第12話 黒い髪のアリス
更新遅れました……><申し訳ございません!
お金持ちって本当に凄いなーと実感する今日この頃。
突然すみませんそしてこんにちは、アリスっていうか光野ありすです。ただ今昼食中なのであります。
目の前には、豪華な料理が並んでいます。
しかも、食べれば食べるほど、これでもかってほどにまた出てくる。
あれか。某アニメキャラクターのポケットみたいなものか。
今まで生きてきた中で一番美味しい料理だし、何だか感激してます。ビバ異世界!
「どう、アリス。美味しいかしら?」
「は、はい、とっても! すみません、私なんかが……」
「いいのよ。あなたは特別だもの」
その笑顔が眩しいです、公爵夫人さん。
泣いて喜ぶ――のはさすがに気持ち悪いから、私は何度もお礼を言った。ありがとうございますありがとうございます。引かれていたのは気のせいということにしておこう。
「それでね、アリス……食べ終わったら、少し話があるの。いいかしら?」
「へ? あ、はい……、分かりました」
突然切り出された会話に、何の話だろうと考えながらも私はこくんと頷く。
彼女の頼みを断るなんて、そんなこと私にできるわけがない。
そうなったら、早く聞いた方がいいかしら。状況が状況なので、乙女にあるまじき行為と知りながらご飯を掻き込む。視線が少し痛かった。
「ふふ、食べるの早いのね。じゃあ、私の部屋へ行きましょう」
「え……あ、はい」
「えー、僕たちはぁー?」
えーと、公爵夫人さんの天然発言はおいといて。
ミルク君が不満そうな声を上げる。
「ごめんなさいね、ちょっと待っていてくれるかしら。大事な話なの」
「僕たちだってアリスの味方なのにぃ~……」
「そういうことじゃないのよ、ごめんなさい」
公爵夫人さんは困った顔で謝った。
こら、ミルク君。公爵夫人さんを困らせちゃいけないよ。
「ミルク、お前わがままばっかり言うなよ。ちょっと待ってろ」
「はーい……」
私の代わりに帽子屋さんに叱られて、ミルク君は渋々諦めたようだ。
私はミルク君の未だ恨めしそうな視線を背中に受けながら、公爵夫人のあとをついていく。
「――そうそう、アリス、一つ言っておくわ。嘘はつかないでちょうだい」
「へ? あ、はい……」
何だ。嘘をつきたくなるような質問でもされるのだろうか?
やはり唐突に切り出された科白に、私は一瞬遅れて反応した。
嘘をつきたくなる……か。それは嫌だなあ。
そう思いつつ、広く長い廊下を歩いていく彼女の背中をじっと眺める。背、高いなぁ……いいなぁ。どうしたらこんなに大きくなるんだろ――と、危ない危ない。邪念が。
「さ、ここが私の部屋よ」
邪念を振り払おうと必死になる私を振り返って公爵夫人が指したのは、扉からして豪華な部屋。
そうね――大きさはもう大広間みたいなものなんじゃ? これが個人の部屋だというなら、恐ろしいなお金持ち。
「……わぁ……」
私は思わず声を上げる。
豪奢な扉の向こうにあったのは、見かけ通りに広い部屋――そして、そんなに広いのにも関わらず、しっかり整理整頓された綺麗な部屋だった。
「す、すご……い」
「ふふ、ありがと」
この部屋だけできっと私の家くらいある。そう思うほどに広い部屋だった。
物も散らかってないし、いかにも『公爵夫人の部屋』って感じがする。どんな部屋だっていう突っ込みはスルーの方向で。
こ、こんな部屋に、私が入っていいんだろうか……つくづく貧乏性な自分の思考が悲しくなる。
「入っていいのよ? お話ができないじゃない」
それもそうだ。
「じゃ、じゃあ……失礼します」
少し緊張しながらも、お邪魔します。足を踏み入れれば、ふわりと大人の女性の柔らかな匂いがいっぱいに広がる。
座り心地の良さそうなソファーまで勧められ、私はちゃっかり座ってしまった。
「はい」
「あ、ど、どうも……」
しかもその上、高級そうな紅茶までもらっちゃって。
一口啜ると、お花の香りが口の中に広がる。
「わあ……これ、美味しいですね」
「特製なのよ」
なんて豪華なんだろう。ありがとう異世界!
と、まあ、そんな優遇を受け、幸せに浸ってたところ。
公爵夫人さんが、いよいよその話を始めた。
「あのね、アリス……本当は突然こんなことを言うのもどうかと思ったんだけど。いいかしら?」
「はい、何でもどうぞ」
「貴女ね――おかしいのよ」
…………へ?
……いやね、何でもどうぞとは言ったけど。
まさか、そんなことを言われるとは思ってなかったわけね。
予想外の言葉に、私は石化する。
右上がりだったテンションがいきなり氷点下まで堕落。どぼーん。
「あ、ごめんなさいね……そうじゃなくて。今までこのゲームで奪い合われたアリスとは、少し違うってことなの」
「あ、は、はあ……」
そう言ってくれればよかったのに。
心中ではそんなことを考えたけれど、まさか彼女に対してそんな口は利けないので、私は無理矢理笑みを浮かべる。でも多分、引きつった笑みにしかならなかっただろう。
「今までのアリスは、アリス=リデルと言ったわ。みんな同じだったの。でも聞いたところだと、どうも貴女はそうじゃないみたいよね」
「あ、はい。私は……光野ありす、といいます」
「でしょう?」
困ったように笑う公爵夫人。
わ、私、いけないこと言っただろうか。いや、名前が駄目なのか。親に訴えてこようか。それとももっと先祖の人か?
「それにね、貴女の髪は黒いわよね。ふふ、綺麗な髪。……でも、今までのアリスは金髪碧眼の子だけだったみたいなの」
「金髪碧眼……?」
それは、外国人だろう。明らかに。
というか、それ以前に、金髪碧眼の少女なら見れば分かるだろう。私はどこをどう見たって金髪碧眼には見えない。
一体誰が間違った? ……ハク君か。うん。
「そうよ。――あ、みたい、っていうのは、ゲームが初めて行われたのは500年も昔と言われているからよ。記録によれば、皆金髪碧眼」
「そ、そうしたら、私は……」
「うーん、でも、貴女を連れてくるように言われていたみたいね。うさぎ君は」
う、うさぎ君!
私は思わず咳き込む。
勿論、そんな場面じゃないのは分かっているけれど、ハク君……うさぎ君って。いや、その通りだ! その通りなんだけど!
「……アリス?」
「ご、ごめんなさい……けほ、つ、続けて下さい……」
「……大丈夫? い、一応続けるわね」
公爵夫人は若干引きながらも続ける。
ご、ごめんなさい、公爵夫人さん。だってうさぎ君って!
「あと、貴女ね……エプロンドレスを着ていないわ」
「……はい?」
「エプロンドレス」
「……え、と」
私はどう反応すればいいのだろう。
だって、あれでしょ? エプロンドレスって……。私は試しに、自分が着た姿を想像してみる。
結果。致死量オーバー。
「にっ! 似合いません似合いません似合いませんから!」
「あら、そうかしら? きっと似合うと思うわ」
綺麗に微笑みながらさらりと爆弾を投下する公爵夫人。
この人、実は天然か……!?
だって、私プラスエプロンドレスなんて――うっ! か、考えるだけで吐き気がする!
「ほら、これとか」
じゃーんっ、なんて効果音とともに現れたのは、赤を基調とした可愛らしいエプロンドレス。フリルがふんだん。わあ素敵とか言ってみる。
ところであんた、そんなものどこから出したんだ。
「血の色エプロンドレスよ!」
……マジでキャラ壊れてますけど。おーい、公爵夫人さん、大丈夫ですかー? 生きてます? 生きてるなら返答をマダム。
私はそう思いつつも、そんな失礼なことをそのまま口に出せるはずもなくただ呆然とそれを見つめていた。
すると、公爵夫人は私の方へずいっと迫ってきて。エプロンドレス片手に。
にやりと笑った。
「着てみて? ね、アリス」
「え、あ、へ、うあああああ!」
しっ、しばらくお待ちくださあああい!
「……はあ……、はあ……、ぜえ……、ぜえ……」
「きゃーっ! 可愛いわっ!」
……こ、公爵夫人さんが、どことなくお姉ちゃんに似てきた気がするのは……気のせい、だろうか……。
こ、こんにちは。抵抗も虚しく、無理矢理脱がされ無理矢理真っ赤なエプロンドレスを着せられた……アリスこと光野ありすです……ばたっ。
「あ、アリス!?」
「……うう、夫人、ひどいですよう……」
私は両手で顔を覆い、さめざめと泣き真似をしてみせる。あくまで真似だけど。いや本当に泣けそうだった。
さすがの公爵夫人さんもそれには困ったようで。
「ご、ごめんなさいね! 私……可愛い女の子を見ると……どうしても」
病気だ。
「う……も、もういい、ですけど……き、気を付けて下さいね」
息も絶え絶え、どんだけ暴れたんだ私……。
て、いうか、エプロンドレスって……このままみんなのところ戻ったら……笑われるんだろうなあ……。
エプロンドレスって。似合わないって。恥ずかしいって。あああ穴があったら入りたい。なくても掘って入りたいんだぜ。
「じゃあ、話を……続けて、いいかしら?」
「ど、どうぞ……」
ソファーに座り直し、紅茶を飲んで心を落ち着かせる。
ふう……い、生き返った。とりあえずエプロンドレスについては気にしないことにしよう。
「エプロンドレスはまあいいとしても、ね。貴女のように、ゲーム開始前……ゲームのルールを聞いて、怒ったのは貴女が初めてなの」
「えっ? だ、だって、普通怒りません?」
私は驚いて聞き返す。
思い返せば、何とも恥ずかしい……。
皆に跪かれるなんて……そ、そんな趣味はないんだからね!? ないよっ! 断じてないよ!
慌てて弁明してみる。誰にだ。
「今までの子は、そんなことなかったわ。だから、みんな、余計動揺したのよ」
そうだったのか、と半分は納得する。けれどやっぱり残り半分は納得できない。
普通、怒ると思うけどなあ。私が短気なだけか? そうじゃないと信じたいけど。
「だから不思議なの。貴女は今までのアリスとは違う。どうしていいか、みんな分からないんだわ」
「そ……そうでしょうか」
「ええ。だから、貴女を追いかける人が……いつもより、少ないわ」
「す、少ないんですか!?」
私は思わず叫んだ。
あんなに足音とか聞こえたり、銃声とか……凄かったのに。
あれで少ないっていうなら、普通はどれくらいなんだろう。考えるだけでぞっとする。
「いつもなら、アリスを囲んじゃって、もうつぶしちゃうくらいの勢いなのよ。でも今回は、私の家でご飯を食べていくくらいの余裕だってあるでしょう」
「そ、そう……ですね」
言われてみれば、もっと追っ手が来てもおかしくはない。
私……命拾い、してる?
鼓動がひどく速くなる、心臓に手を当てる。
「私も不思議だわ。貴女が、本当に選ばれたアリスなのか……」
ぐっと私の目を見つめる公爵夫人。
彼女の深緑の瞳は、私の心を全て見透かすように。
優しくて、とろけそうで、真剣で、強くて――同性である私でさえ、どきりとしてしまう。
「貴女は、もしかしたら、『呪い』を解くために呼ばれたんじゃないかって」
「の……呪、い――?」
「そう。呪い……」
公爵夫人さんは、長い睫毛をすうと伏せて。
それから、口を開いた。
「もしかしたら貴女は、この国にかけられた呪いを――……」