと言おうと、少なくとも城の兵だけは相容れない存在なのだ。
「城の兵なんか引き連れてきて、何のつもり?」
「あら、やあだ! だって、チェシャ猫……そっちにだっているじゃない? お城の兵隊さん」
チェシャ猫の非難がましい声に、しかしメアリはくすくすと笑う。
指を指したのは、勿論、エースさん。
珍しく顔をしかめるエースさんはメアリを見据えたまま微動だにしないけど、帽子屋さんがぎりと歯ぎしりをしたのが聞こえた。
「私のことが信じられない? どうして? 私、ありすの味方なのに。――私だって女王陛下が怖いもの、ルールには逆らえないわ。疑う理由もないんじゃない?」
「わざわざ城の兵を引き連れてきた理由を納得できるように事細かに説明してくれれば、警戒も少しは解けると思うけどね」
甘い声音に、チェシャ猫は厳しく返す。
「あら、理由なら簡単だわ。――だって彼らは私のオトモダチなんですもの」
くすくす。くすくす。耳に残る甘ったるい笑い声。
オトモダチ? ――馬鹿じゃないの。
仲良しこよしのおててのつなぎ合いならよそでやってくれ。はいそうですかなんて信用できるか。けれどメアリは首を傾げる。
「どうしてまたそんな風に顔をしかめるの? ねえ、だってありす、私も貴女も同じなのに」
「……どういう意味よ」
「貴女が誑かした男の子がそっちにはいるじゃない。その子も貴女のオトモダチなんじゃないの?」
剥き出しの敵意もあっさりとかわすメアリの視線が、後ろにいるグリフォンを捉える。
釣られて私も自然とグリフォンの方を見た。……苦い顔。さすがのグリフォンだって、当たり前か。彼を見遣る私の表情も多分苦い。
オトモダチ、とか、そんな甘ったるい声で軽々しく言うな。そう叩きつけてやりたかったけど、事情が違う。……彼らから見れば、私もメアリも同じこと。“味方”か“敵”か。ここにはそういう概念しかなく、個体識別なんて高等なことは考えつきもしないのだ。
「私も貴女も、おんなじよ。ねえ、ありす? 仲良くしましょ。毛嫌いする必要がどこにあるの」
「…………」
私も貴女も同じ。
そんな科白を繰り返す。まるで、洗脳するみたく。
「……メアリ……」
今度彼女の名前を呼んだのは、今にも泣き出しそうな声のミルク君だった。
帽子屋さんの服の裾をぎゅっとつかみ、片方の耳と頭半分だけを彼の後ろから覗かせている。
――彼は、多分、メアリのことが好きだったのかな。
いや、他の人もそうだろう。誰にでも愛される女の子。今はこうやって険しい顔で見遣るみんなも、彼女が城の兵なんか連れていなければ“味方”という口実のもと歓迎したんだろう。……言い方は悪いけど。
「ねえ、ミルク。……そんなに怖がらないで? 貴方たちを傷付けるつもりなんて、全然ないの」
「……でも……」
ミルク君の視線も、彼女の後ろの兵隊たちを捉えている。
迷い。躊躇い。そして、怯え。――全てはお城の兵に向けられるものであって、メアリ自身がどうこうというわけではない。
「……どうして……」
そしてメアリに向けたというわけではない、そんな呟き。
答える人――いや、多分答えられる人は存在せず、ただ、言葉は意味をなさずに虚空に溶ける、――はずだった。
「私は、ルールに従いに来たのよ」
けれどその問いに、メアリが優しく、だけど堂々と返す。
ルールに従いに、来た?
メアリの思惑がますます分からなくなる。どういうこと。この国の人は誰も彼もが詩人みたいだ。もっと簡潔に言ってくれて構わないのに。
「――どういう意味だ、メアリ」
エースさんが厳しく追及する。彼にもその飾った言葉の意味は分からなかったらしい。
いや、こんなふざけた世界だ。あながち誇張とも言えないんだろうが――メアリの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。伝わらないと分かっていて言ったんだろう。
「ルールはルールじゃない、親愛なる女王陛下の臣下さん? 本当ならこれって貴方の役目なんだろうけどね」
ちょっぴり意地悪な、……しいて言うなら小悪魔のような。
妖艶に弧を描いた唇が、エースさんを黙らせる。
婉曲に脅している、とは、私でも分かった。……最低。口の中で思わず呟く。味方としての役目と城の兵という肩書きの間で揺れるエースさんを、そんな風に言うなんて。
「いやね、ありす。そんなに睨まないでよ? 折角教えてあげたのに」
「……そんな説明じゃ全然分からないんだけど」
「睨まないで、ってば。可愛い顔が台無しよ?」
……そんなこと、思ってもいないくせに。
さらに顔をしかめてやる。それを見て、メアリは満足したのか微笑んだ。
「だからね、つまり、私はありすを迎えに来たの。オトモダチ、っていうのは嘘じゃないけど、正確に言えば彼らは従者」
「……は? 迎え? 従者……?」
「ええ、そうよ。私は貴女を迎えに来たのよ、――新しいアリスとして」
迎え。従者。――そして。
新しい、アリス。
どういう意味か、一瞬では判断できなかった。
ただその単語を咀嚼しようと私の頭が回転を始めた瞬間、私の横を、声を上げる間もなく突風がすり抜けてメアリの前へと辿り着く。
――ああ、でも一つだけ訂正するならば、それは突風ではなくて――槍を構えた、エースさんだったけど。
「……何の真似? 兵隊さん」
「それはこっちが君に聞きたいんだけどね。何の真似だい、メアリ=アン」
槍をメアリの首筋に当てて、エースさんは穏やかな笑みを浮かべる。
勿論、その目は全く笑っていない。不透明な漆黒の闇を湛え、ただただ怒りとか苛立ちとかそんな類のものを押し出すだけ。
「味方に槍を向けるだなんて、無粋な真似はよしてちょうだい。今からちゃんと説明してあげるから」
けれどメアリは怯まない。微笑みをその口元に貼り付けたまま、そんなことをのたまう。
でもエースさんだって百戦錬磨の兵隊さんだ。さすがにそれだけじゃ納得できるわけもなく、槍でその細首を脅すまま次の言葉を促す。
「だからね、つまり、簡単なことよ。私がありすの代わりに《アリス》になるの」
「……私の、……代わり」
息を吐き出すように、押し殺した声を吐く。
私の代わりの、アリス。
予期していたような驚愕や恐怖はなかった。あの声――初代アリスに言われたからか。
いや、違う。多分。そうじゃなくて、……怒りの方が先に立っているせいだ。恐怖を覚えている余裕すらない。
周囲では息を呑むような音がいくつも聞こえたけれど、私は逆にぎりと歯ぎしりをした。
「……つまり、女王様が、命令したってことね?」
「察しがいいのね、ありす。そういうことよ――女王様もようやく分かってくれた。貴女が《アリス》なんかじゃないこと」
美しい顔の裏から、剥き出しの悪意が出てくる。醜い顔。女王様とよく似ている。
私がアリスなんかじゃないって? ――そんなもん、くそくらえだ。言葉は悪いけれど、私だってそんなことはどうだっていい。私が悔しがるとでも思って言っているのか。だとしたら勘違いもいいところだ。アリスだなんて、私が望んだ名前じゃない。
ただ、ただ、惜しむらくは。
「何を言う!」
「そんなこと、言うなっ!」
「メアリの馬鹿っ!」
彼らが、そうやって庇ってくれようとすること。
エースさんは構えていた槍を持ち直し、ミルク君は涙声でそれでも怒りを募らせる。
いつもは決して声を荒げないヤマネ君すら、震える声でそう言ってくれた。
……ああ。
そう。
私は、彼らのために、アリスでありたかった。
それ以外なら、いくらだってくれてやる。好きなだけ持っていけばいい。アリスであろうなんて思いもしない。
だけど。
だけど――。
「そんなこと言われたって、女王様の命令だもの。だから、《アリス》の引き継ぎ。異例だけど、やり方は大体分かるわよね。だからありすを迎えに来たの、勿論貴方たちにも来る権利はあるけど――」
「ふざけるな!」
帽子屋さんが一喝する。メアリはさすがに驚いたようで、微かに目を見開いた。
「ありすは渡さない。それが俺たちの使命だ」
彼の言葉はただその一点張りで、《アリス》の引き継ぎという言葉を完全に無視した頑固なものだったけれど、私には分かる。
彼なりに、無骨な言葉でだけど、守ろうとしてくれているのだ。アリスではなく、私――光野ありすという存在を。
「……貴方たちが守るべきアリスが、これから変わるっていうのに?」
「うん、これからアリスになるメアリには悪いけど」
「少なくとも、引き継がれるまではありすがアリスなんだしね」
ディーとダムが、同様に銃を向ける。……あれほど慕っていた、メアリに向かって。
勿論、彼らにはそんなこと無謀だ。無謀すぎる。城の兵だってそばにいるのに。
だけど叱るとか、注意するとか、その前に私は何故か胸が熱くなって仕方がない。
「ごめんなさい、メアリ。ルールだってことも、貴女の言っていることが正しいことも、頭では分かっているのよ。だけど、これだけは譲れないわ」
公爵夫人が私の肩にそっと手を置く。きっぱりとした、確固たる口調。
「俺はそもそも味方じゃないんだから、どうしようと俺の自由だしねえ。指図される筋合いもない」
あのヘタレのグリフォンでさえ、笑ってメアリに向けて牙をむく。
たくさんの武器を向けられ、それでも、メアリは笑った。
「……貴方たちは、馬鹿、馬鹿だわ……」
泣きそうに――見えたのは、気のせいだろうか。
「ねえ、チェシャ猫、貴方はそんなことないわよね? ……ねえ。貴方は、頭、いいもの」
そして彼女は、縋るようにチェシャ猫の名前を呼んだ。――やめて。
ちくりとわけの分からない痛みが胸を刺すけれど、横からぐいと腕を引っ張られ、そんなことを考えている暇さえなくなる。
「生憎だけど、メアリ」
ああ、抱き寄せられたのかと、ふわりと頭上で声が上がってようやく分かった。
遅れて、全身から動揺が汗のように吹き出す。え? ――チェシャ猫?
「それは多分、過信だと思うよ。――こないだも言ったでしょ? この子はアリスなんかじゃない。分かってて、俺は守ってる」
メアリの顔に、明らかな狼狽と絶望が広がった。
嘘。嘘嘘。うそ。うそうそうそ。……そんな叫びが、伝わってくるようだ。
甘い仮面は剥がれ落ち、捨てられた子猫のようにチェシャ猫を見つめている。私はその視線のすぐ下で、メアリを、見ていた。
「や、めて……やめてよ、チェシャ猫まで、変な冗談」
「冗談なんかじゃないって分かってるでしょ。……そんな冗談言うもんか。悪いけどメアリ、我らが女王陛下に伝えてくれる? 『ありすを渡す気はない。欲しけりゃてめえで奪ってみろ』――ってね」
「やめ、やめて、やめてやめてやめてえええええええ――っ!」
それはまるで咆哮だった。
びりびりと肌が痺れるような感覚に、私は思わず片目をつむる。
怒りに打ち震えているのか。それとも、絶望のあまり泣き叫んでいるのか。
よく分からない、けれど。
「やめてよ、みんなして、どうして私をそうやって悪者みたく……っ! 命令したのは女王様なのよ!? そうやって私に敵意を向けないで、ねえ、その子が来るまでは私たち、みんな仲良しだったじゃない! 今も私は味方なのよ!? アリスになるのだって……、私が、選んだ、わけじゃない!」
「それでも、誑かしたのはメアリだ」
思わず同情してしまいそうなメアリの悲痛な叫びに、それでもチェシャ猫は辛辣に返す。
誑かした。……女王様を。
胸が痛まないこともなかったけれど、だからといって同情なんてしていられない。そう、そうだ。大粒の涙がぼろぼろと彼女の頬を伝っても、それすら無情に嚥下して。
「やめてよお……その子がいなければ、何もかも、平和だったのに……」
私が悪者。
分かってる。分かってるんだ。――異端は私、連れてこられた《アリス》。
この国では、いつだって何かを変えるのはアリスだ。よくも悪くもアリス。アリスでしかない。
私が悪者、でも。
「……メアリ=アン」
掠れた声が色を落とす。ぽとり、と、私の色。
「貴女の気持ちは分からないでもないけど、でも、私だって同じよ。貴女が言ったんじゃない。私と貴女はおんなじだ――って」
「……あり、す」
「睨まれても困るの。私だって勝手に連れて来られて、アリスだなんて言われて、……そんなの私だって望んじゃいない」
強く。
ただ強く、あろうと。
「ヒロインぶるのは勝手だし、アリスなんて望んでもいないからいくらでも譲ってあげるけど。……だけど、自分だけが恵まれていないみたいな、今時小学生でもありえないような逆恨みはやめて」
子供っぽいっていうのは承知の上。
悪者だっていうのも分かってる。
「アリスっていう称号ならあげる。お城なんかに行かなくても、今すぐここで引き渡すから、貴女がアリスになって勝手に奪い合われればいい。――だけどね、メアリ」
敵意や悪意を剥き出しに、醜いのはどっちだろう。分かってる。
それもそれも全部分かった上で、私は、――止められないのだ。
「貴女が思っているほど、アリスっていうのは軽くない」
言い放った。一言。メアリはただただ蒼白な顔で固まる。
愛されたい、だなんて。
貴女自身が愛されるわけでも、私自身が愛されたわけでもないのに。
たた、熱暴走する頭とは裏腹に、底冷えしていく心の中で私が私に最低と呟いたのだけは分かった。
仕方がないじゃない。だってそれ以外どうしろっていうの? 放り出された世界で、私は他にどうする術もないのに。
アリスになんかなりたくなかった。アリスでいたいと思ったこともない。
だけどそれしか、私にはない。