第28話 その痛みは誰のせい?
少しビクビクしながらも、そーっと歩いていく私たち。
エースさんは『大丈夫。ここらへんにはもう城の兵いないから……多分』と何とも頼りないお言葉をくれた。多分って。
――それにしても、みんなはどうしてるんだろう。
死んでいるとは思わないけれど、みんながいたはずのところには戻りたくない。もし、その死体があったらなんて思うと怖くて。信じては、いるけれど。
でも、チェシャ猫は生きてたよね。
その様子から言って、みんなは死んでいないと思うけど。信じたいよ。でも……。
「わっ」
「おっと」
悶々と考えていると、小さな石に躓いてしまった。
でも、ぱっとエースさんが支えてくれる。
「す、すみません」
「いやいや。気を付けてね」
その笑顔はとても明るく、私を元気づけてくれた。
不安も、今はあまりない。
ただ――ちょっと頼りないところがあるけど、ね。
「ど、どこへ行くんですか?」
もう城とは答えないだろう、と思って聞いてみる。
エースさんは、うーんと唸っていた。
……決まってないのか? じゃあ、今適当に歩いてるだけかよ。
「まあ、きっと何とかなるよ」
爽やかな笑顔で素晴らしい回答をありがとう。
何とかなるって、緊張感ないなおい。
いいのかそれは? 何とかなる問題なのか?
「エースってば」
「適当すぎー」
ディーとダムは頬をふくらませて怒る。
でも、エースさんは笑ったままだ。
「あはは、だって難しく考えててもしょうがないよ」
何というプラス思考。
私は驚きを通り越してついでに呆れも軽く通り越し、最早感心してしまう。
難しく考えるべきところじゃないのか、ここは。
そんなことを思っていると、ふと不安になって。
「……私、これから、どうしたらいいんだろう……」
「アリス……」
「やっぱり、白兎を探すべきだよ……」
ディーとダムが私の手をつかむ。
エースさんは、そんな私たちの様子を見て、困ったように笑った。
「白兎かあ。……探したいのは山々だけど、今は城の兵たちが全国的に君を探しまわっているからね。二日目にして、本当にすごい状況だよ」
そう言われて、私はぽかんと固まる。
あ、そうか、まだ二日目なんだっけ。
……色々ありすぎて、もっと時間が経っている気がしてた。
まだ時間があるという余裕と、まだ追いかけられなきゃいけないという恐怖。
二つの感情が入り混じって、私は何とも複雑な気分になる。
「ハク……君」
私はポツリと呟く。
彼を早く捕まえなきゃ、……私はどうなってしまうか分からない。
早く捕まえないと……。
どうしても、焦ってしまう。
「……ねえ、アリス。やっぱりさあ」
「みんなのところに戻った方がいいんじゃない?」
「ディー、ダム……でも、ジャックがいるし……」
「どこにいたってジャックはきっと追いかけてくるよ」
「そうそう。生きている限り、きっとね」
ディーとダムに説得され、私たちは仕方なくみんなのところへ戻ることにした。
半分、みんなが心配だったからほっとしたところもあったのだけれど。
どうかみんな生きていますようにと願いながら、屋敷の前へ回る。
そこには――
真っ先に城の兵と戦いに行った帽子屋さんが、血まみれで倒れていた。
頭が、真っ白になる。
「ぼ……っ、帽子屋ぁ!」
「だ、大丈夫!?」
ディーとダムが慌てて帽子屋さんのそばに駆け寄った。
帽子屋さんがふいに、濁った目を上げる。血に汚されたような、暗い光を灯す瞳。
「ん、あ……あぁ……」
――けれど、それでも、彼は生きていた。
怪我はひどいけれど。何とか、死なずに済んだようで。
よ、よかった……。思わず腰が抜けてしまいそうになる。
でも、この怪我、どうしよう――。私のせいで。
「アリス……」
「ぼ、帽子屋さん! しゃべっちゃ駄目、無理しないで!」
「いや……大丈夫だ。すまなかった、あいつを止められなくて……」
そう言って謝る帽子屋さん。
謝るべきなのは、彼じゃないのに。私なのに。
「謝るのは私の方です……。ごめんなさい、帽子屋さん」
何でだろう、また泣けてきた。
己の血で染まり、それでもただ謝ってくる帽子屋さんを見ていると、とても悲しくなる。
――だって、悪いのは私なのに。
「お前が謝るな……、大丈夫だ、死なないから……。それより、みんなは……」
「分かり、ません。ごめんなさい……」
涙が頬を伝う。
でも、それを拭うこともせず、私はただ泣いていた。
私のために、人が傷付いて。
しかも、それを謝られるなんて。
どうして? 全部、悪いのは私の方じゃない。
「ぼっ、僕ら、みんなのこと見てくるよっ!」
「待ってて、帽子屋っ!」
ディーとダムはそう言って駆け出す。
私はそこで、みんなの無事を祈ることしかできなかった。
エースさんも、さすがにそこでは笑うことも出来ないみたいで。
真剣な面持ちで、グッと槍を握っていた。
どうして謝るの。
どうして私がアリスなの。
どうしてこんなことが起きるの。
疑問には、誰も答えてくれない。
涙を流しても、幸福が訪れるわけでもなく。
何で人が傷付かなきゃいけないの?
誰にも傷付いてほしくないよ。
ああ、『アリス』はこの国を狂わせていくんだ。
『アリス』なんていなければ、全て平和に終わるのに。
私がいるからいけないの。
『アリス』なんて存在が。
私は――きっと、ここにいてはいけない存在。