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第48話 咲き誇る赤と白

 ――花言葉。

 花言葉って、まさか、あの……?


 私は思わず、自分の耳を疑った。


 見据えた先の、怖い顔の、大男の口から。

 今、とんでもない言葉を聞いた気がする。

 私は恐る恐る小さく瞬きをした。


「……貴様らまさか、花言葉すら知らんのか? 花言葉というのは、一つ一つの花に、それぞれ相応しい象徴的な意味を持たせたもので――」

「別にそんなこと聞いてないんだけど」


 心なしか不機嫌そうな声で、チェシャ猫が呟く。

 やる気を削がれた、って感じだ。……当然だけど。


 花言葉、って。


 この男が?


「あの……今、白薔薇の花言葉って」


 私はご機嫌伺いのように、そっと顔をしかめたままのジャックに尋ねる。

 気のせいだといい。

 何かの間違いだといい。

 私の空耳だといい。

 だけど。


「あぁ、そうだ。貴様らは……白薔薇の花言葉を知っているか?」


 ……律儀に言い直してくれた。

 私は思わず頭を押さえる。

 何だろう、この人。さっきまで敵対してたはずで、今も変わらず敵であるはずなのに……。


 何でこんなに馴れ馴れしいの?


 ……あ、間違った。

 何でそんなことを聞くの?

 うん、そう、それよ。


「あの、何で今、そんなことを――」

「……私は、戦いたくはないのだ」


 怖い顔をしかめたまま、ジャックは息を吐き出す。

 一瞬、その意味が分からずに私はぽかんと口を開けて固まった。

 戦いたくない?

 つまり、私たちに対して――そう、戦意も殺意もないって言いたいの?

 そんな殺意のこもった斧を振り回しておいて、何てことを言うのかしら。


 じゃあ、今までのは一体何だったわけ?


 私の憤りを鎮めるかのように、ジャックは憂いを帯びた目を空へ向け口を開く。


「陛下が望むのなら、私は何でもするつもりだ。――何でもするつもりだった」


 遠い空を仰ぎ、そんな言葉を漏らすジャック。

 陛下。……それって、女王様のことよね。

 悲痛な表情。寂しげな響き。何だか、心を揺さぶるような声音。

 一体、彼に何があったというのかしら――。

 何だか、彼が、可哀想……というか、敵のようには思えなくて。


 ――けれどグリフォンは、心底嫌そうな顔をした。


「うわ、何か語り始めたよぉー。逃げていいかな」

「……あんた、こういう場面くらい空気読みなさいよ」


 本気で逃げる素振りを見せたグリフォンを、肘で軽く小突く。

 ジャックはそんなことも気にせずに話を続けようと口を小さく開き、チェシャ猫は……相変わらず不機嫌そう。真面目に話を聞いてあげようって優しい人はいないのか。

 私ははあと嘆息しながらも、視線をジャックに向けた。ジャックは救いを求めるような、悲痛な声を絞り出す。


「陛下はアリスを望むから、私はアリスを連れていく。だが……今、アリスはどこにもいないのだ」


 ――アリス。

 私は思わず条件反射のように眉をしかめてしまった。

 その、発音の微妙にずれた音が、心のはじっこに引っ掛かって仕方がないのだ。

 ……だけど今ジャックは、『お前がアリスだ』とそんなことを言っているんじゃない。

 むしろ逆。『どこにもいない』――と言った。


「どこにもいない……って、どういうこと」

「お前はアリスとしてこの世界に連れて来られた。――だが、お前は、アリスではない」


 きっぱりと言い切るジャックに、分かってるんじゃないのと私は呆れてしまった。

 それなのにまだ私たちを狙うのかしら。……それが使命だから?


「白い薔薇の花言葉は……、『私はあなたに相応しい』という」


 唐突に切り替えられた話題についていけず、え、と私は小さく声を漏らした。


 ――私はあなたに相応しい。


 言っていることも分かるし、言葉の意味は理解できるけれど、だけど……今何故そんなことを言うのかが分からなかった。

 しかも、失礼だけど――似合わないし。


「陛下は白い薔薇をひどく嫌う。――アリスに見合う、自分になれないのだと憂いていらっしゃるのだ」


 目を伏せた、ジャックの表情。


「……それって、どういう」


 滑稽だったけど――笑えなかった。

 私はアリスなんかじゃない。……だけど。


「陛下はアリスを愛していらっしゃる。それは恋よりも深く、重いものだ」


 私が思うに、ゲームの最初に会った彼女は……とても美しい人だった。

 心の歪みがどうだったか、なんてことは別として。

 それだけで一つの完成形みたいな、そう、それこそ薔薇のように美しい。


 その人が悩むほどのことなんて。


「だからこそ――陛下は、自分を、卑下してしまう」


 ありえない、と思ってしまった。

 あんな綺麗な人が悩むことなんて……、なんて、偏見よね。

 だけど、彼女がもし私をアリスだと思っているのならば、私のことで悩むことなんてないはずだ。……そりゃ、生意気なアリスだと手を焼くことはあるかもしれないけれど。

 私はそんな高等な人間じゃないし、相応しいとか、相応しくないとか吟味されるほど偉くも落ちぶれてもないはずだ。


「おかしいわよ、それ……」


 私は複雑な気分で、長い長い吐息に憂いを乗せて吐き出した。


「へえ、女王様ってそんな可愛い殊勝なとこあったんだ?」

「ただサドってだけじゃなかったんだねえ」

「……それは、まあ、女王って言葉に対する偏見だと思うけど」


 チェシャ猫とグリフォンはただ、女王様に対する認識を改めるだけ。淡々とした会話にも、別に嫌疑や非難の色は見出せない。


 私、だけかしら。

 そんなの、おかしいって思うのは。

 私、だけみたいだった。


「……陛下が悩んでいることほど、苦痛なものはない」


 ジャックは顔を上げ、無表情を取り戻してそう言った。

 平淡な口調には、まるで苦痛など微塵も感じていないようにしか思えない。


「――ジャック」


 すたすたと、歩くその頼りなげな姿。私は思わずその名前を呼んでいた。

 私は油断していたの。あんなことを語るくらいだから、お約束の展開で――なんて。


 この世界は、そんなに甘いものじゃない。


 ガキン、と喉元に冷たいものがつきつけられる。

 斧だと分かったのは、目の前の怖い顔の無表情さからだった。


「陛下を貶めるものは、私が全て排除する。――殺していいか、『アリス』よ」




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