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第54話 迷える子羊は狂った殉教者の手によって

「グリフォンとエース君……、一体どうしたのかしら」


 発端は公爵夫人がため息とともに漏らした、そんな言葉だった。


「……ぐりふぉん? えーす?」


 私は思わずおうむ返しに尋ねる。誰だっけ。

 本気で平和ボケしていた私は、それが何なのか思い出せない。

 何だか聞いたことがある響きだなあと思って首を傾げていると、公爵夫人は長い睫毛を伏せて。


「確か……貴女の話によると、ジャックを任せてきたんだってことだったけれど」

「…………あ」


 あ。


 …………忘れていた。私は。

 そんな、とても大事なことを。


「あああああああ――っ!?」


 絶叫が、屋敷中に、響き渡った。







「……いやだからって咄嗟に人の首を絞めるのはどうかと思うんだけど」

「ごめん! 本当ごめん、つい出来心で……っ!」

「どういう出来心さそれ……」


 というわけで、私は驚きのあまり手元にあったチェシャさんの首を絞めてしまいましたとさ。

 いや本当ごめん。そんなつもりは全くなかったんだ。でもね、ちょうど手元にあったんだもの!


「もう、ありすってばひどいんだから……ちゃんと償ってよね?」

「は? ……償い?」

「うん、首絞めた償い。キスしていい?」

「はい!? い、いいわけないでしょ!? いや、首絞めたのは謝るけど……っ」

「じゃあキスして」

「出来るかーっ!」


 私はぱしーんとチェシャ猫の頬を叩いた。……本当はもっとえぐい音がしましたが何か。

 首絞めた上に頬を叩く――というかむしろ張り飛ばすなんて最低だとは思ったけれど、……うん、だってね。

 別に悪気はなかったんだもの、仕方ないじゃない。しかもそこからキスに行き着く経緯が分からんし。ええい変態め。


「もう、本当ひどいよありす……。今の痛みでキスの回数が一回加算されました」

「でっ、出来るかって言ってるの! 何でキスしなきゃいけないのよ!」

「だから、か弱い愛玩動物ねこの首を絞めた上に殴ったから」

「誰がか弱い愛玩動物だ! この変態!」


 騒ぎ続ける――というかむしろほぼ一方的に騒ぎ立ててるんだけど――私たち。

 因みに、最終的には3回くらい殴りましたとさ。だってしつこいんだもん。キスの回数は何故か17回まで膨れ上がったけど。……どういう計算だ。

 しかもそんなバイオレンスなやり取りを見ていたというのに、何故か周りの人たちはほんわかと和んでいる。


「チェシャ猫とありすって仲いいよねえー、あはは」

「ちょっ、あははじゃないよ!? ミルク君、今のあははの意味がつかめないんですが!」

「そうだよミルク! チェシャ猫と仲がいいなんて!」

「そうそう、そんなの殺したいくらいに最悪だよね!」

「そういう意味で私は反論したわけじゃないよディー君ダム君!?」

「賑やかねえ」

「夫人もそう穏やかな言葉で片付けようとしないで!」


 おまいら何故和む。

 そこのところを是非詳しく聞かせて欲しかったが、今はそれどころじゃない。

 エースさんと、あのどえ……グリフォンのことの方が優先だ。


「ていうか何で忘れてたのかしら……私の馬鹿。何で悠々とお洗濯なんか!」

「あ。ありす、もしかしてもう老化始まってるの?」

「ミルク君それは言っちゃ駄目!」


 小さい子は正直です。

 ――っていうか、そうじゃなくてさ。落ち着け私。

 さっきから思考がずれすぎ! 現実逃避か私!? 帰ってこい! 今はあの二人のことを考えなきゃ!


「まさかまた捕まったとか……いや、ないない。2対1だし。グリフォンだって強かったわけだし。あんなに格好良く決めたわけだし!」

「……最後のは関係なかったと思うけど」

「あんなに格好良く決めといて捕まったりしたらただの阿呆よ」

「その阿呆がグリフォンだって言ってるんだけど」

「阿呆でも力は強かったから大丈夫!」

「……ありす、それ何気ひどいよ……?」


 若干グリフォンに失礼な口論をしながら、私は悶々と考える。

 ――正直、私はそんなに頭がいいわけではないので、普通に人が考えられるものも考えられないのだけど。


「……捕まってないにしても、何かあったとは思うのよね。だってこんな……何日も帰ってこないなんて、おかしいし」


 私はぶつぶつと呟き続ける。

 もう何日経ったのだろう。……いや、忘れてたんだけど。ごめんなさいエースさん。反省。グリフォンはむしろざまあ。……いえ、ごめんなさい嘘です。


「……これって、探しに行った方がいいのかしら?」

「でもそれで俺たちまで捕まっちゃったら元も子もなくない?」

「だけど、もしまた捕まってたりしたら……」


 ――どうしよう、と思った。

 私じゃどうにもできない気もする。……そもそも私に何とかできるなら、あの二人がとっくに何とかしてる。

 前回だって、私のせいでグリフォンは捕まっちゃったわけだし。


「……うう、どうしよう……考えるほどへこむ」

「……どうしたの、この子」


 チェシャ猫の、呆れたような声。

 だって。だってね?


「わ、私があんなこと言ったせいで、また捕まってたりしたら……もう私親に合わせる顔がないじゃない!」

「じゃあ元の世界に帰らなきゃいいんじゃない?」

「いやそれはどうかと思うけどねチェシャさん!?」


 軽いノリで言いますけれどもね、それは酷というものです。

 だって私だって帰りたい。

 ていうか、そうならないように何としてでも助けなきゃいけないんじゃないの!?


「私やっぱり二人のこと探してく――る……」


 がばっと立ち上がり、外へとつながる扉を振り返った。時。


 ――そこに二つの、見覚えのある影が立った。

 広がる翼と、構えた槍――


「ごめーん、迷子になってたあー」

「いやー、道分かんなくてさ。はっはっは」


 …………すみません、一発殴っていいですか。




 ☆★☆




「……で、何で俺だけを殴るわけえ?」

「顔がムカついた。以上」

「……うわあ……、何て横暴な理由……」


 そういうわけで、グリフォンとエースさんは無事保護されましたとさ。

 よかったよかった。多少殺意がわかないでもないけれど、無事に越したことはない。


「でもグリフォン、ありすはずっとお前たちの心配をしてたんだぞ?(いや、若干忘れてた気がしないでもないけど)」

「え、……そうなのお?」

「そうだぞ。(忘れてたけど)探しに行った方がいいって言ったのもありすだし(忘れてたのもありすだけど)」


 おお、ナイスです帽子屋さん。伏せ字がまた上手い具合に。

 まあ嘘は言ってないわけだしね。うん。


「……そうだったんだあ……ありがとお、ありす」


 にこ、と珍しくも優しく微笑むグリフォン。

 ……こうして見るとやっぱり美形ですね。はい。不覚にもときめいてしまったじゃないか……。

 美形って心臓に悪いです。もうやめてくれ神様。これは完璧にいじめですよ。


「――って、あれ? ありすっ!?」

「へあっ!?」


 畜生美形めと嘆いていると、突然ぐいっと身を乗り出され顔を近付けられた。

 近い! 近いですグリフォンさん! これ何ていじめ!?


「ありす何でここにいるのお!? っていうか、さっきはよくもーっ!」

「え!? な、何っ!?」


 だけどグリフォンは何故か、驚くと同時に怒っているみたいで。

 さ、さっき? よくも?

 さっきって……いつの話だ? だって前に会ったのは、もう何日も前で。

 そもそも怒られる理由が見当たらない。……殴ったことは謝るけどさ。あと忘れてたこと。

 でもそんなことでこんなに怒るとは思えない。しかも『何でここにいるのお』だ。


「ど、どういうこと!? 待って、グリフォン、落ち着いて話してよ!」

「落ち着くも何も……俺たち、ありすのせいで迷子になったんだよお!?」

「わ、私のせいで!?」


 そんな八つ当たり。

 両手で何とかグリフォンを押し止めようとするも、グリフォンは本気で怒っているらしく。

 ――何? 私のせいで迷子って――

 覚えはない。というかそんなこと、できるはずない。……え、あの時置いてったから?

 でもそのことについてはまだ理解があったはずだ。どうしても納得できないなら、グリフォンはあの時に追いかけてきたはずだし。


「あんな森の中で、ありすがお屋敷は北だなんて言うから――!」


 森の中? 北――?


 わけが分からない。そんなことを言った覚えはないし、そもそも森の中で二人に出会った覚えもない。確かに森は何度か通ったけれど。

 だけど私は、そんなことを言った覚えなんてなくて。そんなの絶対、私じゃない!


「――待て。グリフォン、ありす、一旦落ち着け」


 ぐるぐると回る思考の中に、低い澄んだ帽子屋さんの声が響く。

 相変わらず人を安心させるような声音で。……ほっとするのも束の間、帽子屋さんは、にこりともせずに片眉を上げる。


「一回整理するぞ。いいな?」


 私もグリフォンも、彼の言葉にこくりと頷く。

 それに異論はなかった。このままじゃ、何が何だか分からないもの。

 帽子屋さんは満足そうに頷くと、最初から整理し始める。


「まず――お前たち二人は、ジャックを任されて、とりあえずジャックを始末した。そこはいいな?」

「うん」

「とりあえず、しばらく来られないぐらいにはしておいたよ。死んではいないけどね」


 グリフォンもエースさんも、そこは肯定する。――それは分かる。私だって、そのことに文句はない。


「それで……その後だ。お前たち、まさかとは思うが……帰り道が分からなかったのか?」

「だってお屋敷って……大きい家なんていっぱいあるもん。どれがどれかなんて分かんないしねえ」

「飛んで探そうにも、さすがのグリフォンも俺は重くて乗せられないみたいだしさ。例え様子見でもグリフォンだけ飛んでったらまたはぐれそうで」


 ……わあ。この駄目人間共め。

 お屋敷だって全然違うし、その中でも一際大きいから目立つでしょうに。

 絶対覚える気がないんだよねこの人たち。


「仕方ないからとりあえず街に戻って探してみようとしたんだけどお、その途中の森の中で迷っちゃって」

「森が近道だと思ったんだけどなあ。そうでもなかったか」


 森の中で迷うのなら森に入らないで下さい。……私が言えることじゃないけどさ。


「それで……ありすに会った、と?」

「そう! そうなんだよお、変だなあとは思ったけど黒髪黒目でちゃんとありすだったしい……お屋敷の方向は北だよって親切にも教えてくれたから」


 ――いやいや待て、そこが変なのよ。

 私だって森の中じゃお屋敷の方なんて分かんないわよ?


「私はここの地理なんて知らないわよ? そんなこと言えるわけじゃないじゃない――」

「と、いうかだな、お前たち。まず先に聞きたいんだが」


 私の言葉を遮って、呆れたように帽子屋さんが言う。


「何で城から帰ろうとして街から出てるんだ?」


 …………あ。


 ……それもそうだ、何で?

 だってお城は街の中で。お屋敷も街の中。

 何で森なんか……? どういうこと?


「……え、あそこって街だったのお?」

「ええ、嘘だ! あんまりにも殺風景だからどこかの荒野だと思った!」


 …………。

 ……もう駄目だ、この人たち。


「…………もういいよお前ら。……そこはいい。もう過ぎたことだしいい。それよりも森の中で、屋敷は北だとありすが言ったんだな?」

「だから私じゃ――」

「ちょっと待てありす。仮定だ仮定、この二人の話を前提にまず進めよう」


 ……むう。

 でも仕方がない。帽子屋さんが言うんなら黙ってよう。

 だけど私、ってどういうことだろう? 仮定はそうであっても、私は真実そこにはいなかったわけで。


「いいか、森っていうのは仮に、この街に一番近い森だったとして――この屋敷はそこから東だ。北じゃない」


 え。

 じゃあその私――に似た人は、二人を騙したってこと?


「……ところでお前ら、期待はしないが北ってどっちだか分かるか?」


 ……それもそうだ。


「こっちー」

「あっち」


 心配通り、それぞれ全く見当違いの方向を指差す二人。……ドコデスカソコ?

 明らかに北ではない。それは私でも分かった。


「そっちは西だしそっち南東。で、北って言われてお前らはどっちに向かったんだ」

「意見が食い違ったから……ねえ」

「ああ。間を取った!」

「…………つまり南西な」


 ほぼ真逆ですよあなたたち。


「まあ、それで……一応帰りつけたわけだが。多分、北へ行ったら罠でも仕掛けられてたんじゃないか?」

「え、ええー?」

「罠?」


 え、嘘、罠なんてそんなの――ありえる。うん。何だかこの二人なら引っ掛かりそうだ。

 唯一誤算があったとすれば、この二人の方向音痴を見極められなかったことくらいか……って。

 そんなの誰が? 何のために?


「お前たちは【アリス】の味方だからな……ありえない話じゃあないだろう。味方を先につぶそうなんて話は過去にもよくあったみたいだぞ」


 ――あ、そうか。アリスの味方を先につぶして、アリスを手に入れようっていう――

 ……卑怯なやり方。今さら咎める気にもならないけど。


「でもあれありすだったよお。黒髪黒目なんてこの国には滅多にいないもんー」

「そこが問題なんだよな……」


 ふう、とため息交じりに呟く帽子屋さん。

 それは確かに問題だ。だって私はそんなこと知らないし、教えてもいない。


「そいつがありすじゃないのは確かなんだ。ありすは俺たちとずっと一緒にいたから」

「じゃああれ、誰だったわけー?」


 誰。――そんなの、具体的な答えが出てくるはずもない。

 周りで聞いてる人たちも覚えがないらしく、それぞれ首を振るなり傾げるなりして――


「あ」


 ――いる中、突然、ディーとダムが同時に声を上げた。

 何? まさか覚えがある……とか?

 みんなの注目が集まる中、二人は二人で視線を交わし合う。そして。


「僕ら、その人知ってるよ! ね?」

「うんうん。それってメアリ=アンじゃない?」


 メアリ=アン……?

 それは、私の知らない響きだった。――それは、私の知らない響きなのだけれど、



 ――何だか、嫌な響き。



 よく分からないけれど、そう感じた。











 やめて。私の存在を消さないで。

 私は私のままでいたいの、貴女なんかに奪われたくない。


 貴女なんて消 え て し ま え ば い い の に ――!

ひいい新年です……! 遅れましておめでとうございますー!

今年は更新頻度の低いこちらの小説にも力を入れていきたいと思いますので、宜しくお願い致します(;´Д`)

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