第17話 双子は回って自分を隠す
私の前では、お馴染み猫と、二人のそっくり少年が。
「二人がかりなんてずるいじゃん」
「チェシャ猫が悪いよ」
「アリスに手を出すから」
何故か口論していた。
いや、むしろ今にも殴り合いにでも発展しそうな勢いだぞ。いいのかこれは?
というより、私疲れたんで早く休みたいっていうか……せめてお屋敷にくらい入りません?
「僕らが味方じゃなかったら」
「すぐにでもアリスをもらっちゃうのに」
……おいおい。そこの二人。爆弾発言自重ー。
いや、本当にもうやめて。ただでさえ大変なのに、これ以上私の頭を痛くさせるなと言いたい。
「もらっちゃえば?」
「ちょ、はああ!?」
ち……、チェシャ猫め、何てことを! 思わず声が上がる。
さらりと言ったその言葉に、どんな意味があるのか分かってるのか。
この国の住人ならやりかねないんだぞ……!
「馬鹿言わないでよ」
「そんなことしたらルール違反だもん」
頬をふくらませてそんなことを言いながらも、私の方にすり寄ってくる二人。え、これはルール違反じゃないのむしろセクハラじゃないの?
まだ、自己紹介もしてもらってないんですが……。
どうやら双子みたいだけれど、どっちがどっち? 全然分からない。
顔性格身長声しゃべり方、違いなんてあるんだか。せめて名乗ってくれないと何なのかさえ分からない。
……まあ、とりあえず味方ではあるみたいだけど……不安だ。この国、味方も敵も変態ですから。
「ね、ねえ、二人とも。あの……名前、何ていうの?」
「あー、そうだった! ねぇダム、僕たちまだ名乗ってないよ!」
「そうだねディー、アリスに覚えてもらわなきゃ!」
意味も……なく? くるりと一回転すると、二人はぺこりとお辞儀をして。
「僕はディー、トゥイードル=ディーで」
「僕はダム、トゥイードル=ダムだよ!」
そう言ったけれど、どっちがどっちだか。
だって見分けなんてつかないもの。一瞬目を離した隙にきっと分からなくなってしまう。
……まあ、そんなことはとりあえずいいや。
とにかく二人はディーとダム。よし、二人ワンセットで覚えよう。二人で一つ。それなら間違えようがないじゃないか!
「――それじゃあ、早速」
「アリスに問題出しまーす」
……え?
二人でワンセットーと脳内で叫んでいたところ、……何だか不吉な言葉が聞こえた気がした。
問題……問題って言った? この子たち……。
まさか――い、嫌な予感がするのは私だけですか?
「ぐるぐるぐる〜っと」
嫌な予感は当たるとは……よく言ったものだ。嬉しくないけど。
ぐるぐるなんて可愛いことを言いながら、二人はあろうことか何度もくるくる回ってぴたりと止まり、私にその愛らしい笑顔を向けてきたのだ。
そして、……私が既に予想済みの台詞を口にした。
「さーて、どっちがどっちでしょう?」
「アリスには分かるかな?」
来たかァァァァ!
私は心の中で膝をついた。……あくまで、心の中で。
そんなの分かんないって! 同じなんだよ、全部同じなんだよ!?
なのに分かるわけないじゃん!
「ちょ、そんなの……っ」
「分かる分かる?」
「当ててみて」
嬉しそうに言う二人。私の言葉すら遮って。
む、無理でしょう。思わず額に手を当てがくりと項垂れる。
だって二人の違いなんて……。
……うん、あれ?
「ね、ねえ、あのさ……、ディーとダムを見分ければいいんだよね?」
「うんうん」
「分かる?」
二人は嬉しそうに私を見る。
――もしか、したら。
……確証は全くないけれど、一か八か、だね。
小説とか漫画みたいに、顔を見ただけで分かるーなんてことはまず起こらないけれど。
「こ、こっちがディーで、こっちがダム!」
「ええっ!?」
「な、何で分かったの?」
私の答えに、二人は驚いた顔をした。
……いや、実際私も驚いた。
だって、外見も中身も多分、同じなんだよ? ほとんど賭けだったのに。というか、もしかしたら偶然かもってくらい。
合ってるかどうか分からないけど、と先に前置きをすると、私は理由を二人に教える。
「えっと、多分だけどね……、いつも先にしゃべる方がディー。で、いつも後にしゃべる方がダムでしょう」
「うわぁ……アリスってば」
「何か、すごいや……」
感嘆の声を漏らす二人。……賭け、だったんだけどね。心の中で舌を出してみたり。
――あ、でも、これからしゃべる順番を変えられたら困るな。そしたら、本当に分からなくなってしまう。
もうちょっと分かりやすい見分け方があればいいんだけど、今のところはそれしかないし……。
またいつの日か、問題なんて出されたりして。
「へぇ、俺でも見分けらんないのになー」
後ろでチェシャ猫がけらけら笑う。俺でもって何だ。俺でもって。
「アリスが初めてだよ」
「見分けられた人」
え、そうなの? 私はぽかんと口を開ける。
ずっと一緒にいれば分かる気もするんだけどな……。
……そんなことない、のかな?
これだけ似ていれば、仕方ない気もするけれど……何だか可哀想だ。
「僕らたまにさ、ずっと双子やってると」
「自分たちでも分かんなくなるの」
「駄目じゃん!」
思わず突っ込む。
いやいやいや。自分たちでも分かんなくなるって……どんだけだ。
「ダムなんて前、自己紹介の時ディーって言いそうになったんだよ」
「でもディーだってその時僕の名前を言いそうになったくせに」
そんなことをわいわいと言い合う二人。
……大変だなあ、双子って。
自分たちでも分かんなくなるものなのかな?
私は双子に生まれなかったから分からない。……お姉ちゃんにも似なかったし。
だけど。
「だって誰も個人として、ディーとしてダムとして見てくれない」
「僕らはトゥイードル兄弟、ディーとダムでワンセット」
……不憫すぎる。
何だか同情してしまった。
私もさっき、ワンセットにしようとしたし……。
……反省。
「……よし、分かった。君はディー、君はダム。ちゃんと覚えてあげるっ」
「わぁ! アリス、それってほんと?」
「ね、ほんとほんと? 嬉しいな!」
ぱっと微笑む二人の少年。可愛くて、愛らしい。
ほんとだよ、と私も微笑んだ。
うん、今右にいるのがディーで、左にいるのがダムだ。せめて私だけは、ちゃんと覚えてあげなきゃ。
……幼い彼らにとっても、『アリス』が特別なのだとしたら。私だけでも。
「じゃあ、よろしくね? ディー、ダム」
「うん! よろしくアリス」
「よろしくねアリス!」
そう言って笑う、その笑顔はすごく可愛かった。無邪気で、純粋な。
そして、二人とも同じ笑顔だけど、何か違う……。
――そうだよね? だって同じ人間なんていないもん。
みんなそれぞれの良さがあって、全く違う人だから。
「あ、ねえねえ、そういえばアリスって」
「アリスって、白兎を探してるんだっけ?」
「え、うん、そうだけど……もしかして何か知ってるの!?」
がばっと身を乗り出すようにして聞く。
――そうだった。あんな恐ろしいゲームの最中だなんて忘れてた。
何だか、ずいぶんと濃い一日だったからな……。
ふと気付けば、もう陽は沈みかけている。
「さっき会ったよ」
「さっき会ったね」
「え!? どっ、どこで!?」
私がそう聞くと、ディーとダムはにやにや笑いながらこう言った。
「ここで」
……ここで!?
「え、嘘、さっきまでここにいたの!?」
「うん、そうだよ」
「ていうか、今もいるよ」
嘘!? と、私はバッとあたりを見回す。
すると、公爵夫人の屋敷の扉の前に、ぽつりと立っている少年を見つけた。
――笑み。薄く冷たい、笑顔が見える。
「……は、ハク、……君……」
ぽつりと呟いた、その名前。
――そうだ。
私が一番に探していたのは、彼だ。
「――アリス」
うっすらとした、笑みを浮かべたまま。彼も『私』の、名前を呼ぶ。
――ああ。何だろう?
私の名を呼ぶその響きは、何故か特別に聞こえた。
こんにちはっ。ようやく出ました、双子&ハク君!
……いえ、ハク君なんてほとんど出てませんが(汗)
ディー「ようやく出番だぁ」
ダム「遅かったね」
……作者にも双子の見分けはつかないという事実。
ディー「えー、そうなの?」
ダム「最低だね!」
すみませんねどうせ最低ですよ!
……まあ、とりあえず……
次回、どうなるやら。ぶっちゃけ作者も不安です。
こんな作者を見捨てないで、お付き合い下されば光栄です!