第4話 恐怖と安堵の鬼ごっこ
1、2、3、4、5……
それはまるで鬼ごっこのように。
数える声が、まるで私を哀れむ歌のように。
『逃げて下さい、遠くまで。国民たちは、100数えた時点で貴女を探し始めます』
恐怖が私の足を捕らえて離さない。
足はもつれ、たびたび転びそうになる。
ハク君の声が心の中でこだまする。
『屈服』なんて言うのだから……何をされるか、分かったものじゃない。
突然芽生えた恐怖心。さっきまでののんびりした雰囲気はどこかへ行ってしまった。
残ったのは、恐怖と絶望。それだけ。
「きゃっ……」
小さな小石に躓いて、私は顔面から地面へとダイブ。
痛い……けれど、泣いてる場合じゃないし、こんなところで蹲ってる場合でもない。
服が汚れ、ボロボロになっても、遠くへ逃げなきゃという気持ちが強く、走り続けた。
さっきまでは、自分がこんな目に遭うなんて考えなかった。
そもそも、どうしてこんなことになってるんだっけ―――?
優しくしてくれたり、突き放したり、態度がころころと変わるハク君。
私より小さいくせに、大人びた表情で私をさらっていった。
酷かったといえば酷かったし、彼のせいでもあるんだけど、私は彼を恨んでいるわけじゃない。むしろ、少しだけ感謝していて。
何に感謝しているんだろう……? よく分からないけど。
町中はさっきと同じく静かで、私をさらなる恐怖へと駆り立てた。
誰もいない……今に、私を狙う人で埋め尽くされるんだろう。
そう思った矢先、城の方から『ひゃくっ!』という叫声が聞こえ、歓声とともにもの凄い足音が響いてきた。
「え、や……っ」
もう、100まで数えたの?
恐怖と焦燥、緊張や混乱……そんな気持ちが混ざり合って、蹲って泣きたくなった。
どうして? 夢なら、早く覚めて。こんな悪夢なら要らないから―――
ふいに、明るい姉の微笑った顔が脳裏にフラッシュバックした。
何だかんだ言って、優しいお姉ちゃん……。
何でこんなことになってるんだろう、お姉ちゃん助けに来てよ……。
お願い。助けて。
ダァン!
私の心臓を射抜くように、それはあたりに響いた。
生まれてから初めて聞く音。でも、それが何の音なのかは容易に想像できる。
きっと、銃声だ。
私も、撃たれるのかな? 殺されることはなくても、足を撃ち抜かれることくらい、きっとあるんじゃないかな――それくらい、おかしくはないもの。
ふらふらと歩きながら、自嘲気味に笑う。
もう限界だった。狙われる恐怖……これだけで、こんなにも壊れてしまうなんて思っていなかった。
「アーリスちゃんっ」
「!?」
そんな私に、上から降ってきた明るい声。
顔を上げると、そこには……猫?
「見つけた」
猫っていうか、猫のコスプ…………じゃなくて。ハク君の猫版みたいな、紫と桃色のしましまの耳と尻尾……って趣味悪くない!?
顔は悪くない。ぶっちゃけあれをイケメンというのだろう。肩にかかる程度の長さの漆黒の髪と、少し幼さを残した透き通る紫の瞳が印象的で。
彼は黒い服に身を包み、こっちを向いて悪戯っぽく微笑んでいた。
「……だ、誰?」
「俺はチェシャ猫」
「チェシャ猫……?」
噛みそうな名前だなおい。
もっと楽な呼び名はないんだろうか。
そんなことを考えながら、彼を見つめる。
「君をさらいにきたんだ♪」
そこ『♪』付けるとこじゃねえよ!
「えー……断るわ。じゃあね!」
私はそう言って再び走り出す。
背後の声は無視。そうじゃなきゃやってられないわ。
――それにしても……何でだろう? 私は不思議に思っていた。あいつの顔を見た瞬間から、また、勇気が湧いて、元気が出た。
ほら、今もまた走れる……恐怖なんてなかったように。何で、あいつのおかげ……?
「って、逃がさないよ?」
「うぎゃあああ!?」
とっ、突然目の前に出てくんなっ!
「顔近い! 近いからっ! よけろ!」
「嫌」
チェシャ猫はにやにやしながら私の方に歩いてくる。私は勿論後ずさり。
って、後ろからも人来てるから……逃げ場ないんですけど!
「行くよアリスちゃん♪」
笑顔で腕をつかまれた。
「え、ちょ!?」
&お姫様抱っこされた。
この国の人はお姫様抱っこが好きですね?
って、そういう問題じゃない!
「降ろせーっ!」
叫びも虚しく、私は本当にさらわれてしまったのでした……。
……あれ? これ、どうなんの?