第15話 流れた涙は何の為?
「……っはぁ…はぁ……」
もう限界……そう、感じる。
隠れるところもない、隠れても意味もない町の外れで、私は鬼ごっこ―――強制的に追いかけられる方―――をしていた。
「……っ!」
足に激痛が走る。
何でこんなに走らなきゃいけないの。私が、何か悪いことをした?
もしそれがお姉ちゃんにあまり構ってあげなかったという罪なら、いくらでも一緒に遊んであげるから……。
じわり。
いけない、視界が曇ってきた。生暖かい雫が頬を伝っていく。
距離をつめられているのを知っていても、振り向くことなんてできない。町の中は、悲しいほど静まり返っている。助けを求めることもできない。
あのとき、何とか彼を振り切って逃げてきたのはいいけど、その行動は余計に彼を怒らせた。
道端に立ててあった看板を倒し、彼の足止めをしたり――――でももう、それも限界。
今に、彼との距離はもうなくなってしまう……。
ほら、足音が近くなってくる。あと3m、2m、そして……。
「アリス……もう逃がさない!」
彼がすぐ後ろから叫び、私を引き寄せ地面へと押し倒した。
「やっ……!」
私は頭を強く打ち、視界がぼやけていく。グラグラと揺れるような感覚。
かろうじて見えるのは、……あいつの……やな笑顔。
……もう、やだよぉ……何で私? こんなゲーム、何で私が……。
涙が止まらない。声を押し殺し、私は彼の前で泣いていた。
「その表情は……勝利の証、かな。イイよ……」
そんな言葉にも、恐怖より先に悔しさを感じる。
辛くて、悔しくて―――ところどころ痛くて、もう全部嫌だ。全部やめたいと、そう思った。
彼の手が、私の顎をクイと持ち上げる。私はもう、抵抗する気力も残っていなくて。
「ゆっくりいたぶってあげる、可愛いアリス」
もうやだよ、いい加減にして。もう何もかもやめたいよ―――終わりたい、そう思って目を閉じようとした。
けれど。
「ありす!」
聞き覚えのある、優しい声が、私の耳に届いて。
私は目を見開いて、声のした方を見た。
小さな家の屋根の上の、見覚えある紫とピンクの耳と尻尾が私の目に映る。
「あ……チェシャ、猫……っ!」
彼だと確認した瞬間、私は悲しみとは違う涙が流れた。
私を見て恍惚とした表情を浮かべていたそいつは、警戒するように私やチェシャ猫から離れる。
「猫……」
「ドードー鳥。やっぱりあんたか」
チェシャ猫は屋根から飛び降り、見事に着地して私のそばに駆け寄ってきた。
私は残った力を振り絞り、何とか起き上がって彼の隣に座り込む。そうすると、不思議なことに少しだけ落ち着いた。
「ありす……大丈夫?」
「う、うん……大丈夫、だよ」
優しくなでてくれるチェシャ猫が、今はとても嬉しかった。
もしかして、私のために来てくれたのかな……? なんて、私の幻想に過ぎないけど。
「あんた、ありすに何をした?」
「彼女に聞けばいいだろう」
「……自分で言う気はないんだね」
二人は睨み合っている。
私はドードー鳥の方は極力見ないように、俯いていた。
チェシャ猫が来てくれなかったら……そう思うと、ぞっとする。
「まあ、あんたと戦う気はあんまりないんだけどさ。……通してくれない?」
「アリスを渡してもらえるなら、今回は見逃してあげるよ?」
どんどん険悪ムードに陥っていく二人。私は、チェシャ猫の後ろにそっと隠れる。
この間に他の人とか来たりしないよね? そんなタイミング悪いことってないと信じたい。
ただ、この二人に戦ってほしくはないと思う。ドードー鳥とやらの安否ははっきり言ってどうでもいいし、むしろ少しくらい痛い目見やがれな感じなんだけど、チェシャ猫が傷つくのは嫌。
私を助けに来たのがもし、私を自分のものにするためであったとしても……。
「……チェシャ猫」
私は、目でチェシャ猫に戦ってほしくないと訴えかける。
チェシャ猫は私のアイコンタクトには気付いたみたいだけど、伝わったかどうか。
ただ、ぱちんとウインクをしただけ。
こんなにウインクが様になる人も初めて見たけど、今はそれどころじゃない。大丈夫なんだろうか。
「俺さ、平和主義だし、さっきも言った通りあんたと戦う気はないんだよね。でも、ハイと素直にありすを渡すほどバカでもないんだ」
チェシャ猫が、くすくす笑いながら言う。
「……だから?」
「だからさぁ、こうしよう」
チェシャ猫は、ドードー鳥に睨まれようがお構いなしに笑ってる。あれ、キレるんじゃないか? 危ないと思うんだけど……。
交渉でもする気かな。どうか私を引き渡す結末になるようなことはやめてね。お願いだから。
「俺がありすをもらう」
交渉でも何でもねえ―――!!
私が心の中で絶叫しているうちに、チェシャ猫は私をひょいと抱き上げ、走りだした。
「なっ…待て! 猫!」
「待つかにょーん」
にょーんて何だ。にょーんて。
私の脳内でパニックが起きている。いいのかな、完全に挑発してるよね。怒って……追いかけて、こない?
「この、アリスを返せ!」
追いかけてきてるよ! 速いし! つか、返せって何だァァァ!
ど、どうしよう……チェシャ猫、大丈夫なのかな?
ちらりと彼の方を見ると、彼の表情には余裕が見て取れた。むしろ、楽しんでる顔だ。
「ちょ、チェシャ猫……!?」
「大丈夫だから、心配しないで」
そんなこと言われても、と心の中で呟く。
さっきより落ち着いたけど、あいつはもう大っ嫌いだ。顔も見たくない、恐怖症にすらなりそうなのに……。
また捕まるかもしれないと思うと、不安で仕方ない。
余裕があるなら、全力で逃げてほしいくらい。
「ほら、もう大丈夫」
え? 呟くと、チェシャ猫が意地悪く笑った。
チェシャ猫の視線をたどると、その先には―――帽子屋さん、たち?
「アリス!」
「み、みんなっ!」
また、涙が流れる。助けに来てくれたんだ。帽子屋さんに、ミルク君に、ヤマネ君も、公爵夫人さんまでいて。みんな、私の為に来てくれたの……?
今はチェシャ猫の『ありすってば泣き虫ー』なんて声も気にならない。ただ、胸の奥が、どこか熱くて。
小さな子供のように、泣きじゃくった。
悲しかったのか、嬉しかったのか……よく分からないけど。
涙が、止まらない。
チェシャ猫に降ろされると、私は座り込んで泣き続けた。
まだ、ドードー鳥はそこにいるって分かってたけど、それどころじゃなかった。
そんな私を、チェシャ猫はそっと抱きしめてくれた。
はい、ドードー鳥が変態ですね(おい
今回の感想はそれだけです、作者としてはw
もうこの物語どうなるのやら……
先行きが恐ろしいですね、もう!
あ、でも、できれば見捨てないで下さいorz