第29話 アリスと夢見の国
「……みんな、死ぬわけないさ」
帽子屋さんがポツリと呟いた言葉。
「え……?」
「呪いなんかには、負けない。負けて、やるものか」
じっと一点を凝視し、強く言い切る帽子屋さん。
呪いって、一体何なの。
教えてほしいのに、みんなは隠すようにして教えてくれない。
それも確か、ルール違反だと言っていた。
「そんなものに、負けるわけには……いかないんだ。俺達は……っ」
それ以上、帽子屋さんは何も言わなかった。
でも、『負けない』という強い意志が伝わってきて―――頼もしくて、ちょっぴり心が痛かった。
「帽子屋さん……」
私は今、帽子屋さんの隣に座り込んでいる。
エースさんは私の隣に立って、周りを警戒しているようで。
お願い、ディーとダム。早く戻ってきて。
そして、笑顔で『みんな生きてる』って……言って……。お願いだから。
「……なあ、アリス」
不意に帽子屋さんに話しかけられ、私はそっちを見る。
「え、あ、はい……?」
何かと思うと、帽子屋さんは辛そうに顔を歪ませて。
「―――怖い思いさせて、ごめんな」
とても優しい声でそう言われ、私は何故か泣いてしまいそうになった。
ううん、泣いちゃ駄目。だって、本当に痛くて、辛くて、怖いのは、みんなの方。
なのに……。
「アリス。泣いても、いいから。俺達は、絶対にアリスを護る。どんなことからも、絶対」
帽子屋さんがそんなこと言うから。
何が悲しいかも分からず、涙は零れた。
泣いちゃ駄目だと、心の声はあまりにも小さく。
「ぅ……あっ、ふ……」
声は嗚咽に変わっていく。
止められない負の連鎖に陥って、私はただ泣いた。
エースさんは、悲しそうに笑って私を見下ろしている。
帽子屋さんも、どこか寂しそうに。
でも私は涙を止められず、泣き続ける。
私、ここに来てから何度泣いているんだろう。みんなに、心配かけてばっかり。
涙よ止まれ……そう思っても、その生暖かい雫は頬を伝っていく。溢れるばかりで、何も得られはしない。
「辛いのは、分かってるから……悪いのは、俺達だ。アリスが我慢することはない」
それは、あまりにも甘美な誘い。
怖くて、悲しくて、縋ってしまいそうになる。
でも、それが許されるの? 私は、これ以上彼らに隠れてなんていられない。
自分が傷付かないために人を傷付けるなんて、それはきっと許せないこと。
綺麗事だと言われても、私にはそんなことできない。
偽善者だと呼ばれても、私にはそんなことできないから……。
「狂っているのはこの国の住人。アリスは、それを無理して愛することはないんだ」
でも、それでいいの? 全てはそれで終わるの?
許せないものが、あるはず。
そう、事態はそこまで簡単ではない。
「アリス……」
エースさんの声が聞こえる。
でも、それは私の声にかき消され、私の心には響かない。
私は何故泣いているの? 分からないほど、それは心の奥底まで塗り潰していた。
もう、私が泣いている意味など、誰にも分かりやしない。
「……ごめんなさい……」
「あ、アリス?」
「ごめんなさい……っ、わた、し、泣きたいわけじゃ」
「……大丈夫。咎めたり、しないから」
大きな手がそっと私の背中を撫でていく。
辛いのは帽子屋さんなのに、何で私が泣いているの。
私の泣く声は虚空に響き、ただ寂しさを倍増させる。
「ちが、うんです……帽子屋さ……っ、ちが……」
言葉にならない私の声が、その場に響く。
「愛して……る、んです……。私、みんな、好きなんです」
「……アリス……?」
涙はやっぱり止まらない。
言ってることが、うまく伝わっているかどうかも分からない。
「私、みんなのこと……だい、すきなんです……」
私はこの国の人たちが大好きだ。
こんな短い間で何故そう言える? と聞かれても、私は曖昧に笑うことしかできないだろうけど。
本当に優しい人たちで、アリスという肩書きさえなければ、この国の全てを愛することができただろう。
まだこの国の一部しか見ていないけれど、会っていないけれど、それでも私はこの国が美しいと断言できる。
「アリス……お前」
「無理なんかじゃ、なくて……っ、私、本当に、好きで」
私が必死にそう伝えようとすると、帽子屋さんは優しく淡く微笑んでくれた。
「ありがとうな、アリス」
私はもう何も言えなかった。
涙が、溢れてくるばかりで。
「……やっぱり、白兎を捕まえないとな……」
帽子屋さんの小さな呟きは、私の耳には届かなかった。
「「みんなぁっ!!」」
突如、ディーとダムの声が響く。
バッと振り返ると、そこには笑顔でこっちに走ってくる二人の姿が。
私は急いで涙を拭いた。そして、できる限りの明るい声を出す。
「ディー、ダム!? み、みんなは……っ」
二人のその笑顔に、私は最後の望みをかける。
「あのねっ、聞いて、みんな!」
「みんなね―――ちゃんと生きてるよっ!」
二人の言葉の意味を理解した瞬間、私は世界が薔薇色に染まるのを感じた。
私も、途端に笑顔になる。
泣いていたのも嘘のように。
よかった……みんな、生きてた……。
嬉しい思いが、また一筋涙になって流れる。
今度は、嬉し涙として。
「怪我はしてるけど!」
「手当てすれば大丈夫!」
ディーとダムのその笑顔に、私も嬉しくなり、走っていこうと立ち上がる。
瞬間、
「「アリスっ!?」」
―――感じたこともないほどの大きな衝撃で、私は気を失った。
今回は時間がなく雑になっていますorz
後でゆっくり修正するつもりですが、
誤字脱字等あったら報告して下さると嬉しいです><