第47話 斧と亀裂と怖い顔
い、一か月ぶり……?
申し訳ないです……!
チェシャさんとグリフォンいるので許して下さ(自主規制)
出来るだけ早く更新できるようにしたいと思います、温かく見守って下されば幸いです*
私は弱い人間だ。
超人的な力もないし、些細なことに涙する。
それどころか普通以下。平凡な強さすら、多分持ち合わせてはいない。
友達が困っていても助けられないし、誰かを救うなんて大したことは出来そうもない。きっと無理だ。
だけど――。
私は深呼吸を何度も繰り返しながら、前を見据える。
「――何の真似だ?」
前。大男はその巨体によく合った大きな斧を構えて、私の方を睨んだ。
――私は弱い人間だ。
今も、震えてる。どうしようもないほど弱い。
怖くて仕方なくて、鋭い眼光だけで負けてしまいそう。きっとすごく、頼りないんだろうと思う。
だけど。だけど。
幾度か深呼吸をして、私はちらりと横を見遣った。
そして、それとほぼ同じタイミングで。
「ジャック、そうやって女の子を睨むことないんじゃない? だからモテないんだよ」
もともと怖い顔を更にしかめたその男の目の前を、横からからかうような言葉と爆音と、黒い何かが通り過ぎていく。
ひゅんと一瞬、沈黙が降りる。
男が表情を変えないままに首を捻って振り向けば、そこにはにやにや笑いがあって。
チェシャ猫と呼ばれる青年が、黒光りする銃口を男に向けていた。
「……何の真似かと、聞いているだけだが?」
「その顔怖いんだって。顔変えてくれば? 出来ないならそっち向かないでね」
彼は馬鹿にするように口元を歪め、二発目、三発目を撃つ。耳をつんざくような銃声。
けれど男は、掠ることもなく弾を避けている。どうやったらあんな風に避けられるのかは謎だ。
「ありす」
放った銃弾を次々と避けられながらも、相手を自分のペースに巻き込んだらしいチェシャ猫は余裕の笑みを浮かべながら私の名を呼んだ。
「グリフォンは助けられたみたいだね? まあ事情は後で聞くけど」
彼は視線は前に固定しながら、明るい笑みを口元に浮かべる。
「――とりあえず、ごめんね」
――ごめん?
予想外の言葉に、私は思わず目を見開いた。
何で謝られたんだろう。私、謝られるようなことしたっけ……?
科白の脈絡がつかめない。何て反応したらいいのか分からない。
訳が分からず固まっていると、チェシャ猫はさっきより弱々しく笑って。
「綺麗事とか、無力とか……傷付けたでしょ」
そう言われて、私はようやく思い出した。
グリフォンを助けに行く前――あの時の、チェシャ猫とのやり取りを。
『――そんなの、綺麗事でしかないでしょ――』
『――ありすが持てる責任なんて、どれほどのものさ――』
『――いくら強く助けようと誓っても、ありすは無力でしょ――』
……そっか。確か、ケンカ別れみたいなことになってたんだっけ……?
すっかり忘れてた。色々あって、それどころじゃなかったから。
別に怒ってないよ、こっちこそごめんねと――そう言おうとして、黒い影が視界に入った。
「余所見をしていていいのか?」
「わっ!」
突如、私とチェシャ猫の間に大地をも裂く轟音が響き渡る。
大振りの斧が降ろされ、さっきまでチェシャ猫がいた場所には大きな亀裂が走っていた。
斧。斧が、振り下ろされただけなのに。
思わずぞっとした。まるで、人間業じゃない。
チェシャ猫は身軽に避けたけど……もし当たったら、ひとたまりもないじゃない。そう思うと、背筋が凍るような思いだった。
「ま、とりあえず話は後で! 今はとりあえず逃げることだけに集中して――」
「あっ、ちょっと待って! 違うの!」
ジャックから離れて遠くへ跳躍しようとするチェシャ猫に向けて、私は出来る限りの大声で叫ぶ。
「戦うの! 私、戦いに来たの!」
え、と動きを止めてこっちを見ているチェシャ猫が見えた。
まさか。そんな表情をして、さっきの私のように固まっている。
……確かに、こんないかにもひ弱そうななただの女子中学生が戦うとか言っても正気ですかって思われて終わりだろう。
しかも、相手は斧で地面に亀裂を入れる奴。敵いっこない。
「だから、チェシャ猫、グリフォンと一緒に頑張ってね!」
だけど勿論、私が戦うわけじゃない。……怖いし。
そもそも戦う戦わない以前に勝負にもならないと思う。
だから、私じゃなくて、二人に戦ってもらう。
「……単に人遣いが荒いだけだよねぇ、ありす」
「あれ。グリフォン、あなたまだいたの」
「……ひどいし」
潔く諦めてジャックと戦いに行ったかと思えばグリフォンはまだ私の後ろにいた。
だから私はか弱い女子中学生なんだって。戦えるわけがない。
思いながらも、にっこりと笑ってやる。
「うん、私説得役だから。頑張ってね」
「え、ジャックを? 説得するの?」
「そうよ」
素直に頷くと、グリフォンはあからさまに嫌そうな顔をした。……何よそれ。
一瞬ムッとしたけれど、ちょっと思い直した。私なりに考えたつもりだったんだけど、やっぱり無茶かな。
考える。……確かに説得を聞きそうには見えないよね。顔が。
「……じゃあやめる。二人で頑張ってね」
「え、嘘! 嘘ぉ! 是非説得してて!」
あっさり認めた途端に、グリフォンは焦って言葉を返してきた。
何よ。さっきあんな嫌そうな顔したのに……何故そこまで焦る。
「だって、説得できそうな顔じゃないじゃない」
「そうだけどぉ……気が逸れるかも知れないじゃんかぁ。ありすの方に気が向いてて俺の狙われる確率も低くなるし、ね? ……逃げてもバレないかもしれないし」
「……このチキンめ」
ぼそりと捨てられた、最後の呟きまでちゃんと耳に入った。
狙われる確率とか。逃げる気でいるのかこいつ。
ものっすごく頼りないんだけど……いいのか。よくないよね。
だけど今は信用するしかない。頑張ってもらうしかないもの。私はグリフォンの肩をぽんと叩いた。
「ま、とりあえず頑張って! ちゃんと守ってね!」
「それはチェシャ猫に頼んでよぉ。俺自分の身を守る自信さえない……」
駄目だこいつと思いながらも、私は歩き出すグリフォンの背中を見送る。
――死なないで。
それだけが気掛かりだった。
くだらない冗談なんかで気を強く持とうとするけど――いや、半分くらい本気で言い合ってたけど――やっぱり、怖い。
「じゃあ頑張ってねえ、チェシャ猫」
「え、グリフォンも戦うんだよね? どういうつもりか知らないけど俺だけ戦わせるなんて卑怯じゃない」
「卑怯で結構ー」
だけど二人は普通にそんなことを言い合っていた。
言い合いながらも、凶暴に斧を振り回すジャックに立ち向かっていく。
説得……説得、か。そんな大したことはできないかもしれない。
けれど、せめてさっきグリフォンが言ったように、気を逸らすくらいのことはしなきゃ。
私はようやく覚悟を決め、キッと前を見据える。
――だけど。
「貴様らは、白薔薇の花言葉を知っているか?」
さっきに口を開いたのは、ジャックだった。
「……は?」
三人の声が重なって、沈黙が、訪れた。