第10話 美形ばかりの国で
「そういえば、ここに女の子ってあんまりいないですよね?」
「そうだな。アリスが会ったのは、女王様くらいか?」
「はい」
美男子三昧で気にしていなかったけど、この世界は女の子が少ない。
いや、まだ会っていないだけかもしれないけれど、私はほとんど男しか見ていない気がする。
「可愛い女の子って、どこにいるんですか?」
「分からん」
分かんないのかよ。
じゃあ、今どこに向かってるんだろう。
どこまでも続きそうな道に、私は肩を落とす。もうちょっと真面目にスポーツとかやってたらな……、アイラヴ自宅とか言ってる場合じゃなかった。
喧嘩? それはそれよ。スポーツとは違う問題なの。
「ど、どこに行くんですか?」
「ん、どうしような。ずっとここにとどまってるわけにもいかないし」
難しそうな顔をして考え込む帽子屋さん。
ああ、できれば疲れない方向で宜しくお願いします。
「じゃ、こうするか」
「ひゃぅっ!?」
へ……、変な声をあげてしまった。
だ、だって、本日何度目かも分からないお姫様抱っこをまたされたんだよ? しかも今度は帽子屋さん。
ここの人たちはどんだけお姫様抱っこが好きなんだ。
てか、顔近いから! 綺麗に整った顔がすぐそこに……うぁぁぁ! 落ち着け、落ち着くんだ私!
「ヤマネ、行くぞ」
「うん……」
多分、私は顔を真っ赤にしているんだと思う。
ハク君の時はそれどころじゃなかったし、チェシャ猫の時はどうしようっていう気持ちの方が強かったからこんなこと思わなかったけど、これ、やっぱり、何ていうんだろ……普通じゃないシチュエーションだよね。
でも降ろしてほしいなんて言えず、私は石像のように固まっていた。
石像のように固まる私は、実際滑稽だったんだと思う。
多分耳の後ろまで真っ赤で、それに気付かない(気付いてて何もしないのかもしれないけど、だとしたらタチ悪いわね)帽子屋さんも帽子屋さん。
ヤマネ君はこっち見てるし、恥ずかしいったらありゃしない。
しかも、何だか町中に近付いてるし。人はいないけど。
そういえば、こっちに来てからどれくらい経ったんだろう。
結構経った気がするけど、まだ明るい。
こっちに来たのは昼前だったから……
ギュルルル。
「あ」
小さく声を上げる。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。穴がなくても掘って入りたいよ。
私、まだうら若き乙女なのに! お姫様抱っこされてる時に…………ああ、もう消えてしまいたい。
けど、帽子屋さんは気付いて……ない? それとも気付いてて何もしないの? いや、何かされても余計恥ずかしくなるだけだけどね。スルーされるのも悲しい。
ヤマネ君は私にリンゴを差し出していた。
でも、走ってるのに受け取れませんし食べられませんから。その気持ちは嬉しいよ、ありがとう。よくわかんないけど泣けてきた。
「あ、ミルクだ……」
ヤマネ君がぼそっと呟く。
私は必死に探すけど、全然見えない。
何、もしかしてヤマネ君ってめちゃくちゃ視力いい? マジですか。
「ほら、あそこ……」
「お、公爵夫人と一緒だ」
コウシャクフジン? って、帽子屋さんにも見えてるんですか。私全く見えないんですが……
え、私がおかしいのか。
「ど……どこ?」
「ほらほら、あそこ」
帽子屋さんが指差す方を見る。
……ええ、何も見えませんでした。そっち、何もないようにしか見えないから。
私が視力悪いだけなのか。少し焦ってしまう。
「仕方ないな。スピード上げるぞ」
「うん……」
ダッと今までより速く駆けていく。
よく転ばないなーと私はどうでもいいことに感心しながら、その公爵夫人さんとミルク君がいるはずのところをじっと見つめる。
……あ、ようやく見えてきた。
山吹色のドレスをまとった優しそうな背の高い女の人と、相変わらずふさふさな(触ったことないけど)兎の耳をしたミルク君が楽しそうに話している。
あの女の人が、“公爵夫人”? 凄く人の良さそうな人だな。
「おーい、ミルクーっ」
「え? ……あ、帽子屋!?」
相手もこっちに気付いたらしく、ミルク君がぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。こう見れば、凄く可愛いのに。
「久しぶりーっ、元気だった?」
「久しぶりってな……、城で会っただろ」
私を降ろしながら帽子屋が言う。
城? 城って、城って……まさかさっきのアレですか? 庭での、アレ?
私はあの時の記憶をよみがえらせる。
もしかして、みんなが跪いてた中に……君らも入ってた?
……いやぁぁ! 考えない! 考えちゃ駄目なのよ、私!
「アリスー? どうしたの? でもその顔もか、わ、い、いー☆」
……ミルク君。もう一回蹴られたいんか君は。
「あ、そうだ、ミルク。お前、アリスに変なことしたろ」
「ええー、してないよぉー」
「アリスが嫌がってた。したがってお前半殺しな」
「ええ!? やだよ! 僕と帽子屋の仲でしょっ、許してよ!」
「どんな仲だ。右と左、どっち殺されたい?」
「半殺しって右か左か決めるもんなの!?」
なかなかユニークな会話だ。いつもこんなことしてんのかな。
まあ、楽しそうと言えば楽しそうだけど。
って、ヤマネ君と公爵夫人さん笑ってるし。
「そっ、それより、アリスに公爵夫人さん紹介しなきゃいけないんじゃないのぉ!? こんなどうでもいいうさ野郎を拷問にかけてる場合じゃないよ帽子屋!」
「それもそうだな」
自分でどうでもいいって言ったよこの子……。しかも何だ、うさ野郎って。
会話がユニークなのは、ミルク君自身がユニークなせいだな、うん。
私はとりあえず、公爵夫人と呼ばれた人の方を見る。
「はじめまして、アリス。私は公爵夫人。よろしくね」
にこりと笑う目の前の女は、とても綺麗で。
長い髪は透き通るような淡緑で、瞳は深緑のガラスのようだった。
凄い、美人。
「は……はじめまして。アリス、です、よろしくお願いします……」
ぎこちない動きでお辞儀する。
“アリス”と名乗ったのはきっと気まぐれ。みんながみんな、そう呼ぶから。
そんな私を見てふっと微笑んだ公爵夫人も、綺麗だった。
なんて綺麗なひとがいるんだろう。
私が彼女の隣に並んだだけで、きっと見劣りする。
食いつくように見とれていると、公爵夫人は突然思い出したように言った。
「そうね、アリス。お腹すいているでしょう、うちで何か食べていった方がいいんじゃないかしら?」
……はっ、そういえばさっき。
一瞬の悪夢を思い出して、私は頭を激しく縦に振る。
公爵夫人は『決まりね』と微笑み、私たちを大きなお屋敷へと案内した。