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第67話 12を指し示す時計の針

「――はあ……」


 無意識にため息が漏れる。見事な蒼天の下、何気なくバルコニーから空を見上げてみたけれど。

 やわらかい風が頬をなぜていき、私はふるりと首を振った。しばらく放っておいた不揃いな髪がさらさらと流れていく。


 ――何やってるんだろう、私。


 そう自問せずにはいられない。一見景色は平和で、感嘆にため息さえ出そうなものだけれど。

 しかし私が嘆息したのは、そんな理由のためじゃない。


『貴女はどうしたいの、ありす?』

「わっ」


 突然空から声が聞こえて、私は思わず飛び退いた。……。何だろう? 聞いたことのある声、と心臓のあたりを押さえてから私は空を仰ぐ。


『驚かせたかしら。そんなつもりはなかったのだけれど』


 苦笑のような、上品な笑い。そっと風が耳をなでていく。

 ――。私は、ようやく思い当たった。

 正体――というか、名前も何も知らないけれど、それは以前、無計画のままお屋敷を飛び出した私を、親切にもチェシャ猫のところまで導いてくれた声だ。思い当たれば明白。そういえば、今まですっかり忘れていた。……申し訳ない。お世話になったのに。


「あ、その……ごめんなさい。その節は、お世話になりました」

『いいのよ。私が好きでやってることだわ。――それよりも』


 くるりと舞い踊る風が、嬉しそうに弾む声で囁く。


『ねえ、ありす、貴女はこれからどうするつもり?』

「どうする……?」

『ええ。まさか、いつまでもお洗濯物ばかりを片付けていられるとは思っていないでしょう?』

「……それはそう、ですけど」


 勿論このままでいられる、なんて。

 愚痴のように呟く。――これじゃあまるで、まだここにいたいんだと主張しているみたいじゃないか。

 私はぐっと口を噤む。ううん、今さらだけど。


「……そうだ。それより、一つお聞きしてもいいですか?」

『何かしら? 私に答えられることだといいのだけれど』


 好感触な答え。丁寧な物腰で、姿かたちはつかめないけれど、素敵な人なのだと思う。

 たとえ、騙されていたとしても。最近は疑うことばかり覚えてしまった私だけれど。


「貴女は一体、誰なんでしょう」

『――――』


 ずっと聞きたかったこと。――いや、実際、忘れてたんだけどね。

 でも、正直それが気になって仕方がなかった。あの時も、聞き覚えのある声だ、と確かに感じたはずなのに。

 けれど、返ってきた答えは重く降りた沈黙。かさかさと葉のこすれる音だけが鼓膜を掠めていく。

 それでも見つめていた。見据え続ける、目の前の空気。


『……そうね。うまくは言えないけれど』


 やわらかな風が、ふわりと前髪を持ち上げた。私は少し目を上げる。


『ハートであり、ジョーカー。クイーンではないけれど、ルール。……そういうことかしら』

「……あの」


 折角言ってもらって、悪いのだけど。

 ……全然、分からない。

 一体どういう意味だ。何、どういうこと?


『あら、ありす。なぞなぞはお嫌い?』

「……正直、苦手です。頭固いので」


 くすりと笑う風に、私は俯く。あ、頭が悪いわけじゃないんだからね。いや悪いけど。

 だって全然意味が分からないじゃないの。矛盾している。ていうか、そもそもヒントの出し方からしておかしい。

 でも、まさかそんなことを正直に言えるはずもなく。


『そうね。もっと簡潔に言うべきかしら。――貴女であり、貴女でない。それが私』

「!」


 考えあぐねたように告げられ、私ははと顔を上げる。私であり、私でない。


「に、二重人格説浮上……!?」

『…………。あのねありす。そういうボケはいらないのよ』

「え」


 け、結構本気だったのに。


「え、じ、じゃあ……」

『答えはもっと簡単よ。貴女のすぐ目の前に転がっているし、その手に握られてもいる。鏡の向こうにはいつも見ているし、みんなが貴女に求めているものでもあるわ』


 詩的、というか。……ポエマーというか。

 けれど、こんな頭の固い私でもようやくピンと来た。幾多のヒントがつながる先――答えは、ただひとつだ。


「……アリス……」

『ご名答』


 くすくすと風が笑う。

 この国の中心ハートであり、不確定要素ジョーカー女王クイーンではないけれど、この国の全てルール

 そして、私であって、私ではない。……それは、アリスだ。


『そして、しいて言うなら初代のね。――もう何年前になるのか、覚えてはいないけれど』


 ……それは、きっと、何年なんて単位ではないと思うけれど。

 初代アリス。――道理で。

 そういえばいつだかの夢に出てきたのも、こんな声をしていた。それで聞き覚えがあったわけだ。ようやく納得がいった。……今まで分からなかったのが不思議なくらい。私が馬鹿なだけかもしれない、やっぱり。


「……だから、その、助けて下さったんですか?」


 同じ、アリスだから。

 ――そう問うと、風は、慰めるようにするりと頬を撫でた。


『さあ、それはどうかしら。……まあ、そうね、答えを言ってしまうのなら、半分は正解だけれど』

「……半分?」

『ええ』


 どういう意味だろう。

 きょとんとするけれど、それ以上の説明はない。話す気もないらしい。勝手な話、なんて、結構助けられている手前言えないけれど。


『でもね、ありす。そろそろ本当に時間がないのよ。――どういう選択をするかは貴女の自由だから、急かすなんてしたくないけれど』

「じ、かん……?」

『そう。貴女が選択をする時間は、もう少ししか残されていないわ』

「選択って……何の」


 くるくると変わる話題に、私はついていけない。

 選択? 時間? どういうこと? そもそも、私が選択を迫られるような事柄はあっただろうか。連れてこられる時もゲームのルールも“強制”だったくせに。


『だから私は今日、今、貴女の前に現れたのよ。……現れたって、姿がないんだから変かしら? まあ、そんなことはいいんだけどね』


 茶化す声音は、急いでいる様子はない。時間がないって……だから、どういうことなんだろう?

 急な話題の転換だと思ったけれど、もしかしたら、さっきの話に関係あるの?


『選択っていうのはつまりね、貴女がするべきことの選択よ。貴女が選び取って、その道を進むという選択。例えば誰かに名前を与えることも、誰かに跪くことも、白兎を捕まえて帰ることも』

「え、そ、それって――?」

『だから聞いたのよ。貴女はどうしたいのって』


 嫌な予感。

 胸が早鐘を鳴らす。

 唐突なお告げ、にも関わらず、今の私にはその意味が分かる気がする。

 私がするべきこと――それって、つまり。


「じゃあ、さっき言ってた半分正解っていうのは、もしかして……」

『そうよ。そういうことなの。もう、半分しか正解じゃないの。――そのタイムリミットを過ぎれば、白兎の時計の針が12を指してしまえば、全て、できなくなってしまう。名前を与えること、自ら屈服すること、追われること、仲間を集めること、ルールに則ること、――元の世界へと帰ることも』


 風に表情はない。それなのに。

 憂い、哀愁を帯びた声音のせいか、それはひどく落ち着かないものに聞こえた。




『時を過ぎれば、貴女は《アリス》ですらなくなってしまうのよ。ありす』

ようやく復活です。

更新速度は遅くなると思いますが、改めてよろしくお願いいたします´`

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