第44話 魔法の言葉を囁いて?
更新遅くなりました……!
本当にごめんなさい><;
「……グリフォン……っ!」
私は男たちの腕を振り切って、彼の方へと走る。
他の何も気にならなかった。男たちの声も。ただ、その距離を埋めるように。
相変わらずへらへらと笑うグリフォンは、そんな私をよしよしと抱き止めてくれた。
「ば、馬鹿な……明日まで起きないはずじゃ!?」
「それどころか……牢屋を、壊すなんて……」
信じられないという表情で、男たちはグリフォンを見ている。
私も勿論驚いたけれど、それより喜びの方が勝っていてそれどころじゃなかった。
ただ嬉しくて。胸を弾ませながら、グリフォンを見上げていた。
「んー、身体、鈍っちゃったかなぁー。何か昔は、こういうことしてたけどぉー」
まるで何でもないことのように、グリフォンはさらりと言い切る。
……こういうこと? どういうことだ。脱走か。
不審に思いながらも、やっぱり嬉しさには勝てなくて。
グリフォンの身体に、自分の体重を預ける。
「……アリス、重い」
「え、ひどっ!」
だけどいつものグリフォンだ。よかった。
「あ……っ! お、お前っ、思い出したぞっ……」
弾かれるように、男の一人がグリフォンから離れる。まるでいけないことでも言うように、震える声を絞り出しながら。
どうしてかしら。彼のグリフォンを指差す腕も震えていて、何だか、怯えているみたい。
一体何だろう? 思って、意識の半分で聞いていると、彼はとんでもないことを言い始めた。
「グリフォン――お前、10年前のあの事件の脱獄犯だな……!」
「あ……っ、そういえば! お前、確かにあの……!」
もう一人も同意するように、声を張り上げる。
脱獄犯? 10年前? あの事件……?
それって、一体何のこと?
私は思わず身体を強張らせて、グリフォンを見上げる。
けれど。
「んー? 君たち、よく覚えてるねぇ……俺だってもうほとんど覚えてないよぉ、脱獄したんだっけぇ?」
――本人はこんな感じだった。
はあ、と私は思わずため息をつく。そう、この人はこういう人だった。
何だかがっくりと肩の力が抜けてしまう。
でも、脱獄? グリフォンが?
嘘、だって。このグリフォンが? 悪いけど、そんなこと信じられない。
それに、事件って何の……?
「と、とにかく、捕まえろっ!」
「おうっ!」
私がグリフォンをまじまじと見ている間に、わっと男たちがこっちに向かい走ってきた。
視線を戻すと、男たちの目に狂気の色が映っていて――嫌な思いが、胸にじくりと突き刺さってくる。
「ぁ――」
その思いと男たちの勢いとに押され、思わず後ずさると、グリフォンが安心させるようにこっちに微笑みかけてきた。
『大丈夫だ』とでも言わんばかりの、優しい笑顔。
私がそれに目を奪われている間に、グリフォンは前へと足を踏み出す。そして、自分を捕まえようとしている男たちに向かって―――
「残念だけどー、もう捕まりたくないんだよねぇ」
――手を向けた。
何が起こったのか、どうしてそうなったのか、彼が何者なのか――
何も解らないけれど、ただ一つ。
私が一度瞬きした、その後には。
男たちはまるで眠るように――その場にぱたりと、倒れ込んでいた。
「え……?」
信じられない思いで、私は何度も瞬きをする。
そして恐る恐る、倒れている男たちに近付いてみたけれど、……反応は全くない。
嘘、うそ。どういうこと? 何で?
「んとねー、ちょっと眠っててもらおうかなぁって。あんまりややこしくしたくないしぃ」
軽い声で、グリフォンが後ろから笑う。
ちょっと眠っててもらうって……、今の瞬間、何があったの?
だって、瞬きしただけ。瞬きしただけで世界は、こんなに変わった。
この人たち、どうしたの?
私は困惑する。
「アリスは気にしなくていいよぉ? その人たちー、死んでないからー。大丈夫ぅー」
「そ、そういうことじゃなくて……」
死んでないならとりあえず、いいけど。
ちょっとほっとしつつも、私はまだよく状況が呑み込めずにいた。
だから何が起こったのって。
さっきから、脱獄とか、事件とか、頭の中がぐちゃぐちゃで。
教えて欲しくて、グリフォンを見上げた。
「だから俺ー、何か昔脱獄とかしたみたいなんだよねー」
「だから、何で他人事みたいなの。あと、何の罪しでかしたのこの脱獄常連犯」
「……ひど。アリスって、実はSなのぉー?」
何とでも言えば、と私は冷たく切り返す。
冷静になると……何か、恥ずかしいし。目の前にいるのドMだし。
「まあいいやぁ。俺いじめてもらうの好きだしー?」
いや、やっぱり黙れ。何も言うな。
「それで? 一体あなた、何したの」
「何って……ねぇ。よく覚えてないよ」
そう言って肩を竦めるグリフォン。
覚えてないって……どういうことなんだろう。
10年前ともなれば、確かにかなり昔だけど。
脱獄したことを忘れるだろうか、普通。……確かにグリフォンは普通じゃないけど。だけど――
「怪しい奴っ! 捕まえろ!」
――唐突な声。後ろから余りにもベタな科白。
だけど――悪寒に身を震わせるには、十分な威力を持った言葉が降ってきた。
気付かれた? 城の兵……かしら。背筋が凍りつく。その上を、無数の虫が這ってるみたい。
「見つかっちゃったかぁ。じゃあアリス、逃げよう?」
「に、逃げる、って……」
――グリフォンとなら、不可能じゃない気がした。
だって脱獄犯だ。こんなにあっさり人を倒しちゃうほどの人なんだから、逃げるくらい……どうってことないの、かも。
「ほら、乗って?」
「の、乗る?」
「うん。背中ー。置いてくよぉー?」
な、何かそれは抵抗あるんだけどな……。
思いながらも、今はそれどころじゃないので、私は大人しく彼の背中に体重を預けた。仕方ない。この状況は仕方ないもんね。
そんな、自分に言い訳しながら。
預けた瞬間、ばさあっ、と大きな翼が広がる。雄々しい、強さを持った翼。
「あいつ! グリフォンだっ、逃げるぞ!」
「逃がすなーっ!」
人が集まってきてるみたいで、幾重にも重なった足音が響いてくる。
今度は違うことに不安になった。帽子屋さんたち、大丈夫かな……? 私のエゴのために、危険な役を買ってもらっちゃって。
「……あ、そうだ」
ふと、グリフォンが振り返る。
悠長に、その表情には迷いがなくて。
「何、どうしたの……?」
何か大事な話かな。今、離さなきゃいけないような。
そう思って耳を傾けると、グリフォンは――
「アリスの本当の名前。教えて」
――そんなことを言って、笑った。
名前?
私の?
一瞬、言葉がよく呑み込めなかった。
ううん、言葉の意味が考えられなかった、って言うべきかもしれない。
でも、たっぷり三秒、足音がすぐ近くまで近付いてくると、ようやく私はその意味を呑み込んだ。
「アリスじゃなくて……、君の名前」
じっと見つめられる。
黄金の瞳は、いつになく真剣で、きれい。
「知りたい」
ふわりと微笑む、やさしい美青年。
周囲の騒音が、一気に消えた。
――何、これ。
思いながらも私は、その言葉を口にしていた。
アリスとあんまり変わんないよとか、大した名前じゃないよとかそんな下らない前置きじゃなくて。
「ありす……。光野、ありす」
ちょっと発音が違うだけ。
それでも、それが――魔法の言葉だった。
「……そう」
優しい微笑み。
優しい、声。
それだけで、魔法はかかった。
大したことない、呪文でも。
世界に。彼に。私に――。
「じゃあ、ありす。行こうか?」
「! うんっ!」
グリフォンの背中に、安心して体重を預ける。
暖かくて、大きな背中。
私はもう彼を、信じることが出来るから――。
私の名前を呼んでくれる、そのひとを。