第43話 君を呼ぶ声
更新がひどく遅くてすみません……!
早く更新出来るよう心がけます><
どくん、どくんとやけに自分の鼓動が大きく聞こえる。
もしかしたら気付かれてしまうんじゃないかしら? ってほどに。
『――いいか? ありす。これは一番危険な役目だ。それでもやるというなら――』
帽子屋さんの声が、心の中で何度もエコーする。
うん、分かってる、分かってるよ。
危険だって分かっていて引き受けたのは私だもの。
私がグリフォンを助けに行かなきゃ、意味がないの。
ただね、一人じゃ私は無力だから、みんなに手伝ってもらうしかないけれど。
でも――やっぱり、私が彼を助けたい。
だから。
私たちは今、お城に忍び込んでいた。
バレれば捕まる。捕まれば死刑。当たり前。
私は『アリス』だから、もしかしたら殺されないかもしれないけれど。
でもどうなるかなんて、分かったものじゃないわ。
死刑囚を助けに来たのに、死刑囚と仲良く死刑になるなんて冗談じゃない。
私は今牢屋の前、兵士の格好なんかして。
グリフォンのすぐ近くにいる。
他の人は時間稼ぎとか。兵士に眠ってもらったり、兵士の服装はその人からもらっちゃった。
「……おい……何か、聞こえたか」
「いいや、何も」
見張りの兵士の声にびくびくしながらも、私はそっと様子を見張る。
そろそろ交代の時間、のはず。
大丈夫。私は兵士。兵士よ、と言い聞かせて。
「―――交代の時間よ」
できるだけ堂々と、声が震えないようにそう言った。
「ん……? ああ、もう交代の時間か」
眠そうに牢の前を見張っていた兵士が、顔を上げる。
もう一人の兵士は、まじまじと私を見て。
「おい。お前、女か?」
「……そうだけど。見れば分かるでしょ」
私がそう言えば、彼は小さく首を傾げる。
「んー、女の兵なんていたっけか。新入りか、お前?」
「そ、そうよ」
「そうか。新入りか」
納得したように頷くと、それじゃ、と二人は牢屋から離れていった。
――何、案外簡単じゃない?
ひやひやしてたけど、結構簡単に信じてくれたし。
私はほっとして、ふっと牢屋の方を見る。
そこにグリフォンは―――いなかった。
「……え?」
嘘。うそ……
グリフォンがいないどころか、全く空の牢屋。
じゃあ彼らは、何を護っていたというの?
頭が真っ白になって、手足が震え出す。嫌な予感。
ふくらむばかりの絶望に、私は瞬きも忘れていた。
「残念だったな」
後ろから、乾いた笑いが響く。
「女の兵は雇わないことになってる。――ま、そんなルールが出来たのはつい二日前だから、知らないのも無理はないがな」
振り返れば、さっきの兵士たちがゆっくりと歩んでくるのが見えた。
―――そんな、馬鹿なこと。
動悸が激しくなる。心臓が、胸の中でのたうちまわっているみたい。
どうしよう。どうしたらいいの? 何も、分からない。
彼らは読んでいたの? 私の行動を――そんな、嘘。いや。
「あんた、アリスだろ? その黒い髪に黒い瞳……初めて見たぜ」
にやりと、気味の悪い笑みを浮かべる男。
私は思わず、一歩下がった。でも、二人の兵たちは、それ以上のスピードで迫ってくる。
どんどん近くなる。闇とともに、迫ってくる。
「い、や……」
「まだ子供だけどな。でもま、顔は悪くない」
何の話をしてるかなんて――全く、耳に入ってこなかった。
ただ分かるのは、自分の身に危険が迫っているっていうこと。
それだけ。……けど、それだけ分かれば、十分。恐怖を呼び起こすには、十分だった。
「い、嫌っ!」
私は思わず走り出す。
闇の奥へと、冷たい空気を切って。
「おいおい。そっちは行き止まりだぜ? 無駄だっての」
男たちのにやにや笑いが想像できるようだった。
ぞっとして、震えが止まらない。
でも怖くて、走り続けた。
彼の言葉すら振り切って。
そうすれば―――行き着く先は一つ。
黒い壁が並ぶ……、行き止まり。
「いや……」
「だから言ったのにな。もう無駄だ、アリス」
彼らは私に向かって、にやりと笑いかけてくる。
でも話しかけているのは、他の人に対してのようだった。
アリスなんて――私じゃない。私の名前じゃ、ない。
「たす、けて……」
呟いて、牢に背を寄せる。冷たい感触が痛い。でも……。
――そこで、はっと気付いた。
その牢の奥にいる、闇の中で俯いた見覚えのある姿に……
探していた、グリフォンに。
「っ! グリフォン……っ、グリフォン! 聞こえてるでしょ!? 助けてっ!」
私は叫ぶ、一筋の希望に縋るように。
お願いと、届くようにと。
けれど――返事は、なかった。
「……グリ、フォン……?」
どうして? と、私は思わず呟く。
グリフォンは俯いたまま、顔を上げず、その場に座っている。
せめて返事くらい―――どうか、私に気付いて。
そう願っても、ただ無音。
代わりに答えたのは、男の笑いだった。
「残念だがな、お嬢ちゃん。そいつは昨日から眠らされてるんだ。抜け出したりしないようにな。少なくとも、明日までは起きないぜ」
「そ、んな……」
死んだように眠り続けるグリフォンを見て、私も俯く。
希望は――消えた。
全くの、闇の中。独り残されて。
私は座り込んで、牢の奥を見つめた。
「そいじゃ、大人しく捕まってもらおうか? 小さなアリスちゃん」
男の腕が、私の肩へと伸びてくる。
もうどうでもいいかと、ふと思いかけた。
信じるくらいなら、足掻くくらいなら、あきらめる方が楽かと。
――でも……けれどやっぱり、私は――
「嫌っ!」
ぱしんと、その手を払い除けた。
驚いた顔をして、男たちは私を見下ろす。
「絶対……、絶対捕まらないんだから! 私はグリフォンを助けに来たの! 彼を助けられないままに、終わるもんですか!」
作戦も何も、私にはないけれど。
それでもあきらめない。
グリフォンが私を助けてくれたように、私だってグリフォンを助けたいから。
「――綺麗事も、いい加減にしろよ? アリス。大人を怒らせちゃいけないな」
男たちの目が変わった。
すっと、冷たい色が私を見下ろす。
震えは止まらないけれど……、それでも。
「悪いけど私、あなたたちに構ってる暇ないの。私はグリフォンを助けに来たんだって、言ったでしょ!」
そう言い放ち、私はグリフォンの方を向いた。
「グリフォンっ! 起きて! お願い――、起きてっ!」
それしかない。
叫んで、助けを待つしかないように、私は無力だけど。
でも、やるしかないの。
希望がある限り。可能性がほんの少しでも、残っている限り。
「無駄だって、言ってるだろ?」
ただ冷たい、機械的な声が後ろから聞こえたって、腕を強い力でつかまれたって。
私は牢の中に向かって、必死に叫ぶ。
「お願い! あなただって、こんなところにいたくないでしょ!? 帰ろう――、帰ろうよ! ねえ、今度は拒んだりしないから……!」
無理だなんて言わない。
無駄だなんて思わない。
ただ叫ぶだけ。
ずるずると、牢から引き離されていくけれど。
でも叫ぶのは、思うのは―――強い願い。
「グリフォンっ! 今度は、一緒に、帰ろうよ……っ!」
零れる涙が―――床に落ちた。
――そして同時に、ものすごい音があたりに響き渡る。
「なっ……」
私をつかむ、男たちの手が緩んで。
目の前には、壊れてバラバラの鉄格子、そして―――。
「アリス。呼んだ?」
――ずっとずっと、逢いたかった人。