第3話 ゲームの真意
「貴女はどこに行っても構いません。自分から誰かに屈服しても勿論よろしいです」
「誰かを拒絶するのもいいのよね?」
「勿論です。ただ、それで相手が退いてくれるかどうかは別問題ですが。――ああ、暴力を振るうのもいいこととします」
――何だか、怖いゲームだなぁ。
私は他人事のようにそう思った。
きっと正当防衛って奴なんだろうけど。
まあ、ケンカは結構慣れてるから、暴力なんてはしたないとか言えないけどね? でもクラスの男子を相手にしたくらいの私の力が、ここで一体どこまで通用するというのだろう。
「じゃあ、大抵のことは許されるのね?」
「ええ。ああ、あと、このゲームでは国民ほとんどが貴女のことを狙っていますが、1万人の国民のうち10人だけ貴女の味方がいます」
「味方?」
「はい。貴女を狙わず、かくまってくれる方々です」
細い指を突き立て笑顔のハク君を横目に、私は考える。
――1万人のうち10人か……、気は遠くなるけれど。
いないよりましかな。一体誰で、どんな人なんだろう。いい人だといいけれど。
「ねえ、それって誰なの?」
「それは言えません。貴女がご自分で見つけて下さい」
ハク君は首を振る。当たり前か。そんな私に有利なもの、教えてくれるわけもない。
むう、仕方がないか。こうなれば私の観察力に賭ける。
「あ……ねえ、もし、私が誰かに屈服したらどうなるの?」
「勿論ゲームの終わりです」
「そのあとよ。ゲームが終わったら、一体どうなるの? 私は……」
「誰かに屈服した場合、その方の『もの』になります。365日貴女が誰のものにもならなかった場合は、先ほど言った通り、女王様の『もの』に」
ぞっとした。
淡々と言い切るハク君の気持ちが信じられないくらい。彼はあちら側の人だからかしら。私にとってはとんでもないことだ。
絶対、誰かの『もの』になんてならない……ハク君を捕まえて、元の世界に帰してもらわなきゃ。
これは、ただの遊戯なんかじゃない。
「……ねえ、ハク君。どうしてこんなゲームが行われているの? いつからこんなゲームをやっているの?」
「そうですね……このゲームは今回で100回目です。最初に行われたのは、今から500年も昔と言われています」
「どうして……私なの?」
「貴女が、アリスだからです」
顔に似合わない大人びた声で告げるハク君。
私には、その意味は分からなかった。『アリス』だからって……そんなの、理由になっていない。
アリスという名前だから? そしたら、その名前だけで一体何人の人が犠牲になっているんだろう。
それとも、アリスに相応しいから? ……全然、分からない。
「詳しいことは、また今度教えましょう」
「こ、今度って……」
これからどうなるかなんて、全く分からないのに?
そう言おうと思ったけれど、彼がふっと寂しそうに笑ったので、私は何も言えなくなってしまった。
「今はその時じゃありません。――もし、また会えたら話しましょう」
「え、ちょっと――」
「時は満ちました。もう、始めなければなりません……」
ハク君は私の言葉を遮って、甘風に晒された一輪の花のように笑む。
まるで、本当は始めたくないとでも言うような言い方で。よく分からないけれど、胸がしめつけられるようだった。
「アリス……逃げて下さい。僕を捕まえに来て下さい。誰にも屈さないで……負けないで下さい」
そっと呟かれた言葉。私は夢から覚めたように、はっとハク君を見る。
その言葉に、全ての答えがつまっている気がした。
それに……。
「は、ハク君! このゲームには、何の意味があるの……!?」
「意味なんてありません。これは、呪いなんです」
ハク君は私から離れていく。
そして、また大人びた表情に戻って、蟻の軍隊のように群がる国民たちの方を向いた。
「……これから、ゲームを始めます」
その横顔に、どこか悲しげな色を浮かべるハク君。彼の口から紡がれる言葉は、どこか遠くでやり取りする言葉のように、私の心には虚しく響く。
その言葉を聞いた国民たちの歓声さえ、私の心にはどこか寂しげに――……