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第27話 窓の外へと飛び出せば

「チェシャ猫っ!」


 私とダムは同時に叫んだ。

 動かなかった身体が動くようになって、ダッと窓の方へと駆けていく。

 そこに倒れていたディーもふらふらと起き上がり、チェシャ猫の方を見た。


「ディー、大丈夫……?」

「う……ん、大丈夫……」


 弱々しく頷くディーを撫でながら、私はチェシャ猫を見る。

 相変わらず笑っているけれど、目は全く笑っていなかった。


「猫め……」

「女子供をいたぶって、何か楽しい? ジャック」


 ジャックと呼ばれた男は、ゆらりと立ち上がる。

 右腕からは血が流れていた。――多分、撃たれたところなんだろう。


「ふん。アリスを連れていくのは、女王様の命令であり、私の使命だ」


 血が流れているにもかかわらず、普通に振る舞うジャック。

 というか、それに気付いていないようにも見える。

 何ていう頑丈な身体なんだ。いや、その精神が普通じゃないのか。

 私には……悪いけど、とても、理解できなかった。


「アリスを傷付けた罪は重いよ」

「……猫のくせに生意気だな。その生意気な口、二度と喋ることのできないようにしてやろうか」

「やれるんならね」


 睨み合う二人。

 私たちは、その二人の様子が怖くて固まっていた。

 ――と、チェシャ猫がくるりと振り向く。

 口を動かし、私たちに何かを伝えようとしているのだ。


 ―――“ イ ケ ”


 ……え? どこへ?

 私は、チェシャ猫と頷く双子を交互に見る。

 ディーとダムはどうやら分かったみたい。でも、この状況で……


「余所見するとは、随分余裕があるなっ!」


 ジャックがチェシャ猫に向かってぶんっと斧を振り下ろす。

 けれど、チェシャ猫はそれを軽々よけ、目で合図してきた。またもや、“行け”と。


「アリスっ」

「行くよっ」


 ディーとダムは小声でそう言ったかと思うと、私を引っ張った。

 私は倒れそうになりながらも慌てて立ち上がると、双子に困惑の目を向ける。

 でも二人は疑問に答えることはなく―――窓へと、体当たりした。


「え、ここ……っ」


 3階、と言おうとして、ぐいっと引っ張られる。

 そして私たちは、窓から飛び降りた。


 ―――え? ちょっ、嘘―――


「いやあああっ!」


 そこは予想以上に高く、浮遊感というよりは確実に落下しているという感覚に焦りながら私は空をかく。

 もしかしたらこれ、首の骨折れるかも―――なんて思うと、途端コマ送りのように時間がゆっくりになった。

 空と地面の境目。ゆっくりと落ちていく身体。抗えない自分――全て、ひどくゆっくりと流れて行く。

 その間に、元の世界のことやここに来てからのことが頭の中に流れ―――人生短かったなあ、なんて思う。もしかしてこれが、走馬灯ってやつか……?

 って私、そんなこと考えてる場合じゃなくて、助かる方法考えようよ――!


 バフッ!


「え……あ、い、生きてる……?」


 私はそう呟く。――地面には、やわらかい感触。

 どうやら走馬灯に夢中で気付かなかったけれど、下には草のクッションのようなものができていたみたいだった。

 そのおかげで助かったみたいなんだけど、つくづく運いいなあ。……いや、こんな世界に来た時点で悪いのかもしれないけど。

 とりあえず、私、生きてる! ちょっと痛いけど! ……うん、ディーとダムも生きてる。よかった。


 私はそのことに安堵しながら、ゆっくりと腰を上げる。


「たた……。チェシャ猫……大丈夫、かな」

「ん、大丈夫だよ」

「チェシャ猫だし」


 ……その根拠の意味が分からんが、まあ信じることにしよう。

 とりあえず、逃げた方がいいかな。私はきょろきょろと辺りを見回そうとして――


「そこまでだ」


 突然聞き覚えのない低い声に、止められた。はっとしてそっちを向く。


 そこには、私たちに槍を向ける人が一人。

 さっきの『ジャック』って人よりも細身で、背が高い。髪は柔らかい茶色に、目は黒。顔はいい方だと思う。……さすが美形の国(勝手に命名)。

 ―――って私、何でそんなに悠長に人間観察してるんだ。相手は槍を持ってて……持ってる、のに。

 どうしてかしら。私たちに槍を向けてきているのに、何故か全然怖くない。


「……どちら様ですか」


 私の質問に、相手は微かに顔をしかめる。

 はっと口を抑えたけれどもう遅い――この質問はさすがに駄目だったか、と言ってから後悔した。

 お、怒ってたらどうしよう……相手は仮にも怖くなくても、槍を持っているのだ。


「俺はエース、城の兵だ」


 え、普通に答えんの!?

 こっちが吃驚だ。普通に答えるなよ。いいのか?

 私は驚きながらも、そうっと控えめに言葉を続ける。


「……その槍、下ろしてもらえませんか?」

「いいだろう」


 普通に下ろしてくれた。

 え、この人、何なんだろう……。いいの? いいのか?


「もうっ、誰かと思ったらエースじゃん」

「なんだぁー」


 そんな私の心配をよそに、ディーとダムは、ほっとしたように草のクッションに倒れ込む。

 ……え、何だ、って。


「……まさか、知り合い?」

「うん」

「味方だよ」

「みっ、味方ぁ!?」


 私は思わず声を上げた。

 し、城の兵って言うからてっきり私を狙ってるのかと……。

 ほっとして、肩の力を抜く。


「君がアリスかい? よろしくな」


 この人しかも、喋り方がフレンドリーになった。

 まあ、味方に出会えてよかったけど……。

 爽やかな笑顔が印象的な人だ、と私はそんなことを思う。


「よろしくお願いします」

「ああ、末永くよろしく!」


 末永くって。何となく嫌な言い方だなと私は思った。どうでもいいけど。


「……それでさ、ディー、ダム。ところでなんだけど……、俺はどうすればいいと思う?」


 突然の問い。え、と私たち三人は一斉に呟いた。

 どうすればいいとは、何がだろうか。何だか、ものすごく嫌な予感がするんですが……。


「いや、さ、俺はつまり、城の兵なんだ」

「はあ……」

「だけど城の兵でありながらも、アリスの味方でもある。女王様にはアリスを連れてこいと言われて、でも、俺は君を護らなくちゃいけないし……」


 そんなこと聞かれても、と胸中で呟く。

 ディーとダムも同じらしく、困惑した表情を見せている。

 でも知りませんなんて突き放すこともできないよね。せっかくの味方なんだし、何か可哀想だし……。


「どうしよう! なぁ!? どうすればいいっ!?」


 うーんうーんと唸るエースさんにがしっと肩をつかまれ、がくがくと揺すぶられる。

 い、痛いです。やめて下さいっ。


「ちょ、あの……く、苦しいんですけどっ」

「あ、ああっ、ご、ごめん」


 エースさんはおろおろしながら私の肩をぱっと離した。

 い、いや、そこまでおろおろしなくても……。面白い人だな。

 ……とか、相手が困ってるのにそんなことを思うのは失礼だけど。


「……あのさー、エース」

「それは、君の意思によると思うよ」


 ディーとダムの呆れたような言葉に、エースさんは困ったような顔をする。

 やっぱり面白い。……顔が。失礼だけど。


「でも……、どちらにしろ、俺は罰を受けることになるんだよ。アリスを連れていかなければ女王様に首を斬られる。でも君を護らなきゃ、ルール違反だ」


 大変だなあ、と私は思わず同情した。

 てか、女王様バイオレンスだな。首斬るって。怖いだろ。あんなに美人なのに。

 ……あ、でもそういえば、ルールに違反すると、どんな罰が待っているんだろう? 何だか気になる。


「ねえ、その、ルールに違反すると、どういう罰を受けなきゃいけないの?」

「……そ、れは……アリスには、ねえ」

「それを言うのも、ルール違反……なんだ」


 ディーとダムは、言いにくそうに顔を合わせる。

 それを言うのもルール違反? どんなルールなんだ。理不尽すぎる。


「それは、ハクか女王様の口から聞いたらいいよ。教えてくれると思う」


 代わりに、エースさんが明るくそう言った。

 ……この人、もう悩んでなさそうだな。

 まあ、ポジティブでよしとしよう。


「よし、俺は、とりあえず君についていくよ。女王様に捕まらなければ首も斬られないしね」


 ぐっと拳を握って見せるエースさん。……楽天家すぎる。

 私は呆れた視線でじとっと見た。

 捕まったらどうするとか考えないのか? ……ううん、味方してくれるならまあいいか。

 私もそう割り切り、もう一度『よろしく』と言っておいた。


「さて、行くか!」


 そんなこんなで話もまとまり、すっかり明るくなった(あ、元からか)エースさんはそう言ってざっと振り返る。

 行く? ……その言葉だけだが、私は何だかよく分からない不安を感じた。


「ど……、どこに?」


 そんな私が、控えめ~に聞くと――エースさんは、とびっきり爽やかな笑顔で。


「城に!」

「駄目だろ!?」




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