第45話 散る花弁散らす薔薇
ひ、久しぶりな上に短くて申し訳ありません!
何とか時間を作って更新していきたいと思います……。
薔薇を散らす。
灼熱に身を委ね、血のように紅い花弁。
どれほど美しく咲こうとも、散る時は皆等しく、儚く散るものと。
薔薇を散らす。
一枚一枚、惜しむように。
愛で愛した美しさも、やがて枯れることを知っているのだから。
薔薇を散らす。
別れを告げる、口付けを落として。
枯れる前に、散ればいい。そう願って、それが正しいことを信じ。
「美しいものは、儚いものだ」
自分の声とは思えないほど、平淡な響きを含んだ声は言う。
それでもそれは正論。と、私は信じる。
「――陛下?」
そして、対称的な低さを持った声は答えた。
私の声に、小さな不安の響きを孕んで。よく注意して聞かなければ分からないほど、小さな震えを咲かせ。
「どうか……、致しましたか」
「ふん。どうもこうもないだろう?」
グリフォンもアリスも逃がしたというのに――私が当たるようにそう言い捨てると、それはうっと呻いて苦々しい表情を浮かべた。
そのことを、自分の責任だと感じているのだろう。愚かで忠実な我が部下――ジャックは。
「も、申し訳御座いません――」
馬鹿らしいと思いながら、私は薔薇の花弁を力任せに千切る。それの声をバックに。
「た、ただ今、後を追わせていますので――っ」
「そうか。それなら呼び戻せ。アリスを追い掛けていった者は、全部」
「――え、は、は……?」
床につくかと思うほどに伏せた顔を、弾かれたように上げるジャック。
何を言われたか、よく呑み込めなかったか。
私は胸の内からため息を押し出し、もう一度同じことを繰り返す。
「呼び戻せ。全部」
「で、ですが……」
「呼び戻せと言ったら早く呼び戻せ。お前は私の忠実な部下、だろう?」
半ば脅すように突き付ける言葉。紅を散らしながら、目を上げる。
ぐっと反論の言葉――であろうモノ――を飲み込んだジャックは、小さく肯定の意を呟くとゆっくりと立ち上がった。
私は元々、アリスを城で捕まえようなどとは思っていなかった。
ただ、それは罠。
それを囮に――私自身が、どうとでも出来るからだ。
でもそれを解っていない。思いつめたような表情で、のろのろと立ち上がるジャック。
その緩慢な動作は、私を苛立たせたが……それでも私は、何も言わずにそれを眺めていた。何枚目かも知れない薔薇の花弁を、足元に落として。
「…………陛下」
そして――そのまま部屋を出ていくかと思えば、そうではなく。
どこまで私を怒らせたいのか、ジャックはこちらを見下ろすような体勢で小刻みに震えていた。
「……どうした? 何か私に言いたいことでもあるのか」
「――いえ……」
目を瞑り、ジャックは何度か大きな呼吸を繰り返す。
言いたいことがあるのなら、早く言えばいい。
そんな私の視線をも無視し、ジャックはゆっくりと瞼を持ち上げた。
「――陛下は……私と過ごした、幼少時代を覚えておいでですか」
「……は?」
その言葉は、あまりにもその場にそぐわないものだった。
それでも、ジャックは気にしている様子を全く見せない。
胸の内をふつふつと沸かせる憤怒を感じ、私は眉を吊り上げて問い返す。
「幼少時代……だと?」
「はい、幼少時代のことでございます――まだ、陛下が『アリス』の意味も知らなかった頃のことを、覚えておりますか?」
覚えていない。
そう答えるのは簡単だったが、とにかく、ジャックの態度が気に食わなかった。
答えてしまうのは、その態度を認めることと同じだ。
そう思った私は口を噤み、ただそれを睨む。
「もう、覚えていないやもしれませんね……」
それも、ジャックは意に介さず。
「私はあの頃の陛下が、何よりも、輝いて見えておりました」
「何を言って……」
「勿論、今の陛下も私はお慕いしております。けれど、それでも――」
目を閉じ、そして開ける。
そんなジャックの様子は、何かを決意したような――そんな、それに似たようなものがあった。あったから、私は怯えた。
顔には出さずとも、口には出さずとも、それははっきりとした意思表示だったからだ。
「……陛下の、望む通り。アリスを追い掛けていった者は全て、呼び戻します。そして私がアリスを捕まえます。陛下がそれを望むのなら、私は必ずアリスを捕らえてみせましょう」
そう告げたジャックの瞳には――私とは確実に違えた、意志の光が宿っていた。
枯れたはずの、散ったはずの薔薇が、その首を、もたげた。