第13話 恐ろしい主従関係
「こ、この国に、かけられた……呪い……?」
反芻する言葉。公爵夫人は頷く。
確か――そうだ、ハク君もそんなことを言っていた。
――意味なんてありません。これは、呪いなんです――
それって、その呪いって、まさか……。
「公爵夫人」
思考を止めるように、突然部屋に響いた低い声。
驚いて辺りを見回すと、――何と窓を開け放った向こう、背中から翼を生やした男のひとがいた。
「ぐ……グリフォン!?」
公爵夫人さんが声を上げる。
ぐ、グリフォンって、まさかあれか? 頭と翼は鷲、胴はライオンとかいう……。
いや、でもあの人、翼以外思いっきり人間ですけど。あ、けど、ハク君とかだって……チェシャ猫も――そうだよ、うん。擬人化とかいう奴なんだ。それか半獣とか。そんなことを深く考えてる場合じゃあない。
「あんまり言うと、ルール違反なんじゃなかったっけなー?」
「……う……」
グリフォン、って人が意地悪く言うと、公爵夫人はぐっと俯いてしまった。それを見て、グリフォンはくすりと笑う。
ぜ、絶対悪い人だ。悪い人の顔だ、あれは。公爵夫人を困らせるなんて!
「そういうことを言えるのは、白兎と女王様だけだよ」
薄い黄色の髪をいじりながら言うグリフォン。興味がなさそうにも見えるけれど。
瞳は綺麗な黄金色。でも、何となくくすんでいるように見えるのは私だけだろうか。
ふいにグリフォンは、私の方に視点を合わせた。
「と、いうわけで」
グリフォンが私の方に歩いてくる。
笑いながら。それも、意地の悪い笑みだ。思わずじりりと下がる――けれど。
グリフォンはためらいもなく。
「アリスはもらってくから、ご主人の命令なんでー」
「きゃあっ!」
「アリス!」
「俺に文句は言わないでね。全部ご主人のせいー」
突然俵担ぎされたせいで、私は珍しく女の子らしい叫び声を上げてしまった。
……すみません。動揺しているせいで変なこと口走ってます。まことに申し訳ございません。
「ちょ、はっ、離して!」
「ぜーんぶ、ご主人のせいよー。俺に言わないでね?」
な、何つー奴だ!
ご主人のせい!? お前にも責任はあるだろーが!
――っていや、それどころじゃない! 脱出しなくては!
ばたばた暴れる。効果なし。チェシャ猫の時のことを思い出す。ちょっぴり悲しい。
「じゃー、行くよー、落ちないでねー」
「いや、落とすなよ! つか、今ここで離せ!」
「俺は何にも保証しないー」
ふ、ざ、け、る、な!
ちょ、マジで心配だし嫌だし! 離して! 無駄だと分かっていても、私はじたばたと暴れた。
どうかこんな冗談は言葉だけにして――
そんな願いも虚しく、彼が入ってきた大きな窓から、もう一度飛び立つ。
「いやああああ――っ!」
初めて飛ぶ空は、恐怖に塗り潰されていました――
私、どうなるの……?
誰か、助けて。
「――アリス、アリス。目瞑ってなくても大丈夫だよ。多分死なないからー」
「た、多分って何よ!」
「多分ー死なないと思うなぁー俺の予感では」
「予感かよ!」
そう言いつつも、私はそっと目を開ける。
そこには、綺麗な澄んだ青い空。手を伸ばせば、雲に届きそうな……。
――なんて、そんなロマンチックになってる場合じゃない。今私は変態に連れ去られてるんだ。
「ど、どこに連れてくの……!?」
「だから言ったじゃんかぁー。ご主人のところ」
担がれてるせいで表情は見えないけど、彼は多分笑ってるんだろう。
それがまた憎い。楽しんでやがる、こいつ。
「あんたのご主人って――」
「知らない? ドードー鳥って」
「鳥なの!?」
「そうだよー」
ぐ……グリフォンの主人が、鳥。鳥なのか……。
多分そちらも普通に擬人化もしくは半獣でいけると思うんだけど……鳥って。
正直、複雑だ。
「善い人だよぉー」
「そ、そうなのか……?」
信じるよ、信じるからね! その言葉!
「ちゃんとお仕事すればいっぱい踏んでくれるんだ!」
「そ、れ、は、単にお前がMなだけだ!」
……い、今の、聞きました?
いやいやいや聞かなくていいです! 教育上よろしくないです!
踏んで……とか言ったよね。何だそれ。何つー主人。
つか、信じた瞬間裏切られたぞ。悲しすぎ。
いや、そりゃ普通に考えてみれば誘拐犯の主人が善人なわけはなかったけど。
「だって本当だよー? ご主人いつも鞭とか手錠とか持って」
「それは単にそのご主人がSなだけっ!」
……はあ……はあ。
お、恐ろしい言葉を聞きました。それ以上いくと本当に危ないです。この話は打ち切りにしましょう。
私はぐったりと萎れたまま、大きなため息を零した。
「むー。まあいいや、アリスも会えば分かる」
「分かりたくないわ……」
叫ぶことに疲れて、不本意ながらもグリフォンに身体を預ける。いや、変な意味じゃないですよ? 別に信用したわけじゃないんだから――ってわたしゃこんなキャラじゃないぞい。
「まあ、俺はアリスに興味ないからー」
「せめてもの救いだね……」
「だってさー、アリス、Sっぽくな」
「その話はやめろ!」
つ、疲れさせるんじゃない……。息をつく暇もない。
え、なら叫ぶのやめろって?
いや、だって、純粋なお子様がこれ見てたら困るじゃん。これ見てお母さんに『Sって何?』とか聞いても困るじゃん。
見てないと思うけどさ……ピュアハートをこんなんで失くされても困るのよ。
私? そんなもの元々ないよ。誰かに奪われたさ! つか今日一日で破壊された気がするぜ! さよなら純真な私。
「ほら、ついたよ」
そんな意味の分からないことを考えているうちに、どうやらついてしまったらしい。
会いたくないなあ……、別に会わなきゃいけない相手なわけでもないでしょうに。
でも、逃げたら――お仕置き、とか?
……嫌だ。会おう。
でも、会っても……屈服?
……どうすればいいんだ!
「アリス?」
悶々としているうちに、私の名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げた。
……そこには、背の高い、端正な顔立ちをした男の人が立っていた。
顔立ちは柔和。第一印象は優しそう。そんな人。
――今の私には、悪魔にしか映らなかったけれど。