第9話 アリスが好きな人々
私を元の世界へ帰してくれるひと。
それは、白兎のハク君。
私に協力してくれるひと。
それが、このヤマネ君だったなら―――
間違ってないはず。
彼の手を取ったことは、間違っていないはず……。
「……アリス?」
「え?」
「大丈夫……? 顔色悪いけど……」
心配そうに見上げてくるヤマネ君。
私は、ぶんぶんとおおげさに手を振って笑う。
「だ、大丈夫だよ! ほら私ってもともと顔色とかそんないい方じゃないし、ってああ、貧血っていうか何て言うか! あ、あの、いつものことだから!」
……何言ってるんだろう私。
自分で言ってて悲しくなってきた。てか、この言い方だとさらに誤解される気がするぞ……。
「そっか……なら大丈夫だね。じゃあ、行こう……」
いいの!?
不思議な子だなーほんと……笑った顔は殺人的に可愛いけど。
そんなことを思っているうちに、私は不安な思いを忘れてしまった。まるで、一時の迷いだったかのように。
「え、あの、行くってどこ行くの?」
「帽子屋とミルクを探さなきゃ……。みんなで探せば、白兎だってすぐに見つかるよ」
にこりと笑うヤマネ君。
うう、そうやって微笑まれると罪悪感が。
さっき二人とも置いてきたんだよ。半分はチェシャ猫の仕業とは言え、ね?
「み、みんなで……ハク君を探してくれるの……?」
「当たり前だよ。僕らのアリスだもん……、笑っててほしいからさ」
若干変なワードが混じってた気がしないでもないが、うん、感動的な言葉として受け取っておきます。
ってか、ずっきゅーんなんて効果音がなってもおかしくなかった。
優しく微笑むヤマネ君の淡紅色の瞳が、私の心を捕らえて離さない。しかも、そんな言葉言われたの初めてだし!
「あ……、アリスって、そ、そんな凄いんだね……」
胸が高鳴っている。
うう、情けない。普段言われ慣れてないからってここまでドキドキするものか。
こんな言葉しか言えないなんて、情けなさすぎる。
「僕は、前回のアリスより君の方が好きだなあ……。ふわふわしてて、やさしい」
「うええ!?」
へ、変な声を上げてしまった。
だって、そ、そんな、桜色に頬を染めて……そんなこと……。
「って、え、あ……? あ、あのさ、前回のアリスって、どんな人だったの……?」
チェシャ猫も、確かそんなことを言っていた。
『前回のアリスは最終日にようやくそれを理解したんだよね……?』
どんな人だったかまでは言ってなかったけど。
みんな同じアリス。私も、時が経てば『前回のアリス』『あのときのアリス』なんて呼ばれるようになるのかなあ?
それって、どんな気持ちなんだろう。
今はまだ、分からない。いつか分かるのかどうかすらも、定かではなくて。
「前回のアリスはね……、少し、自己中心的な性格で、自分勝手な人だった。でも、みんなアリスを愛していたよ」
何で、ここの人々はみんな『アリス』を愛するんだろう。
私には、到底分からないことだ。
「な、何でそんな人なのに……、何故、愛せるの?」
「アリスだから。それ以外に、理由なんてないよ……」
どうして? それだけじゃ、私の疑問の答えにはならなかった。
アリスだから、無条件で愛する。
アリスだから、どんな性格でも愛する……。
そんなの、きっと変だ。私の世界だったらそんなの通じないな。
「あ……、帽子屋が近くにいる。行こう」
「え? う、うん……」
凄いなあ、近くにいるだけで分かるのか。何というエスパー。
それとも、話をそらすのが上手いだけだろうか?
でも、嘘をついてるとは思えないし……、私はこの世界の常識については置いておくことにし、とりあえずヤマネ君と一緒に走った。
少し、不安を残しながらも。
☆★☆
森から出ると、すぐそこがさっきの場所だった。
案外近かったんだなーとか少し悲しくなりながらも、周りを見回す。
チェシャ猫とミルク君はもういない。どこか行っちゃったのかな。
「こっちから……帽子屋の気配がしたと思ったんだけど……」
気配!?
どんなんですか。気配なんて分かるのね。
私は思わず感心する。
「あ……、いたいた。ほら、あそこに帽子屋……」
ヤマネ君の指差す先には、確かに……
……
…………小さっ!
み、見えないよ? 目を凝らさないと誰だか全く分かんないよ?
ヤマネ君、よく見えたね……。
「帽子屋ぁ」
「ヤマネ!?」
今の声で、よく相手方に届いたなあ……相手の声すら遠くてあんまり聞こえなかったのに。
何か凄い技でもあるに違いない。うんそうだ。
って、足速いな……この世界の人ってみんな美形+足速いの? 羨ましい限りだわ。
変な能力あるしさ。むしろエスパーだしさ。
いいな、なんて思ってみる。
「ヤマネかっ! あ、で、そっちの子は……アリス?」
あ、どうもーアリスでーす☆
なんて、気まずくて言えず。
多分引きつっているであろう笑顔で、私はそれに答えた。
「アリス……」
み、見つめないでくださァい!
深い群青の瞳で見つめられ、私は心臓が飛び出しそうになる。
あーもう何でこうもイケメンが多いんだ。うちの世界にも分けてくれ。
シルクハットの下でゆらめく濃い紺色の髪をかきあげ、帽子屋が私の顔を見つめる。
ちょ、近いです。近いですよ帽子屋さん。そんな綺麗なお顔を近づけないで。ヤメテ。
「チェシャ猫に変なことはされなかったか? 怪我はない?」
驚くほど綺麗な低い声で尋ねられる。
気付かなかったけど、こんなに綺麗な声してたんだ……。
凄く、ドキドキする。私は馬鹿か。
「あ、ハイ、だ、大丈夫です……」
何どもってんの私―――!!
いや確かに緊張するけど、情けなさすぎる。もうちょっと根性出せ私。
美形を前に女の子らしく、なんて媚びるような性格でもあるまいし。よし、深呼吸だ深呼吸。
「そっか。良かった」
優しい声で言われ、また心臓が跳ね上がる。
深呼吸の意味もなく。その声は、少し完璧すぎる。
な、何だか心臓に悪いな……。格好良すぎて心臓に悪いって何だ。どういうことですか。
「あ、そうだ、ヤマネ。ミルクは?」
「ミルクなら、アリスが……蹴って捨てて置いてきたって……」
「蹴って……捨てて、置いてきた?」
ひぃ! すすす、すみませんっ!!
帽子屋の眉がつり上がったのを見て、土下座して謝りたい衝動に駆られた。真面目に。
すみません。ほんとにすみません!
私が悪かったですー! 謝るから許して頂けませんでしょうか!?
「アリス」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
その低い声が怖いよ帽子屋さん! いやほんと許して―――
「お前、ミルクに何された?」
……へ?
「ふえ? え、ええと……あ、抱きつかれて、タイプとか奪うとか意味不明な発言をされましたけれども……」
「……あとで、ミルクしばいとくな♪」
笑顔で怖いことをさらりと言う帽子屋さん。
凄いね、怖いね。でもよかった、私が怒られるんじゃないのか。
てっきり私が責められるんだと思ってた。でもそんなことなかった、よかったよかった。
「じゃあ、とりあえずミルク探しにいくか。ミルクがいそうなところって、どんなところだ?」
「……アリスさえいれば、来ると思うけど……そうでなければ、可愛い女の子のところ」
「ああ、そうか」
……ミルク君って、何なんですか?
あれですか、『変態』という種族に属してる人……兎? ですか。
可愛い女の子が好きなのか、そうなのか。きっと変態なんだよねそれは。
「じゃあ、可愛い女の子のところに行こうか……」
それはどんなところだ?
そう思いつつも、私は大人しくついていった。
だって、それ以外にどうしようもないもの。
でも突っ込みたい。ああどうしても突っ込みたい。
……一体、どこに行くって言うんだよ!