第37話 強くなりたい
相変わらず更新遅くてすみません。
「まだ見つからないのか?」
聞き慣れた高い声が、責めるように言う。
「はっ、申し訳ありません」
私はさっと膝をつき、謝罪の言葉を口にした。
が、彼女は壁の一点を見つめたまま動かない。まるで、どうでもいいというように。
「陛下……?」
「アリスを捕まえるのに、こんなに手こずったことが他にあったか? 今回のアリスは――どうかしている」
――どうかしているのは我々の方だと、それは言わないでおく。
ただ顔を伏せたまま、言葉を紡ぐ。
「今回のアリスは、いつものアリスとは違います。外見からしてもそうですが、彼女は何と言っても『元の世界に帰りたい』と、我々の前ではっきりそう告げました」
「……そうだな」
私達にとって、それほど恐ろしいことはない。
アリスがいなくなってしまえば――そんなこと、想像もしたくないほどだ。
「では、探索に戻りますので――」
「いや、待て」
立ち上がろうとしたところを、陛下に制される。
何事かと顔を上げれば、陛下は無表情で口を開いた。
「お前はいい」
「しかし……」
「今回はもう十分働いたからな。逃げられたとはいえ、アリスを捕まえたのもお前だ」
何故突然そんなことを言い出すのだろう、と私は不思議に思う。
陛下は元々そんな方だっただろうか。
――いや。それはありえない。
なら、どうして……。
「お前は休んでいろ」
「……ですが……」
「私の命令が聞けないのか?」
鋭い視線に射抜かれ、金縛りにあったかのように動けなくなる。
彼女に逆らえはしない。
分かっていたはずだった。
「……は、失礼しました」
私は落ち着いて言葉を続ける。
「全て、貴女の仰せのままに」
「それでいい」
満足そうな顔を見せた陛下を一瞥すると、深々と礼をしてそこから出た。
陛下は、もう何も言わない。
……そして自室に帰っていく途中、思う。
陛下に何があったのかと――どんな変化が訪れたのかと。
――でもまあ、私には関係のないことだ。
関係があるのは、アリス――あの少女のみ。
ただ――あの少女に、追悼を捧げようか。
全て、アリスを夢見たのが悪かったのだと……。
☆★☆
腕の中に収まる少女が、見た目よりずっと小さく感じられた。
強く抱き締められても、振り解く様子も怒り出す様子も、殴ってくる様子もない。
ただ、この位置からだと、彼女がどんな表情をしてるかは見えないから、どんな気持ちで抱き締められているのかは分からない。
「……ありす?」
「……ん」
返事は、小さな呟き。
そっと髪を耳にかけてあげても、抵抗する様子はない。
――嫌がってないのか。
実際、予想外だった。
だって、ありすのことだから絶対に嫌がると思ったのに。
「ごめんね」
そっと謝ると、ありすは小さく首を振る。
「怒って……ないよ」
ひどく怒っていたさっきとは打って変わって、弱々しい声で呟くありす。
どうしたんだろう。そっと彼女の顔を覗き込むと、そこには憂いの色が浮かんでいた。
「……ありす?」
「……怖いんだ」
ひとり言のように出てきた言葉。
「私、多分、怖いんだ。今までずっと周囲に合わせて生きてきた。それが一番賢い生き方だって」
そっと伏せられる睫毛、躊躇うような口調。
声が少しだけ震えている。
「今までは、私じゃなきゃ駄目なんてこと、きっとなかった。でも、今、私は……」
ありすは、迷うように、言葉を選ぶようにゆっくりと話し続ける。
「……私じゃなきゃ呪いを解けないなんて言われて。どうしたらいいか分からないの、みんな幸せになってほしいなんて綺麗事。でも、それが本音で……けど……」
言葉が出てこない、と言った様子で言い淀むありす。
――当たり前だ。
彼女は平凡な、戦いも身近な人の死も知らないような少女。その反応は、当たり前なんだ。
「……ありす」
「でも……どうしたらいいなんて、聞かない」
触れることも躊躇われるような、か細い声。その声とは相反してその言葉は力強いもので。
ふとありすは、突然顔を上げて俺の方を見た。
「――優しくしないでほしいんだ」
さっきよりも力強い声で、ありすはそう告げる。
意味が分からず、俺は一瞬固まった。
その言葉には、どういう意味が含まれているのかと。
「あ、えっと……違うんだ。チェシャ猫が嫌いとか、そういうわけじゃなくて」
俺の様子を見て焦ったのか、ありすが困ったように言う。
「みんなのこと、好きだけど……大好きだけど、その優しさに甘えてたら、私、いつまでも逃げ続ける気がする」
予想していなかった言葉が、彼女の口から次々と出てきた。
こんなに強い少女だっただろうか。
彼女は、最初からこんなに強かっただろうか。
「だから、だからね、私――」
俺達の持つ戦闘力なんかとは全然違う。
全く違う、強さ。
彼女はそれを持っていると、その瞬間確信した。
「――強く、なりたい」
そう言った瞬間、その少女の瞳には強い光が宿った。