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第16話 意地悪猫に連れられて

 抱きしめられてるのも、気にならない。むしろ、暖かくて、嬉しくて。また涙があふれた。

 チェシャ猫の優しさが嬉しい。その暖かさが好き。

 周りに人がいるのは分かってたけど、私は必死にチェシャ猫にしがみついた。

 それすらも、彼は優しく受け止めてくれる。


「チェシャ猫」


 帽子屋さんが、チェシャ猫に呼び掛ける。

 そういえば、さっきは対峙してたと思うんだけど。もともと、仲は悪くない……のかな?


「先行け」

「御意」


 そんな短い言葉とアイコンタクトで通じ合ったらしく、二人は笑みを浮かべる。

 それをぼーっと眺めていると、チェシャ猫がさっと私を抱き上げた。


「ぅえ!? ち、チェシャ猫?」


 私は驚いて変な声をあげてしまった。

 それも気にせず、チェシャ猫はぱちんとウインクをして、だっと走り出す。

 帽子屋さんは後ろで『ここは通さない』なんて格好良いこと言ってるし。


「チェシャ猫……?」

「片付けておくから、先に行ってろってさ。おっとこまえ〜♪」


 楽しそうに言うチェシャ猫を見て、私は笑ってしまった。

 いつの間にか涙は止まっている。

 何でだろう。チェシャ猫に恐怖や警戒なんて必要ないと思ってしまう。

 彼は、大丈夫だって……そう、思ってしまう。


 何でなんだろう? 分からないけど、きっと信用していいんだろう。


「チェシャ猫……」

「何?」

「ありがとう、ね」


 少し恥ずかしかったけど、素直にお礼を言う。

 あのままだったら、私はもう壊れてたかもしれない。考えるだけで怖くなる。


「別にいいよ、俺の意思でやったことだしね♪」


 何て自由なんだろう。

 この人は、『ゲーム』なんかに縛られてない。まるで自由。

 いきなり聞かされたそれに、反発しながらも縛られていた私とは大違いだ。

 もし縛られてる部分があったとしても、全くそれを見せる様子はない。


「あ、あのさ……、チェシャ猫って、何なの?」

「え、どういう意味?」


 そんな質問をされたら、誰だって聞き返すだろう。そりゃそうだ。

 私は、どういう言い方をすれば伝わるかと必死に考える。


「えと……えっと。味方なのか、何なのかなぁと思って……すごく、不思議な人だから」


 私の気持ちを、ありのままに伝えたつもりだった。

 でも、普通に笑われた。悲しいよ、笑わないでよチェシャ猫。


「何なのか、ってねぇ。何だろうねー」

「笑ってないで、真面目に答えてよー!」


 意地悪、と怒って言うと、チェシャ猫はまたくすりと笑った。


「味方って、どの基準でなのかにもよると思うんだよね。このゲームでなのか、単純な気持ちとしてか……そこらへんはどうなの? ありす」

「う……そ、それは」


 考えて、気付いた。

 その言い方には何となく含みがある。

 チェシャ猫の言い方だと、『ゲームだったら敵だけど、単純な気持ちとしては味方』―――あるいは、『ゲームだったら味方だけど、単純な気持ちとしては敵』とでも言いたいよう。

 敵? 味方? ……そんなのも、自由だと言いたげに。


「……敵、なの?」

「さあ?」


 相変わらず、彼は笑っている。

 嫌だ。

 ゲームの中なら敵だというだけなら、まだいい。

 単純な気持ちとして味方であれば、きっと彼は酷いことはしない……はず。

 でも……、もし、私に味方する気がなかったら? 彼の気持ちが、敵の方に揺らいでいたら……?


「ありす。ほら、着いたよ」

「え?」


 はっと気が付くと、そこには大きな屋敷がそびえたっている。

 公爵夫人の家の前だった。

 いつ見ても大きいなあ。いや、小さくなるわけはないと思うけど。


「……ねえ、ありす」

「え?」

「今更なんだけどー、何でエプロンドレス? 確かゲームが始まった時はエプロンドレスなんて着てなかったと記憶してるんだけど」

「あ」


 私は自分の格好を見下ろす。

 赤い、エプロンドレス。公爵夫人に着せられたものだ。


「……えと、公爵夫人に、こう……無理やりっていうか」


 気付かれてしまったら仕方ない。白状します。

 実際、脱ぎたいんだけど。やなんだけど。絶対似合わない。可愛くない。

 公爵夫人さんに没収されました私の服。ないわ、悲しすぎるわ。

 私は恥ずかしくなって俯く。


「似合ってるよ」

「……え?」


 私はその言葉を信じられなくて顔を上げる。

 そこには、チェシャ猫の綺麗な顔があった。


「……って近い! 近いですからァ!」

「ありす……」


 近い。近い。近い!

 何となく歪んだその表情は、どこか切なくなる。

 どんどん近付いてくるのに、動けない。どうして? その表情が、私を動けなくしてるんだ。

 でも。


「…〜っ、恋愛モノの見過ぎだよねっ! 気のせいだッ!!」


 訳の分からん言い訳をして、突き飛ばした。

 これ以上いくと、危ない。

 公爵夫人さんの家の前でそんなことできるか。

 これはファンタジーだそうこれはファンタジー。恋愛要素なんて必要ないし、そんなもの存在しないさ! うん、そうだ!


 ……なんて、心の中で叫び終われば、すっきりして、落ち着いた。

 ……まあ、チェシャ猫は大丈夫だよね。突き飛ばしただけだし。……あれ、ねえ? き、気絶してるとかないよね! ね!?


「チェシャ猫!」


 ……返事はない。

 マジで気絶してたりするのかな。どうしよう。

 仰向けに倒れている彼の瞳は、しっかり閉じられている。


「チェシャ猫……さん?」


 しゃがんで、そーっと顔をのぞきこんだ。

 すると、バッと腕をつかまれ、引き寄せられる。


「っ!?」

「あはは、ありす引っかかった〜」


 気付けば彼の腕の中。

 必死にもがいたけど、彼はびくともしない。


「ちょ、チェシャ猫! 離してっ!」

「んー…もうちょっと」


 ぎゅーっと強く抱きしめられる。最早私の心臓が死亡寸前だぜ☆

 さっきはもうパニックやら恐怖やらで抱きしめ返しちゃったけど! 今は思考が正常なので違う意味でパニックです。

 ぎゅー……なんて、チェシャ猫の腕の力が強くなっていくのが分かる。

 ちょっ、本当に離してくれないと危ないんですが―――


 バンッ!


 人生で二回目に聞く銃声。

 それは、直ぐ近くで。地面に向かって放たれたような。


「ねぇねぇチェシャ猫」

「何やってるの?」


 パッと解放された私が見たのは、見事にシンメトリーな二人の男の子。

 可愛い顔をしながら、片手に銃を持った少年たちだった。


「ディーとダム……かぁ。見つかっちゃった?」

「見てた見てた」

「アリスにあんなことするなんて、羨ましすぎ」


 二人は、私たちの方に歩いてくる。

 その様さえ見事にそろってて、思わず感動するほど。

 同じ灰色の髪に、藍色の瞳。どっちがどっちだか、全く分からない。


「でもチェシャ猫」

「もう好きにさせないよ」


 そろった二人は台詞までもが綺麗なユニゾン。


「「アリスは君のものじゃない」」


 ……何か初日から色々波乱の予感。

 いろいろと濃い一日だ、今までも、きっとこれからも。




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