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第38話 護りたいもの

 私は弱かった。


 周囲みんなに合わせていれば、危険な目には遭わないこと、知っていた。

 だから無理に笑って、無理に話を合わせて、うんざりしていたけど。

 そこに、偽りでも居場所が欲しかったから。


 私は強くなりたかった。


 虐められている子を見て見ぬふりとか、自分を押し殺して笑うこととか。

 誰かの思い通りに、言う通りに動くこと。

 それさえできれば、孤独ひとりにならないことは知っていたから。


 でも……違うんだ。

 そんなものが欲しかったわけじゃない。

 そんなの、理解とは言わない。居場所なんて言わない。


 もっと確かなものが、欲しかった。



 恐怖と安堵の中で。


 理由も分からない涙のために。


 夢を見た、そのあとで。


 生と死が交錯するその狭間で。


 悲しい呪いを断ち切って。



 私は、強くなりたい。


 誰かを護りたい。

 何かを愛したい。

 みんなに笑ってほしい。

 あなたに―――




「――みんなの居場所知ってる? チェシャ猫」

「あ……あぁ、うん」

「じゃあ行こう! 早く行かなきゃいけないの」


 この国を、救いたい。


「おっけ。じゃあ行こうか」


 チェシャ猫は笑って、私をひょいとお姫様抱っこする。


「ちょ、お、お姫様抱っこは駄目!」

「何で? これが一番いいと思うんだけど」

「よくないから! 何でこの国の人たちってお姫様抱っこ好きなの!?」

「楽しいから」

「何が!?」


 もう、と私はチェシャ猫の頭を軽く叩く。

 冗談なんか言い合ってる場合じゃないのに。


「ほら、行くよ」

「え、結局そのまま……っ!?」


 私はバタバタ暴れたけれど、チェシャ猫はそんなことで動じたりしない。

 それどころか鼻歌なんか歌っていて。


「ちょ、チェシャ猫……」

「大丈夫。俺がついてるから」


 そういうことじゃない、と反論しようとしたけれど。

 突然チェシャ猫が走るスピードを上げ、私は反論どころではなくなってしまった。


 景色がどんどん変わって、さぁっと明るい空が広がる。

 何だかすごく眩しくて、私は目を細めた。


「…………あの、さ、チェシャ猫」

「うん?」


 私は空を見上げたまま、疑問を口にした。


「えっと……今、何時?」


 見たところ、真昼ってことはないだろう。

 森の中で目覚めた時には、綺麗な朝焼けが見えたんだから。


「んー……詳しい時間は分かんないけど、朝、ってことは分かるよね」

「そりゃあ……」

「んー、5時半くらい、かな」


 予測だから分かんないけど、と舌を出すと、チェシャ猫はまた視線を前の方へと戻した。

 5時半かぁ。

 私、何かこっちに来てから生活リズムがすごく乱れてる気がする……。

 そんなことを気にしてる暇もなかったから。

 そもそも、私ここに来てどれくらい経ったんだっけ? 日にちの感覚もない。

 半日くらいしかたってない気もするし、一年間ずっといた気もする。変なの。


「……あ!」


 私はそこでとても重要なことに思い当たった。


「な、何? ありす……どうしたの?」

「私……ずっとご飯食べてない」


 私が深刻な表情でそう言うと、チェシャ猫はブッと吹き出した。


「な、何で笑うの!?」

「く……くく……、な、何かと思った……」

「笑うことないじゃないー! 深刻な問題なのに!」

「ごめんごめん……ぷっ、あはははは! お腹痛い……っ!」


 言わなきゃよかった……。

 でも、本当にお腹すいてたから言っただけなのに。

 もう何食食べてないことか。よく今まで動けたのか不思議なほど。


「うー……」

「くく……ごめんってば。機嫌直してよ。あ、ほらほら、ありす。見えてきたよ、公爵夫人のお屋敷」


 渋々顔を上げれば、確かに見覚えのある建物が見えた。

 大きな大きな、お屋敷。

 光り輝いて見えるのは……もしかしなくとも気のせいだろう。

 ただ、あそこにみんながいると思えば安心できる。


「着いたら、ご飯もらおう?」

「……うん」


 私は小さく頷いた。

 ようやくみんなに会える。

 ずっとずっと、引き離されていた気がした。時間的にはそう長くないはずなのに。

 そして、出会ってからも大した時間は経っていないはずなのに。


 『一緒にいた時間』と『彼らへの信頼』は比例しない。

 そういうこと。

 私を命懸けで護ってくれた、そんな事実がみんなへの信頼へとつながっていた。



 早く会いたい。

 会ったら――謝りたい。お礼を言いたい。

 したいことなら、たくさんあるの。


 護られるだけじゃなくて護りたい。

 救われるだけじゃなくて救いたい。


 私ね――今だけでも、みんながいるところが……居場所だって、信じてるから。



 ようやく見えた、小さな人影。

 あれは――


「あ、チェシャ猫……アリス!?」


 ――ミルク君。


「ミルク君っ!」

「アリス!」


 手を振ると、嬉しそうに笑ってくれて。


「みんなぁ! アリスが! アリスが帰ってきたよー!」


 その声で、みんなが集まってきた。

 驚いたような表情で、でも嬉しそうにしてくれて。

 みんな怪我してるはずなのに、そんなの気にしてないみたい。

 嬉しくて、愛おしくて。私は精一杯笑って、手を振った。


「アリス……!」


 みんなが駆け寄ってくる。

 押しつぶされるかと思うような勢いで、抱き締められたり撫でられたりして。

 輪から追い出され、すっかり除け者になってしまったチェシャ猫が『俺のことは無視?』と不貞腐れるように呟いていた。


「よかった……アリス……」

「無事だったんだね……」


 口々に心配の言葉を掛けてくれる人達。

 私は笑って『大丈夫だよ』と返す。それでも心配してくれて、でもそれが嬉しい。


「……アリス」

「ごめんね」


 ディーとダムが、ぽつりと呟いた。


「え……何が? 何で謝るの?」


 私が聞き返すと、だって、とディーが言う。


「僕ら、あんな近くにいたのに、アリスのこと護れなくて……」

「攫われるアリスを、攫って行くジャックを、追いかけることすらできなかった」


 悔しそうにそう呟く二人。

 その大きな目には、涙さえ浮かんでいた。


「ディー、ダム……」

「僕らは2回もジャックに負けた。1回目はチェシャ猫が来てくれなかったら、きっと護り切れなかった」

「ごめんね……アリス、護るって言ったのに……僕らは全然……アリスを護れてない」


 二人は俯いた。

 ――こんなに小さいのに、そんな重いことを背負っているなんて。

 自分のことだけで精一杯なはずなのに。

 辛いだろう、そんな使命。


「……いいんだよ? そんな、私のために命なんか懸けなくて」

「アリス……」

「でも……」


 彼等はもっと小さい時から、“アリスを護る”なんておかしな使命を背負わされてきたんだろう。

 二人だけじゃない。

 ここに集まっている人たちも同じだ。

 アリスを狙う人々はきっと、“アリスを奪う”なんて使命。

 おかしな、狂った運命を、何も疑わずに。


「私はこうして無事だったでしょ? だから、気に病む必要なんて全くないよ。辛いことを無理してする必要はないの」


 私にとっては、彼等の命が失われる方が……怖い。

 私のために命を落とすなんて、綺麗事と嗤われたって絶対に嫌。

 きっと、私は彼等が求めているような『アリス』ではないから。


「私は、みんなに生きてほしい」


 それは本当。

 誰も死なないでほしい、なんて浅はかかもしれないけど。


「だから……」


 私は二人を強く抱き締める。

 抵抗は無くて、二人とも強く私の腕をつかんでいた。




『私のために頑張らなくて、もういいんだよ』




 それはみんなに言いたかったこと。

 今度はきっと、私がみんなを救う番。

 みんなを、この国を……私が救うことが出来るのなら。


「ありがとう……アリス」


 温かい雫が、地面にぽたりと落ちた。




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